第４１７話 １１７カ国目 日本 「帰国・・・。」  成田空港に降り立った。それは６年振りの日本だった。
アラスカ出発 １９９２／４／１〜日本１９９８／５ 日本帰国（帰宅）までの走行距離 約１１６７８０ｋｍ 
オセアニア・南太平洋・東アジア走行 １９９８／２／１４〜１９９８／５／１５ 走行距離 約５０７３ｋｍ 
日本走行 １９９８／５／１２〜１９９８／５／１５ 走行距離 約２９４ｋｍ  |
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張さんに別れを告げた私は、カウンターでチェックインをし、出国手続きを済ませ成田空港に向かうＪＡＬ９５２便に乗り込んだ。 高校時代に掲げた夢、自転車世界一周にいよいよピリオドを打つ時がきた。最後の訪問国である韓国を飛び立てば、自分の生まれ育った母国、日本に到着する。 「日本は通過国でも訪問国でもない。そこで最後になるんだ。」 日本を離れ６年。１１７カ国、地球約３周分の移動生活をひたすら繰り返してきた自分にとって、どうしても信じられない思いだった。 「本当に帰国するのか。」 それは長かった旅の終わりを意味している。６年振りに帰国する日本の事を思うと、機内に乗り込んでもまるで落ちつかない。 「この飛行機が墜落しなければ、無事に日本に帰る事ができる。家族に会うことも、懐かしい友人たちに再会することもできる。」 嬉しさや懐かしさがある反面、私の描いた夢もそこで終わる。自分の旅は終わってしまう。言葉では言い表すことのできない複雑な心境だった。 ソウルを飛び立った飛行機は、朝鮮半島を眼下に、日本列島へと向かった。乱気流があったのか、機体は時折激しく揺れ、 「もしかしたらこの最後の最後に来て、墜落するんじゃないか。」 いらぬ想像をしてしまう。でも、この飛行機が着陸すればそこは日本なのだ。 離陸からどのくらいの時間が過ぎただろうか。飛行機は関東上空に入り、徐々に高度を下げていった。いつしか私の目には、懐かしい日本の田園風景が映っていた。更に高度を下げた機体は、成田空港の滑走路に向かって着陸態勢に入った。 「もう少しだ・・・。」 息を呑んでランディングする瞬間を見守った。窓にへばりつくように、じっと滑走路を見つめた。私にとってその一瞬は、旅の終わりを意味する最後の母国へのランディング。生涯忘れることのできない大切な時間・・・。 「キキーッ」 聞きなれた音を立てた飛行機は無事着陸。その瞬間、私は嬉しくて涙が溢れ出そうになり、こぼれ落ちそうな涙を必死にこらえた。 「無事に生きて日本に帰って来れた・・・。」 全ての事柄に感謝せずにはいられなかった。 成田空港に着いた私は、荷物を持ち、周囲に溢れる日本語を見ながら歩いて行くが、日本に帰国した実感はなかった。
日本 私が乗ったＪＡＬ９５２便。成田空港で。 日本語の看板を見ながらイミグレーションに進んでいく。しばらく並ぶと私の順番。思い出の詰まった３冊のパスポートと、６年前にもらった出国カードを係官に渡すと、 「・・・６年間ですか。お疲れ様でした。」 優しい口調で、笑顔で声をかけてくれた。
日本 係官に６年間の思い出が詰まった、３冊のパスポートを渡した。  「終わったんだ。」 何かを成し遂げたような感慨深い思いと、旅の終わりを告げられた寂しさが同居しており、混沌とした心境だった。 荷物を受け取り、自転車の組み立て作業を始めることにした。ボロボロになってまで走り続けてくれた飛脚号を見ていると、遥か６年間の旅の思い出のシーンが走馬灯のように蘇ってくる。初めて降り立ったアラスカでのトラブル。メキシコで温かく家に迎え入れてくれたオロスコさんファミリー。足が震えた社会主義国キューバ。ペルーを一緒に走ったスイスのギィさんのこと。砂漠でラクダのミルクをくれたトアレグ族の家族。カメルーンの街で私にパンをくれたストリートチルドレンたち・・・・・。それは６年の間、心の中にしまっておいた分厚いアルバムを、もう一度手にとって見る思いだった。 「６年間色々な人に出会った。」 世界の人々の心に実際に触れた思い出は忘れられない。ほんの些細な出会いであっても、私にとってはそのひとつひとつが、まるで宝石のような貴重な思い出・・・。 自転車の組み立て作業は終わり、成田空港ロビーに向かうことにした。６年振りにやって来た日本の空港の喧騒はとても賑やかで、耳に入ってくる言語が全て分かると言うのはこんなにも楽しいことなのかと実感した。扉の向こうには私の家族がいる。 「家族に会える・・・。」 そう思うと急に緊張してしまい、戸惑った。嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちだった。自動扉は開き、外に出て一歩、二歩と歩き出した。
