第３０５話　９０カ国目　カメルーン

「耐えてカメルーン・・・。」

強盗に遭ったが、盗まれた決意書は再び手元に戻ってきた。

アラスカ出発　１９９２／４／１～カメルーン　１９９６／１１
カメルーン出国までの走行距離　約９０７３３ｋｍ

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アフリカ走行　１９９６／２／１～１９９７／５／２８
走行距離　約２２１０７ｋｍ

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カメルーン走行　１９９６／９／１９～１９９６／１１／１２
走行距離　約７９４ｋｍ

　強盗に遭った翌々日、１０月２１日月曜日。この日朝一番で再び電話屋へ出向いた。お金が無いので両親にこちらの番号を知らせ、掛けなおしてもらう事にした。これなら時間に余裕を持ってゆっくり話す事ができる。荷物やカードなどの手続きの確認をすると、全て無事に済ませたと両親は言う。これで一安心。あとは待つだけ。無事に荷物が早く届くのを祈るのみである。
　宿に帰ってから、ふと思いついた。大使館に金銭のヘルプをしなくても、もしかしたら現金を手に出来るかもしれない。昨日街中の写真屋で大量にスライドフィルムを購入した。これを再び店に持って行き、返品すればどうだろうか。事情を話せば分かってくれるかもしれない。店の名はタイガーフォト。経営者は確か韓国人だった。私は早速スライドフィルム片手に街に出かけた。これで店長にだめと言われれば日本大使館に行って、
「強盗に遭ってしまったのでお金を貸して下さい。」
などと泣きつかなければならない。それだけは避けたい。少し緊張しつつタイガーフォトに向かい、店に入ると店員に事情を告げた。するとちょっと待ってと言われ、奥にいた店主らしき韓国人を呼んでくれた。
「あのー、先日スライドフィルムを買ったものですが、実は盗難に遭いまして……。」
私は店主に懇願した。英語を話せる愛想の良いはげ頭のオヤジさんに、傷を負った手を見せ、当時の様子をジェスチャーを交えて必死に状況を説明した。すると終始ニコニコしていた店長、と言うか韓国人のオヤジさんは、
「そうなのかね、いいよ。代金は返すよ。」
そう言って現金を渡してくれた。私は涙が出るくらい嬉しかった。スライドフィルムを引き取ってもらい、私が手にした現金は６７０００ＣＦＡ。大金だ。日本円にすると１４０００円くらいになる。これでマダムに電話代を返し、その残金で荷物が届くまで食い繋げる事が出来る。
　現金を手にし、私は少し金持ち気分になった。タイガーフォトの主人に深々とお礼を言い、その後タクシーに乗り警察へ出向いた。被害届を出し、盗難証明書をもらえれば盗難保険が適用されるかもしれない。ところが署内に足を踏み入れると、何だか悪そうな人がいっぱいおり、ゴタゴタしていて忙しそう。１人の警官を捕まえ、
「強盗に遭った。」
と言うと、
「１４時にまた来い。」
と言われる。あまり当てにできそうにない警察だったが、また来る事にする。
　警察に寄った後、今度は日本大使館へ直行した。とりあえず盗難の報告と、荷物の送り先の住所を日本大使館とさせてもらった事を伝えなければならなかった。
　長塚さんの所に出向くと、最初から一方的に私に情報を話してくれるので、強盗に遭った事はなかなか切り出せなかった。長塚さんの話はアフリカ深部についての細かい情報だったが、余り良い内容ではなかった。キブ州全域（ザイール東部キブ湖周辺）の治安が悪化して、渡航自粛になり、ウガンダ北部は反乱軍がうろうろし、中央アフリカのバンギまでの主要道も武装した追いはぎが出る…そう言われてしまった。ようするに、
「中央アフリカからザイールを抜け、ウガンダ方面へは行かないように。」
と忠告を与えてくれたのだ。自転車旅行者の私がバンギに向かうと知った中央アフリカの領事の方が、ヤウンデの大使館にファックスを送ってきたと言う。領事関係の方は厳しい情報しかくれないのだろうか…。ファックスの内容は、
「出来ればこの国に入国せずに、思い留まって欲しい。」
といったものだった。こう言われてしまうと、
「頑張って中央アフリカを走りに行きます。よろしくお願いします。」
なんて言えない。情勢が悪化しているとなると、どうしようか悩んでしまう。
　治安の話が出たので、私は先日の首締め強盗の一件を話し始めた。
「実は長塚さん、こう言う訳で……それで、両親が送った荷物の宛先を勝手に日本大使館とさせてもらったので、荷物が届いたら知らせて頂きたいのです。私もまた顔を出しますので。」
そう伝えた。当時の強盗の状況を長塚さんに報告し始めると、長塚さんは、
「あ、相手は何人だったんですか？」
「それが、大柄な奴二人だったんですよ。」
「そうですか、二人でダメでしたか。」
少林寺拳法を習得していると言う長塚さんにそう言われてしまった。これには私も１本やられてしまった。
　大使館から帰宅してパン屋へ出向き、アボガド、トマト、チョコレートクリーム、マヨネーズなどを購入し、部屋でパンにかじりついた。日本からの荷物はいつ届くか分からないので、節約し、できるだけ長くお金が続くよう切り詰めて生活しなければならない。
