第３０７話 ９１カ国目 ケニア 「東アフリカ南下開始・・・。」  「一緒に写真撮ってもいいかな？へへへ。」 マサイ族の少女とのひとコマ。
アラスカ出発 １９９２／４／１〜ケニア １９９６／１１ ケニア出国までの走行距離 約９１０４８ｋｍ 
アフリカ走行 １９９６／２／１〜１９９７／５／２８ 走行距離 約２２１０７ｋｍ 
ケニア走行 １９９６／１１／１２〜１９９６／１１／２９ 走行距離 ３１５約ｋｍ  |
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サファリツアーも済ませ、３冊目のパスポートも作ってもらい、タンザニアのビザも取得した。日本人旅行者の集まるイクバルホテルではたくさんの情報も得ることができた。入れ替わりたち替わり色んな旅行者がやってくるのでそれぞれ個性が入り混じり、その日その日で部屋の雰囲気も変わって実に愉快だった。いつも旅談が尽きることはなかった。ヤウンデのときとは逆に、ナイロビではたくさんの人と出会い、楽しい日々となった。英気も養えたような気がする。 １１月２６日、サファリツアーを共にした吉岡さんと宿の管理人に見送られ、飛脚号と共に出発することになった。走り始めたのはナイロビに到着してから２週間後。カメルーンでの最後の走行は１０月５日だったから、およそ５０日間と言う長期間、まともに自転車に乗っていなかった事になる。 「ようやく前進か。」
ケニア イクバルの宿の管理人と。 
ケニア 吉岡さんと。  出発したこの日は偶然にも家を出て４年１０ケ月目と言う日だった。当初の計画ではこの期間で世界一周から帰国する予定だったが、まだまだ目的は果たしていない。目指すは１００カ国、１０万ｋｍ。５大陸を走り切るまではピリオドは打てない。アフリカ南部にはケープタウンと言う美しい街が待っている。その先には喜望峰がある。 「アフリカ後半戦が始まったな。」 そんな思いでペダルを踏んでいた。 ナイロビから南西に位置するモンバサ方面に進路をとった。標高が高いせいか雲がとても低い位置に見え、気候も爽やかでとても快適だ。標高は約１６６０ｍとあるから、ちょうど私の地元、諏訪にある霧ヶ峰と同じくらいと言うことになる。ナイロビから数十ｋｍ走ると周囲には田舎の風景が広がっていた。
ケニア 雲はとても低く見える。さっきまでいた大都会の喧騒はもう消えてしまった。 
ケニア このまま南に進むとキリマンジャロがある。そんな事を想像するとワクワクしてしまう。  標高が高いので、時々寒い思いをしながら走った。モンバサとケニアを結ぶ主要道とあってか、トレーラーが頻繁に行き交っている。ラッパのようなクラクションを鳴らすやかましいバスと共に国道を南下していく。自転車野郎にとっては今ひとつ走りづらくもあった。が、小さな町を通り過ぎていくと、地元の人が手を振ってくれたりした。今までのアフリカにはない、どこか親しみ易い印象を受ける。家の作りを見てもしっかりと頑丈で豊かさを感じさせる。周囲には畑や放牧風景を目にする。ケニアの田舎はのんびりとした印象だ。西アフリカで経験したようなあの酷暑はここにはない。東アフリカの走行のスタートはまずまず。快適な気候の中を走る事ができた。 夕方、小さな集落の店でコカコーラを１本飲む。そこのおやじさんも取っ付き易く、フレンドリー。聞いてもいないのに私の地図を手にすると、 「あんたが今いるとこはここだよ。」 そう教えてくれたりした。
ケニア 田舎のレストランに立ち寄ると、そこにはちょっとおせっかいな素朴なケニア人がいた。  西アフリカは旧仏領の国が多かった。これから走る東アフリカには旧英国領が多い。どこの国に統治された国が一番走りやすく、快適な旅ができるのか。教育に食文化、宗教、人……。東アフリカの特色を感じ取るのも楽しみだ。 小さな集落で夕食の買い出しをして野宿に備え、午後６時過ぎまで走った。この日はブッシュにテントを張り自炊。東アフリカ南下の第１日目は特に変わった事もなく幕を閉じた。ここケニアからはタンザニア、マラウィ、モザンビークと走り、とりあえずの休息地はジンバブエの首都ハラレを予定している。そこまでは約３６００ｋｍ。到着までに２ケ月くらいはかかりそうである。