日本 成田空港の到着ロビーを出た私。  次の瞬間だった。空港ロビーの喧騒に紛れながら、聞き覚えのある懐かしい声が耳に入ってきた。 「ツヨシ、ツヨシ、お帰りー。」 そこには父と母の姿があった。笑顔で嬉しそうに立っていた。６年振りに見た父の頭の毛は薄く、母の顔にはしわが増え、幾分身長が低くなったように見えた。私のいない６年間に年を重ねた両親の姿を見た途端、もう訳が分からなくなり、無意識のうちに涙をボロボロ流しながら両親を抱きしめていた。３０歳のいい大人が人前で親を抱きしめるなんて、映画か、テレビドラマの世界だけかと思っていた。まさか自分がそんな大胆な行動をするとは夢にも思っていなかった。私はただ、 「ありがとう、ありがとう。ありがとう。」 恥ずかしさも忘れ、泣きじゃくりながらそう言っていた。両親の愛情に支えられたからこそ、ここまで走れた。こうして無事帰国することができた・・・。感謝の気持ちでいっぱいだった。 空港には結婚を１０日後に控えた兄と、そのフィアンセも迎えに来てくれていた。私は兄とがっちりと固い握手を交わし、その隣りに立っていたフィアンセに挨拶をした。兄の挙式は５月２４日。私も何とか間に合い帰国できた。
日本 妹は仕事で来れなかったが、６年振りに家族と再会した。 
日本 成田空港にて。帰国した私。 
日本 成田空港にて。  張さんを紹介してくれた大阪の池本さんが連絡を入れてくれたのか、空港には朝日新聞の近藤さんが取材に足を運んでくれていた。この時の気持ちを聞かれ、 「無事に帰国できて、本当に嬉しいです。」 そう答えた。他にも旅の思い出を聞かれ、３０分ほどの取材を受けた。
日本 近藤さんが撮ってくださった写真。  千葉マリンスタジアムの近くに父の会社の関連の保養所があるので、この日はここまで車で移動することに。空港から長野の諏訪まで走る予定でいたが、意地っ張りの私もこのときばかりは、 「空港から宿まで走りたい！」 とは言えずに、兄の車に自転車を載せて保養所に向かった。
日本 自転車は車に載せて、千葉の保養所に向かう事になった。  保養所に着き、風呂に入って食堂に向かうと、見事な日本食が並んでいた。そこには大好きな納豆もあるではないか。 「納豆食べたいって言ってたから、特別に買っておいてもらったんだ。」 父がそう言った。他にも、刺身に天ぷらに瓶ビール・・・。旅行中に夢にまで見た日本食がズラリと目の前に並んでいる。何だか食べてしまうのがもったいないような気持ちになってくる。
日本 旅行中に夢見た日本食が目の前に並んでいる。何だか食べてしまうのがもったいないくらいだ。  夕食を食べながら旅の出来事を話し、６年間に起きた日本の出来事も聞いた。何回も電話をしているとはいえ、年をとってしわと白髪の増えた両親の顔を見て実際に話をしていると、海外で過ごした時の長さを実感した。お互いがそれぞれ６年と言う歳月を離れて過ごしていたのだと・・・。とにかくこうして無事に日本に帰国し、両親の顔を見る事ができた。
日本 家族で夕食。皆で乾杯をした。  酒の入った父が、笑いながら話した。 「・・・今だから言えるけどなあ、心配したぞ。兄ちゃんは練習中に転倒して大怪我をして一生寝たきりの生活になり、自転車で世界へ出た剛は、治安の悪いどこかの国で行方不明になって帰らぬ人になってしまうかもしれないって。」 二人の息子を同時に失うんではないかと思った事もあったと言う。実際兄は、試合中に何度も骨折をし、何十針も縫う怪我をした。私も各地で何回か強盗や盗難に遭った。 「もしあのとき、あそこで・・・。」 あのときあのときと、過去の状況を思い出していけば、強盗事件や交通事故、水難事故に飛行機事故など、危険な状況はいくつもあり、いつ死んだっておかしくなかった、そう言っても決して過言ではない。帰国して改めて生きて帰れた事に感謝する思いだった。 兄は危険とも言えるエアリアル選手を引退し、１０日もすれば式を挙げる。自転車で世界を漂泊していた私は無事に日本に帰国・・・。この日、誰よりも喜んでいたのは父と母だったのかもしれない。年を重ね、しわの深くなった両親の嬉しそうな笑顔が、とても印象に残った５月１２日。日本帰国の夜だった。
日本 ひょうきんな兄の姿は昔から変わらない。父と母の笑顔がとても印象に残った５月１２日の夜だった・・・。 
日本 嬉しそうな笑顔を浮かべていた父と母。 
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