　１４時になったので、また警察に出向いた。ところがゴタゴタはまだ続いており、私の相手をしてくれそうな担当の人はおらず、
「３０分待て。」
そう言われ、盗難届を出すのも面倒になってしまった。３０分待てと言われた時点で盗難届けを諦めた。再び宿に戻り、読み飽きた日本の新聞を読み、パンツや靴下の洗濯をして過ごした。
　午後の５時頃、宿のマダムがトントンとドアを叩き、
「お父さん来たわよ。」
と言うではないか。
「へ？お父さん？」
日本から父がわざわざお金とクレジットカードを届けに来たのかと思ったが、そんな訳はなく、日本大使館の長塚さんだった。
「待井さん、強盗に遭ったって言ってましたよね？それならお金がないんじゃないかと心配しましてね……。」
「あ、いえ、あの今日スライドフィルムを写真屋さんに戻して……。」
「そうですかあ……。」
長塚さんはそれくらいの事ならいつでも言ってくれれば、と温かい言葉をくれた。
「本当に最悪の状況になったら、その時にお願いします。」
その「最悪の状況」がまさか来るとはこの時思ってもいなかったのだが……。
「良かったら今夜、うちで食事でもどうです？日本食なんてしばらく食べてないんじゃないですか。」
私は遠慮せずに喜んで呼ばれる事にした。
　長塚さんのお宅は大使館の目の前。家に着くと、子供たちが出迎えてくれた。おとなしい、お母さん似の長男。次男のしんじ君はお父さんにそっくり。小学校２年生らしいが、元気の良い事と、そのしぐさの似ていることといったらなかった。将来は寿司屋をすると張り切っていた。末っ子はあやちゃん。まだ学校に行っていない小さな女の子。こうして５人家族のお宅に招かれた。
　大き目の家でちゃんと電気もあれば、日本製の電化製品もある。日本にいたら当たり前なのだろうが、久々に見る日本の家庭はアフリカの家に比べると本当に豊かだと変に納得してしまう。
　最初にお風呂を頂く事になった。
「久々の湯船だろうし、ゆっくりしてね。」
何気ない言葉がとても嬉しかった。湯船に浸かるのはガーナ以来だ。
「ふーっいい湯だ……。」
　すっかり風呂でゆっくりした私。風呂から上がると冷えたグラスにビールが注がれた。これをグイっとやると、もう夢のような世界。ソファに座り、長塚さんと子供さんたちと世界地図を広げ、私の走ったルートを説明する。カリブの国々の中でどこがいいかと聞かれ、
「盗難に遭ったのはジャマイカだったけど、きれいなのもやはりジャマイカでした。」
と答える。しばらくソファでくつろぎ、夕食をご馳走になる。メニューは鳥の唐揚げに松前漬にポテトサラダ、いんげん、味噌汁。それに白いご飯。もちろん日本酒もあった。カメルーンではきっと貴重な日本酒だと思うのだが、私は遠慮なく頂いてしまった。
　次から次へ色々と話をしてくれる長塚さんは、ポーランドで出会ったボイテックに似ている。積極的に対応してくれ、今まで訪れた領事担当の方の中でも一番親身になって情報を提供してくれた。周辺国の情勢資料の提供など、ここまで親切丁寧にしてくれた方に出会ったことがない。こうした人の目には輝きもあれば、家族を力強く守る包容力もある。家庭の中におじゃましてそんな事を感じた。強盗に遭ってお金を失った。でも強盗に遭っていなかったら、長塚さん宅にこうして呼ばれる事もなかった。だから良かったと言えば良かったのかもしれない。
　結局、午後１０時頃までのんびりと夕食を頂き、すっかりくつろいでしまった。奥さんの手料理は本当に美味しかった。すっかりお邪魔してしまい、宿に帰りますと告げると、長塚さんの奥さんが、
「明日の朝食にどうぞ。」
そう言っておむすびを持たせてくれた。もう感謝この上ない。
　日本からの荷物が届き次第連絡をしてもらうという事にして、この夜は宿に帰ることにした。夜遅かったので長塚さんは宿まで車で送ってくれる事になった。車には男のお子さん二人も乗り込んだ。少林寺拳法をやっている長塚さんは、
「宿に向かう帰り道でまた奴らに襲われたらいけないから。」
そう言ってヌンチャクとバットを車内に持ち込んでくれた。心強い限り。事なくしてこの晩は宿に到着し、楽しい思い出を胸に眠りにつく事ができた。
　翌日１０月２２日。火曜日。することもなく、１日中手紙などを書いて過ごす。暇なような忙しい１日。電子手帳はないので紙に書く。パンにアボガドやバナナなどを挟んで食べた。食事は質素。限りある手持ちの現金を無駄には使えない。走っていないので、食が細くても何とか持ちこたえられそう。嬉しかったのは宿の近くに美味しいパン屋があり、ここで焼き立てのフランスパンを食べられた事か。これには毎日満足していた。動かずに体力を使わない１日が終わった。
　翌日１０月２３日。朝起きてフランスパンを買いに行く。パンとバナナ、アボガドなど毎日同じ食事で偏ってもいけないので、トマトと玉ねぎ、ゆで卵、そしてコンビーフをパンに挟み、更にマヨネーズを塗って食べた。こうしたメニューをローテーションさせ、パンに色んなものを挟んで朝昼夜と懲りずに食べ続けた。