ケニア 東アフリカ走行を開始した初日のブッシュキャンピング。  翌日１１月２７日。怪しい雲行きの中、８時に出発する。しばらく走ると案の定、雨が降り出してきた。 スルタンハムッドという町に着き、ここで休憩をして朝食を食べた。コーヒーに揚げパンという単純なメニュー。気候が涼しいせいか食欲があり、美味いと感じる。ついでにスタンドで自炊用のガソリンも補給していく。その後雨の中を再び走った。 しばらく走って着いたのはエマリと言う、道路の分岐点のある小さな町。ナイロビからここまで私は国道を走ってきたが、ここからは真南に向かう進路を選んだ。道はダートで走りにくそう。しかしアンボセリ、マサイ国立公園とキリマンジャロ国立公園のすぐ脇を走っており、キリマンジャロをより近くで眺めたいと思いこのルートを選択した。上手くいけばアフリカ最高峰と動物たちの姿を同時に見る事ができると言う、まさに夢のようなルートなのだ。 分岐点であるエマリの町の南には、大きな町もなさそうなので、ここで昼を食べておくことにした。１軒のレストランに入りチキンを注文したが、ただ煮ただけの鶏肉。食べると最悪でまるでガムのようだった。西アフリカ（旧仏領の国々）で食べた美味しい料理が脳裏に蘇ってくる。やはり旧英国領の食文化と言うのは期待できないのか……。とりあえず昼食を済ませ、エマリから田舎道を南へ向け走り始める。 「よし、キリマンジャロ国立公園の走行だ。」 昔見たキリマンジャロのポスター。あの夢のような風景を想像しながら、私はワクワクしながら気合いをいれて走った。ダート道は本当にボコボコで走り始めると早くも尻が痛くなった。さっきまで走っていた舗装路は嘘のよう。
ケニア 走行状況は厳しい。しかしこの南にはキリマンジャロと言う偉大な山が聳えているはずだ。 
ケニア 気の遠くなるようなダート走行は始まった。 
ケニア きつい道だが、私の憧れていた道でもある。 
ケニア 長いダートは続く。 
ケニア 途中には牧歌的な眺めが続いていた。 
ケニア キリマンジャロの裾野を目指して。  途中、道沿いの小さな商店でコカコーラを1本買って飲んだ。店内には質素な品々が並んでいる。首都ナイロビからすぐなのに、ちょっとメイン道路から入ってしまうと、豊かな品々は目にしなかった。ここまでは行き届かないらしい。店の前には地元の男たちが数人立っていた。肩たたきに使うような数十センチの棒を手にし、耳たぶには１０ｃｍ以上の大きな輪っこがあり、まるで宇宙人のような耳をしている。近代的だったナイロビの人とは様相もだいぶ異なっている。彼らもマサイ族なのだろうか。 店を後にして走り出すと３人の少年が走ってきた。何を言うかと思えば、 「ジャケットちょうだい、自転車をちょうだい……。」 冗談ではなくて、本気で追いかけそう言ってくる。汗をタラタラと流し、いつまでも諦めずに走ってついてくる。ケニアにマラソン選手が多いと言う事にもうなずける。 「カッパがないと雨の時に困ってしまうし、自転車を上げたら走れなくなってしまう。」 そう説明してもまだ、 「くれくれ。」 とすごい汗を流して後をついてきた。私は立ち止まり、 「自転車は上げられない。だから付いて来ても仕方がないよ。」 そう言うと、納得した様子だった。 所々に小さな店があるのでジュースを飲んでは休憩したが、子供ばかりでなく、大人も物乞いにやって来るのには閉口してしまった。ナイロビと言う大都会とは本当にがらりと変わってしまっていた。 ガタガタのダートは尻にこたえた。思ったより距離も進まなかったが、この日は午後５時に走行を打ち切った。道から少し入った適当なブッシュの中にテントを張り、小鳥たちの鳴き声に耳を傾けながら自炊して眠りについた。
ケニア またブッシュキャンピングの日々は始まった。  翌朝１１月２８日。出発の準備をしていると、どこからか土の固まりが飛んできてテントにボンと当たった。空から降ってくるわけはないので、誰かが投げたのだと思う。しかし周囲を見ても誰も見えない。人の居そうな気配は全くしないので急に恐ろしくなった。 「知らない所から私は見られているのか……」 とにかく土玉が体に当たらなくて良かった。もし土玉がマサイ族の持ち歩いているような槍だったら、今ごろはグサリと突き刺さっていたかもしれない。そんな事を想像すると、恐ろしくてキョロキョロしながら慌てて片付けて走り出した。 「私は狙われているのか？」
ケニア 人の気配はほとんど感じられなかったのだが。 
ケニア どこからかブッシュの奥から子供たちが姿を現したりした。 
ケニア よく見ると人の歩くあぜ道が見えた。  退屈なダート道を走っていると、走行途中にマサイ族の若い女の子に出会った。よく見るとチャラチャラしたプラスチックの飾りを付けていた。 「これきれいだな。写真撮ってもいいかな？」 そう聞くと、 「それじゃお金をちょうだい。」 とモデル料をせがまれてしまった。彼女たちの美しい姿を逃すまいと、モデル料金を支払い私も一緒に記念写真を撮った。