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　カメルーン　チョコレートクリームを塗ってくれる店がある。

　午前中は新聞を飽きるほど読んだり、手紙を読んだりして外に出ず室内で過ごす。外に出ると体力を使い、腹が減ると思いじっと部屋で過ごす。動かないせいかあまり腹は減らず、食費がかさむことはなかった。夕方に電話屋の兄ちゃんの所へ顔を出すが、別に日本からの電話はない様子。夕食は魚と煮豆を路上屋台で食べる。カメルーンに入ってからこうした煮豆がレストランで食べられるようになり助かった。安くて栄養もある庶民食は一食２３円。金が無い私のようなサイクリストには持ってこいの食事、畑のお肉である。
　この夜、私の泊まっているドミトリー部屋に地元カメルーン人のオヤジさんが泊まりにやって来た。このオヤジさんがくせ者で、夜中に「ゴーゴー」といびきをかきまくった。まるで騒音とも言えるようなやかましさで、眠れたものでない。余りにもうるさいので、
「パン！」
と手を叩くと鳴り止むのだが、しばらくすると再び、
「ゴーゴー」
体のどこからそんな騒音が出てくるのかと思うほどうるさい。私は再び、
「パン！」
すると寝ている男は静かになる、しかし再び、
「ゴーゴー……」
私はすかざず、
「パン、パン、パン、パン…」
連発して手を叩くと、男は気がついたのかいびきは長く鳴り止んだ。
「やれやれ。」

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　カメルーン　私の泊まっていた宿、フォイェルインターナショナルの部屋の見取り図。

　欧州のユースホステルでもよくこういうことがあった。１人が「ゴーゴー」と始めると、他の皆が眠れずに困り、そのうち誰かが、
「パン！」
すると、いびきは見事に鳴り止むのだ。
　翌日１０月２４日。朝方パンを買い、帰り際に床屋を見つけたので値段を聞くと、５００ＣＦＡ。約１２５円。今日も暇なので、ここでヘアカットをしてもらう事にした。

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　カメルーン　床屋の通り。

　その前に宿に戻り、午前９時と１１時のラジオジャパンを聞いて情報収集。するとザイール東部のツチ族とフツ族の事をとりあげていた。何でも何十万人もの難民の移動で事態が急変しているらしい。
「なんだかマズそうだな。」
　ラジオジャパンの情報を聞き終えた私はヘアカットに向かう。マリの時のように変な風になってしまわないかと半分不安だったが、今回は失敗はなく、うまい具合にやってくれた。カットしただけなので、帰ってからシャワーを浴びる。午後も暇なので手紙を書き、そして日記などを書いていた。
　午後６時頃だっただろうか。スペインでお世話になった、アデーラのスペイン語の手紙を「ウーン」と言いながら訳していた。するとそこに、いつも宿の掃除をしている婆さんが、珍しく私の所にやって来て、
「これあんたの？」
そう言って、あの晩盗まれたはずの財布の中に入っていた品々を私に手渡した。小さなパスポート写真に、高校のときに書いた決意書、それに高校時代にラーメン屋で出会ったときにもらっていた佐川急便の洞沢さんの名刺が入っていた。盗まれたクレジットカード数枚のうち１枚もそこにある。婆さんはクレジットカードを指差し、
「これは何か、どうやって使うのか。」
などと聞いてきた。おそらく犯人たちがクレジットカードの使い方を知りたくて、婆さんを使いによこしたに違いない。私はそう推測した。掃除の婆さんがそんな事を聞くなんて普通じゃない。私はすっとぼけて、
「カードはカメルーンでは使えない。そんなものの使い方は知らない。」
と言ってやった。この婆さんを尾行すれば犯人が分かるかも知れないが、そこまでする気はなかった。嬉しかったのは、戻って来た紙切れの数々だ。まさか再びこの手元に、高校時代に書いたこの決意書が戻ってくるなんて……。実はこの紙切れは以前にも一度ジャマイカで盗難に遭い、盗まれた紙。今回の首締め強盗でまた盗まれた。もう二度と目にする事はないと思っていたのに。盗られたものが２度も自分の手元に返ってくるなんて。
「……信じられない。」
嬉しいと言うよりは、神ががり的なものを感じずにはいられなかった。ボロボロになって私の元に返ってきた決意書。高校時代にラーメン屋でもらった洞沢さんの名刺。これらの紙を見ていると元気が湧いて出てくるのだった。

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　カメルーン　決意書も洞沢さんの名刺もまた手元に返ってきた。神がかり的なものを感じずにはいられなかった。

　翌日１０月２５日、ラジオジャパンを聞いていつもの賑やかな通りに煮豆を食べに行く。ここでアリコーとバトンと言う食べ物を食べる。

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　カメルーン　当時私が描いたアリコーとバトン。

　この日も日本の実家に電話を掛けた。両親が電話に出ると、地元の下諏訪中学校の先生が新聞記事を見たようで、コートジボアールの人々の暮らしや、村長さんが招待してくれた体験談を書いて送って欲しいと言ってきた。社会の授業で使いたいと言う。暇なので早速書き始める。特別な資料はない。先日まであったガイドブックも強盗に盗られてしまっているので、頼りになるのは自分の記憶のみ。西アフリカの地図も日本に送ってしまったので、地名や出来事を思い出せずに困ってしまった。
　翌日１０月２６日。強盗事件から１週間。朝飯を食べに行き、その後再び中学校へのレポートをまとめる。机に向かってペンを握る事６時間。途中で紙がなくなってしまったので、便箋を買いに行く。強盗にでも遭わなければ、こんなに時間をかける事はできなかった。自転車野郎の体験記が生徒の役に立てば良いのだが。
　この日もラジオジャパンを聞いた。すると土曜日だったので、ＮＨＫのど自慢をやっていた。長野県駒ヶ根からの中継とあり、どこか懐かしさを感じる。しかし流れてくる演歌の曲以外は知らない歌が多い。帰国したら浦島太郎になってしまいそう。
　夕刻５時半。日記を書きながら、窓からふと外の風景を見た。広い緑の庭にきれいな夕日が当たり、そこで小さな少女がタイヤを転がし遊んでいる。こおろぎの声が耳に入り、鳥のさえずりが聞こえてきた。

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　カメルーン　少女の図。

「私は本当にここで強盗に遭ったのだろうか。」
そう思うような、信じられないくらいの穏やかな眺めだった。強盗に遭ってから１０日。待ち望む荷物はまだ届かない。
「今度の月曜日に荷物は届くのだろうか。」
　１０月２８日、月曜日。朝食を済ませ、ラジオジャパンに耳を傾けると、ザイールの情報が流れていた。情勢は極めて悪化。国内では戦闘が始まったと伝えられている。何でも５０万人の難民がルワンダに移動しており、東ザイールの情勢は極めて不安定とのこと。ＢＢＣラジオでもトップニュースとしてこの話題を伝えている。広大なザイールなので、一部地域だけだと思うが、やはり不安だった。
「ザイール横断は大丈夫だろうか……。」
　翌日１０月２９日、午前中に郵便局に手紙を出しに行く。例の中学校へのもので、封筒は可愛らしいアフリカの民族音楽の絵柄のあるものだ。局員の女性に封筒を渡し、
「早く届くエクスプレスはいくらですか？」
と聞くと、１８００ＣＦＡと言った。私はお金を支払った。すると女性は２００ＣＦＡ切手９枚をベタベタと張り始める。ところがこの張り方が滅茶苦茶で、ゆっくり張っていくのは良いが、最後の９枚目を張る頃には封筒の表のほとんどの面が隠れてしまい、届け先の住所の一部の県名までが切手で隠れてしまった。