ケニア マサイ族の娘たちと記念撮影。 
ケニア きれいな首飾りをしていた。 
ケニア 「はい、笑ってくださーい。」 
ケニア 飛脚号と皆さんと記念撮影。 
ケニア 一人の女性に撮ってもらうが……。 
ケニア 嫌そうな顔をする私の隣の娘。
ケニア シャッターを押し続けたマサイ族の娘。 
ケニア 「ああ、そんなにパチパチ撮ったら……ポジフィルムも高いんだから。」  途中でこのマサイ族の挨拶を目にすることができた。年寄りの爺さんの所にこどもが近ずいたかと思うと、子供は爺さんに頭を差し出す。握手する訳でもなければ、おじぎする様子もない。爺さんは差し出してきた子供の頭の上に軽く手をのせただけだった。それはごく自然なやりとりだが、長老は尊敬されているのだろう。そのやりとりに感動を覚えるのだった。 この日も大変なダートは続き、尻を宙に浮かせながら四苦八苦してペダルを踏んだ。時速は８ｋｍくらいだろうか。大きな石を避けつつ、また、ドロにまみれつつの走行を繰り返した。 キリマンジャロの裾野に徐々に近づいているため緩やかな上りが始まり、なお辛い。黙々と走り続けていると、何と、目の前の道路をキリンが横切るではないか。 「おおー、キリンだ！」 ロバでも山羊でもない。今、目の前を横切ったのはキリンだ。夢のようで信じられない。私は慌ててカメラを取り出し、彼らの姿を撮影した。
ケニア 飛脚号とキリン。その背景にキリマンジャロがあれば文句はないのだが。 
ケニア 私の姿を見て、特に逃げる様子はなかった。  もし車だったら、逃げてしまっていたかもしれない。これからも静かに走ろう。そう思ったが、これでライオンでも出没したら洒落にならない。 それにしても走行中いきなりキリンに出くわすなんて、本当に嬉しくて、その後もはしゃいだ気分で走った。よく見れば周囲のあちこちにまばらにキリンの姿がある。これには本当に驚いた。 マサイの少女にも出会え、キリンにも出会えた。しかし、いけないのは目の前のキリマンジャロだ。天気は曇りのままで、まだ一度も晴れずにいる。 「今日こそは！」 と期待していたのに、やっぱり曇り空。
ケニア 前方の雲がなければ夢のような光景があるはずなのだが。  小さな集落でコカコーラを飲んだ。５、６人の少年たちが寄ってきて珍しそうに私を見つめている。 「どこいくの？」 「タンザニアへ行くんだ。」 「え、その自転車で？」 マサイ族の子供たちも、耳に大きな穴の開いている子とそうでない子がいる。顔付きが違うのはキクユ族の人々だという。彼らの中でも耳に穴の開いていない少年がいた。 「あれ、君はどうして耳に穴がないの。」 「僕は教育を受けているんだ。穴は開けないんだ。」 少年は自慢げにそう言った。 この日は食糧の持ち合わせが十分だったので、途中の村で買い出しをせずにそのまま走り続け、キリマンジャロの裾野にテントを張ることにした。 「よし。ここにテントを張れば、明朝は目の前にキリマンジャロの絶景がデデーンと広がるはずだ。」 私は絶好の野宿ポイントを選んだような気持ちだった。 「明日はきっと晴れる。」 そう信じてテントを張った。テントを張ってしばらくすると近くにシマウマがやってきた。私の姿に気が付くとすぐに逃げて行って しまったが、野性気分満喫の一夜だった。
ケニア シマウマが出没した野宿地。（ライオンでなくて良かった）  翌朝１１月２９日。起きてすぐテントのジッパーを開けた。 「さあ、キリマンジャロの姿はいかに？」 ところが今朝もやはり曇り空。大きなその裾野は見えても、頂上は見えず。わずかに山頂の一角が一瞬見えたのみだった。
ケニア まさかこのままキリマンジャロを見れずに終わるのではないだろうか。  せっかく苦労してわざわざキリマンジャロに一番近い絶好のルートを走って来たと言うのにがっかり。時間が経てば必ず見えると信じて走っていたが、その雄姿はずっと雲に隠れて見えなかった。 裾野近辺は肥えた土壌で真っ黒な土だった。これなら何を植えても良く育ちそうだ。所によっては、とうもろこしや大豆などを作っていた。それほど暖かくはないと思うが、雨が多いせいか、この標高でバナナも育っている。 満足にキリマンジャロの姿も見れないまま、ロイトキトックというタンザニアとの国境の村に着いてしまった。 「このままキリマンジャロは見れずに終わるのか。」 ケニア側の国境で出国手続きを終わらせ、９２カ国目のタンザニアに入国することになった。
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