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　カメルーン　切手で隠れてしまった。

一部始終を見ていた私は、
「それじゃ、届かない。」
そう言っても、
「もう張り終ったからダメ。行きなさい。」
などと言う。これでプッツン切れてしまった。
「入れ忘れたものがある。」
そう言って封筒を返してもらい、自分できれいに貼り直してから、もう一度女性に渡した。荷物が届かなかったりするのはこんな些細な事が原因なのかもしれない。
　翌日１０月３０日。日本からの荷物はまだ届かない。こんな所にいたら腐ってしまいそう。この宿にはいったい何日滞在しているのだろう。宿泊料金だけで、５０００円近くになる。かと思ったら宿の水も止まってしまい断水が始まった。こうなるともう精神的にめいってしまい、どっと疲れが出てきた。アフリカの生活そのものに疲労を感じるようになってしまった。外は毎日スコールだと言うのに、家の中にある蛇口からは一滴も水が出てこない。街を歩けば腹が減って食事を多くとってしまうので、部屋でじっと時間が経つのを待つ。松本氏の著書「耐えてアフリカ」を思い出した。
「ひたすら待つ事も耐えることなのか……。」
読み飽きた新聞を読んでいると、部屋の穴から小さなネズミがチョロチョロ出てきた。暇なのでこいつを追いかけて遊ぶ。体調４ｃｍくらいの可愛い奴だ。
「おお、どこへ行ったんだ？いたいた！」
などとやって動いていたら、また腹が減ってしまった。なのでパンを買いに出掛ける。
「……こんな生活はいったいいつまで続くのだろうか。」
　翌日１０月３１日。今日も宿では水が出ない。荷物も届かない。昼はにんじんとパンとポークの缶詰。することは特にないが腹は減る、お金も次第に減って行く。外に出ずに朝方買ったパンを食べ、新聞を読んでこの日１日は終った。
　翌日１１月１日、金曜日。朝はいつものようにアリコーとバトンを食べた。
「今日のはいつもより温くて美味いぞ。」
質素な味に感激し、宿への帰り道、水とバナナを買って宿へ戻る。待つ日々はまだ続く。
　翌日１１月２日、土曜日。首締め強盗からちょうど２週間が経過。まさか今週中に荷物が届かないとは思ってもいなかった。明後日、月曜日は大使館に聞きに行く事にする。手持ちの現金はいよいよ残りわずかとなったので、遂に大使館に泣きつかなければならなくなった。まさか今週中に荷物が届かないなんて……。このとき手持ちのお金は４００円。これが私の全財産。
「あと１日の辛抱か……。」
　翌々日１１月４日の月曜日。この日の朝、遂にフィルム代６７０００ＣＦＡは底を尽いてしまった。実家に荷物を送ってくれと頼んだ日からすでに２週間。ＤＨＬは早いと聞いていたのに、まだ届かない。本当に荷物は届くのだろうかと不安になってしまう。
　私は腹をくくって日本大使館に行く事に決めた。最後の最後の持ち金をタクシー代として払うと全財産が尽きた。これで私は一文無し。大使館に着いたらお世話になった長塚さんに、
「お金がないので貸して欲しい…」
そう言わなくてはならない。この言葉はかつて南米のスリナム大使館で言っており、二度と使いたくなかった。それも面識のある長塚さんだけに、恥ずかしい。でもお金を借りれば、極貧生活からは脱出できる、そう思い妥協することにした。強盗に遭って落ち込んでもしょうがないので、明るく元気に長塚さんに挨拶に行く。すると、私の顔を見た長塚さんは、開口一番、
「あれ、待井さん連絡いったの？早かったね。日本から荷物が着いたところですよ。」
「ほ、本当ですか？」
飛び上がるほど嬉しかった。荷物が無事に届いた……。これですべては解決する。あとは自分が行動すれば、全てがうまくいく。
「道は開けたぞ。よーし。」
長塚さんから荷物を受け取った私は、我慢できずにその場で開封した。すると知人からの手紙や、日本食までもが入っていた。もちろん再発行されたアメックスのカードも入っている。これでドゥアラのアメックスのオフィスで旅行小切手を購入できる。あとは何の心配もない。連載していた自分の信濃毎日新聞の切り抜きも入っていたので、長塚さんに見せると、
「続けて書くと言うのは大変なことですよね。」
と励ましてくれた。嬉しかった。
　荷物の中に現金は入れてもらっていないので、長塚さんに、
「バスでドゥアラに行って、お金を作れるので……。」
そう言って往路のバス代だけを借りる事にした。もしもの時にと、長塚さんは、往復のバス代を含めたお金を貸してくれた。そんなこんなですっかり元気になれた私。長塚さんは宿まで送ってくれた。宿のマダムに荷物を預かってもらい、主要都市ドゥアラへバスで出発する事にした。
「あそこへ行けばアメックスのオフィスがある。」
そこで小切手を購入すれば念願の現金が手に入ることになる。
　ヤウンデのターミナルでバスに乗り込む。ドゥアラまでは４時間。車内では外の景色も見ずに、とにかく早く時間が過ぎて小切手を手に入れたい、お金を手にしたい、それだけを考えていた。
　ドゥアラに着いた私は、早速アメックスを取り扱っているオフィスに行った。デルマスボヤージュと言うオフィスである。これは海外のアメックス取り扱いのオフィスの一覧表にも載っていた。このオフィスの前に着いたときほど嬉しかったことは無かった。
「これで極貧生活からも解放されるんだ。」
そう思うと涙が溢れそうになった。私はやっと来たという思いで、ドアを開け、デスクの女性に小切手を購入したい旨を伝えた。
「このカードでトラベラーズチェックを購入したいのですが。」
そう言ってカードを見せた。

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　カメルーン　アメックスを提示。

するとカウンターの女性は、
「以前はここでもアメックスを取り扱っていましたが、今は扱っていません。他の銀行に聞いてみて下さい。他のオフィスでもやっているかもしれませんから。」
淡々とした口調で言うと、
「前にあるあの銀行。あそこならきっと購入できると思うわ。」
そう言った。しかしその前の大きな銀行は今日はすでに閉店。キャッシングの作業は明日に持ち越しとなってしまう。このときの手持ちのお金は、すべて長塚さんに借りたもの。ドゥアラの街で今日中にキャッシングが出来るということを前提に借りたお金。それは１万ＣＦＡだった。もし仮に、明日銀行でキャッシング出来ないとして、今晩宿に一泊すると、帰るバス代はなくなってしまう。ヤウンデに戻るための運賃はなくなり、私は路頭に迷うことになる。
「……と言う事は今日は街中で野宿か。」
途方に暮れていると、次第に暗くなってきた。現金はないが、クレジットカードがあるので、どこかカードで泊まれる宿を探すが、安いところは見つからない。１泊４０ドルでカードを使える宿を見つけた。しかしここは白人経営で１週間以上連泊しないとカードは使えないと言われてしまう。ちょっと部屋を見せてもらったが、バスタブ、キッチンがあり、４０ドルとは思えないほど充実した造りの部屋だった。こんな贅沢はできない。しょうがなくこの日は野宿することを決めた。
　この日の晩飯も、アリコーや煮豆などを食べた。宿代をケチった分、飯代に少し余裕ができたのでビールを飲む事ができた。これだけでも嬉しい。ドゥアラの街中で長い夜を過ごす。時間はこれでもかというくらいある。レストランに入った私は日本の新聞を時間を掛けてじっくり読んだ。その後はテレビのある食堂でジュースを飲んで過ごす。ここで新聞を読んでいると、青年たちが私の所に寄ってきて興味深く色々尋ねて来た。彼らと結局１２時ころまで過ごす。夜の１２時を回ると、街中で営業している店は少なくなった。
「夜中はどこで寝ようか。」
ドゥアラは治安が悪く、危険な街としても知られている。できるだけ電気の多い、人通りのある明るい所で過ごそうと歩き始めた。すると、暗くなった街中に一軒、明るい店があった。聞けば２４時間営業だと言う。この店の横に座って夜明けを待つことにした。店の主人もいるし客も来るので、誰かに襲われる心配はなさそう。しかしドゥアラは強盗が多いと聞くので、やはり恐ろしい。数人に襲われたらおしまいだ。今回はパスポートもあるのでビクビクしていた。店の周囲には足に障害をもった少年や、ぐれたような青年たちがいて、私の姿を見ると、
「何かくれ。」
と言い寄ってきた。私は、
「エンコントレ、バンディ、イ、ヤパデラルジャン。」（強盗に遭って、お金はない、と言う意。）
そう言った。ボロのＴシャツに、ぼろの靴。その子供は身障者だがとても元気があった。私が店の前にいると、さっきレストランで話した青年たちがやってきた。事情を話すと彼らは、
「パン食うかい？」
と肉入りのパンをおごってくれた。私は元気な足の悪い少年の横で食べた。少年は、
「宿へ行かないのか？」
と何度も聞いてくるので、私は、
「今夜はここに泊まる、朝までいる。宿に泊まるお金はないんだ。」
そう言うと、近くにいた少年たちも笑っていた。本気にしてはいなかったようだ。明かりのある商店の横で、ひたすら朝を待つ私。そのうちに寄ってきた少年たちが、私の日本語の新聞に興味を持ち、見せてくれと言い出した。ぐれたような少年たちもいるが、どこか優しそうな瞳をしていたのが印象的だった。ずっと近くにいた足の悪い少年が、今度は私にオレンジを手渡してくれた。
「いるかい？」
「ありがとう。」
すると、またオレンジを持って来てくれた。小さなオレンジだがとても美味い。そんなにハードに動いたつもりはなかったが私も疲れており、うとうとしていると、少年は、
「寝るのか？」
そう言うとびっこを引きながらダンボールを３、４箱持ってきてくれた。これをつぶして敷いて眠ればいいと言う。優しい少年だった。次に別の少年たちがバナナを１０房も持って来てくれた。
「これ食べなよ。」
「そんなに多くもらっても…。」
そう言って、２房もらう。
「サンドイッチはいるかい？」
と言うので、
「いいや、いいよ。」
そう言ったのだが、別の少年がサンドイッチやヨーグルト、ジュースを持ってきた。少年たちに本当に感謝。結局ここに座っている夜の間、４、５回子供たちから親切を受けた。途中で私が小便に行くと言うと、少年は、
「あっちは危ないから、こっちですればいい。」
強盗が潜んでいる事まで教えてくれたのだった。私は郵便物と靴を頭に置き、うつらうつらしながら、３、４時と少し眠ったりしながら過ごした。
　ようやく明るくなってきたのは５時くらいだっただろうか。出歩く用意を始めた。彼らのお陰で安心して夜を過ごすことができた。私がダンボールなどをたたんでいると、
「顔を洗いなよ。」
そう言って彼らはバケツに入れた水をどこからか用意してくれていた。親切にしてくれた少年たち。そして彼らと過ごした夜。ドゥアラでは忘れられない貴重な体験をした。それはアフリカの優しい子供たちの思いやりを受けた思い出深い一夜だった。
　１１月５日朝の６時。もうすっかり辺りは明るかった。少年たちにさようならを告げて、昨日教えてもらった銀行に行き、小切手を購入できるかどうか聞いてみた。するとやはりダメとの事。
「この近辺でどこかできる銀行はあるのですか？」
と聞いてみたが、やはり無理だと言う。ドゥアラではできないと言われてしまった。諦め気分で大きな銀行を端から訪ね歩いたが、どこもだめ。やはりこんな国では無理なのか。仕方なくバスでヤウンデに戻ることにした。
「もしかして、ヤウンデのヒルトンに関連のオフィスがあるかもしれない。」
そんなことを考え、ヤウンデに帰ってから探してみたが、やはりなかった。こうなるともう途方に暮れた。セネガルでは簡単にヴィザやマスターでキャッシングできたが、ここではそうは簡単にいかない。となればこの先のルートも考えなければならない。ザイール越えがダメならば中央アフリカのバンギまで行きたい。バンギからナイロビへの便があればそれでいい。そう思ってエアフランスのオフィスに行ったが、バンギからケニアへの便はない。一度カメルーンに戻って、それからケニアに行く便だと言う。全てがうまくいかなかった。
「強盗にさえ遭わなければ…」
ニジェールでは病気になり、事故もあり、カメルーンでは強盗に遭い、ドゥアラではキャッシングさえもできない。もしこれで中央アフリカやザイールへのサイクリングを強行したら、また何かあるかもしれない。「思い留まって欲しい」そう言われてしまった所を強引に進んで中央アフリカの方に迷惑を掛ければ、長塚さんにも申し訳がない……。
「ナイロビに飛ぼうか。」
東アフリカへ移動するべきなのか。ヤウンデに着いてからすでに３週間以上が経っている。
　翌日１１月６日の水曜日。両親が郵送で３００ドルを送ってしまった日から１５日が過ぎた。私が当てにできるお金は、両親に「送らないで欲しい。」と言ったこの３００ドルのみ。これが届かない場合は海外で借金しなければならなくなってしまう。私は昨日のドゥアラでの小切手の件を話すべく、また日本大使館に向かった。長塚さんに報告すると、
「と言う事は、当面お金はないのですね。」
そう言って、今度は２万ＣＦＡを貸してくれた。
「これでまた過ごせる事になる……助かった。」
一昨日は１万ＣＦＡを借りているので、これで長塚さんに合計３万ＣＦＡの借りができてしまった。両親が余計な世話を焼いて送ってくれた郵送の３００ドル。これが唯一の救い。とにかく３００ドルを待つしかない。
「あー情けない。」
再び宿に戻って横になった。
　翌日１１月７日、木曜日。朝の１０時頃、長塚さんがわざわざ車で宿まで来てくれた。
「待井さん、届きましたよ。」
郵送の３００ドルが無事に届いた。
「これからンゴンドレですか？」
「はい。」
このとき私は決めていた。ここカメルーンから空路でナイロビに飛んでしまう事を。今までの経緯やアフリカ深部の治安の悪化。強引に行こうと思えば行けるかもしれない。でも目標は１００カ国。そして無事に日本に帰ること。無念だが、無事をとって治安の悪化したアフリカ深部横断を断念する事にした。
　長塚さんにその旨を伝え、借りたお金を返そうとすると、
「またヤウンデに来るんですよね？そしたらその時でいいですよ。」
　列車のチケットを買い、実家にも電話をする。その後ンゴンドレ行きの列車に乗り込んだ。列車は午後の６時発だが２時間遅れで出発。
　翌朝１１月８日、何時だったか、懐かしのンゴンドレに着いた。標高が高く、ヤウンデとは違いとても爽快な気候だ。久々に荷物を預けた「アウベルジュデラガレ」と言う宿に行き、自転車と荷物を渡してもらう。もしかしたら、と不安な気持ちもなくはなかったが、ちゃんと全部荷物はあった。宿にいた管理人にヤウンデでの事件を告げると、とても心配してくれるのだった。ここで１泊し、再び列車でヤウンデにとんぼ返り。列車の予約は先に入れ、その後は宿でぐっすりと休んだ。
　翌日１１月９日、午後６時。ンゴンドレの駅に向かった。出発の時間も近かったが、いつも何時間も遅れるので、定刻に出発する事は間違ってもないと思った。が、駅員に聞けば、
「早くしろ！もうすぐ出発だ。」
と言う。慌てて宿に荷物を取りに行き、列車の荷物の搬入口へと向かった。すると荷物代金の要求を受けた。前に確認した運搬料は確か１５４５ＣＦＡ。ところが、
「自転車は６０００ＣＦＡだ。」
酒を飲んで少し酔ったような係員がベラボウな値段を提示してきた。
「ヤウンデで強盗に遭って、お金がないんだ。」
そう言うと、ちょっと待っていろと言って、責任者らしき男を連れてきた。するとその男は、
「金を払えないのなら、明日にするか。」
などと言っている。しばらく押し問答をしていると、その男二人よりも更に偉そうな男が来た。この人は正義の味方なのか、私に払えと言っていた男たち二人を怒鳴りつけていた。察するところ、
「おまえら、また客を騙しとるのか！」
と言った感じだ。やれやれ。モーリタニアでも確かあったが、列車に乗るときは要注意。結局３分の１の２０００ＣＦＡで自転車を積んでもらえた。
　翌日再びヤウンデの駅に到着。荷物を腕に抱えながらプラットホームを歩き、飛脚号を取りに行くと、私よりも先に飛脚号を列車から下ろした青年がいた。彼は私の飛脚号をホールドしており、
「自転車を下ろしたから２０００ＣＦＡを払え。」
と言う。
「なぜ？」
そう思っても、ここはカメルーンだからその理由は聞くまいと思った。もうこんな事ばかりが続き、呆れる他なかった。強盗に遭い、本当に現金の持ち合わせが少ないので、その事を彼に必死で伝えた。私があまりにも大げさに伝えていたせいか、ホームにいた周囲の人々が立ち止まり私の味方になってくれ、青年を説得し始めた。真剣に説得してくれたお陰で青年は折れ、私は払わずに済んだ。
　ヤウンデに着いた私は、今回はどこか違う宿にしようかと思ったが、安いのでやはりフォイェルインターナショナルに向かってしまった。長塚さんに泊まっている場所を変えたと伝えるのも何だと思った。
　空路でケニアに飛ぶ事にしたので、荷物を減らそうと、送られてきた日本食を思う存分食べ始める。レトルトご飯を食べ、アルゼンチンで出会ったペンギン写真家の鎌倉さん夫婦から送られた納豆も食べた。これは涙ものだった。カメルーンで食べる納豆の美味さは言葉ではとても言い表すことはできない。
　翌日１１月１１日。クレジットカードでチケットを買い、ケニアのビザをカメルーンで取得しておこうと、英国の領事館に出向いた。するとこの１１月の１日から他のオフィスで扱い始めたと言い、半ズボンと半袖でそのオフィスに出向いた。ところが、
「そんな格好ではだめ。」
と言われる。しょうがないので宿に帰って、今度は冬用のジャケットと黒い自転車用の長いタイツをはいて行った。しかしこれもダメと言われる。
「そんな格好でビザ申請に来るなどけしからん。」
との事らしい。そんなに汚くはないはずと、私自身思ったのだが……。しょうがないので再び宿に帰り、主人に訳を話すと、
「それなら私の服を……。」
と貸してくれる事になった。サイズはぴったりではないが、何とか着れたので、普通のシャツとズボンをはき、自転車で再びオフィスに出向いた。今度は入れた。中に入り用件を伝えると、
「ケニアのビザはナイロビの空港で簡単に取得できるから、向こうで取りなさい。」
知らなかったばかりに、時間をすっかり無駄にしてしまった。
　午後２時。長塚さんの所に顔を出し、挨拶をして、借りた３万ＣＦＡを返した。
「本当なら今夜は一杯……。」
そう言ってくれる長塚さん。嬉しい限りだった。しかしこのときの私は、一刻も早くこのカメルーンを出国して次に駒を進めたかった。
「とにかく前進しなければ……。」
長塚さんにそう言って、私はバスで国際空港のあるドゥアラに向かった。
　この日の夜、１９時にはドゥアラに着いた。この晩は街中の安宿に落ち着く事にした。
　翌日１１月１２日。強盗に遭ってから２５日目の朝。７時半に宿を後に空港に向かう。ドゥアラの人々に聞きながら、朝の８時過ぎには空港に着いてしまった。時間はまだあるので空港近くで自炊をする。積み込む荷物のまとめもした。空港は落ち着いた雰囲気で平和的。ここから飛行機に乗れば今夜８時にはナイロビに着いてしまう。
「これでいいのだろうか。」
なぜか悔いが残る。
　カウンターでチェックインすると、荷物は２６ｋｇオーバー。それなのに何も超過料を取られなかった。きっとチェックインをする前に、オフィスの人と、
「実はヤウンデで強盗に遭ってしまったんです。」
などと話をしたせいかもしれない。同情してくれたのか。カメルーン出国税は２０ドル。これを支払い、最後に残った小銭で青年から水を買って飲んだ。
「冷えていて美味しい水だね。」
青年に言うと、
「トイレから汲んで来たんだ。」
「！」
　そんなカメルーンの走行にいよいよ終止符を打つことになった。９０カ国目のカメルーンは私にとっては大きな山場となった。長い長い日々だった。この国での首締め強盗事件は、一生忘れる事はできないだろう。カメルーンに入国してからすでに５５日が過ぎ去っていた。
　この日の昼、１２時。ドゥアラの空港からナイロビへ向けて機体は飛び立った。今まで持っていたアフリカ横断に対する強い思いや気合い、気力が、離陸した瞬間に「スーっ」と体から抜けていく感じがした。
　この時私が乗った機体にはユーゴスラビア国旗が入っていた。皮肉な事にこの機体はザイールの首都キンシャサを経由してナイロビへ行くものだった。しかし、空港だけでもザイールを見ることができるならば嬉しい。
　何分かして機体はキンシャサの空港に降り立った。そこで目にした光景は、まるで航空博物館だ。年代物の飛行機が並び、今にも分解しそうなプロペラ機が黒い煙を出しながら飛んでいく。
「あ、あれで墜落しないのか。」
空港だけを見ていてもこんなに凄い国。やはり走りたかった……。
　しばらくすると飛行機は再び離陸した。眼下には広大なジャングルが広がり、どこまでも緑が続いている。
「ザイールかあ……。」
このジャングルを走りたかった。アドベンチャーをしたかった。悔しい……。いつかはこのザイールを横断したい。眼下に広がる広大なジャングルを、機内の窓からいつまでも眺めていた。

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