第２９８話 ８９カ国目 チャド 「チャド湖北部横断・・・。」  チャド湖北部の道。自転車では走れないので、 車のルーフに括り付けて横断。
アラスカ出発 １９９２／４／１〜チャド １９９６／９ チャド出国までの走行距離 約８９８２６ｋｍ 
アフリカ走行 １９９６／２／１〜１９９７／５／２８ 走行距離 約２２１０７ｋｍ 
チャド走行 １９９６／８／１２〜１９９６／９／１９ 走行距離 約１５７９ｋｍ  |
|
ダブアの村に着いた我々一行は、チャドの入国審査を受ける事になった。どんな国なのか余り良く知らないので緊張してしまう。 「ビザは取得してあるし、問題ないはず。大丈夫だろう。」 少しの不安を胸に、審査の行われているオンボロ掘っ立て小屋に入っていく。中にはサングラスをかけた若い青年軍人がいた。パスポートを渡すと、ビザの番号や名前などをノートにこまめに記帳している。私のパスポートにはチャドビザが二つあったが、怪しまれる事もなく、そのまま入国印を押して返してくれた。 「ほっ」 私とチャド人のパトロン（運転手）は問題なく入国。ところが同乗したガーナ人とブルキナファソ人の二人はチャドビザを取得しておらず、これで時間を費やす事になってしまった。ブルキナファソ人はビザは要らないが、ガーナ人は必要だ。 「ここまで来て可愛そうになあ。きっと入国できずにここに置き去りか・・・。」 そう思いながら、とりあえず彼の入国審査の結果を待った。パトロンも私も皆心配するが、彼はなかなか審査小屋から出てこない。待っている間、その辺の砂地に座って時間を潰す事にする。私が地図などを見ていると、パトロンが、 「これ飲んでみるか？」 と何か水筒のような物を渡した。匂いがどこか怪しげだが、飲んでみればラクダのミルクだった。ワラの匂いが口の中に漂いかなりクセがあるが、飲めないことはない。珍しいのでとりあえず飲んだ。しばらくすると、ガーナ人のマフマッドが小屋から出てきた。ようやく折り合いがついたらしい。賄賂を払ったのかどうかは知らないが、彼もどうやらチャドに入国できるようだ。こうして全員が無事にニジェールからチャド国境を越える事になった。 この国境では思わぬ乗客が増えた。若い軍人３名が、首都のンジャメナに行く用事があるので車に乗せていってくれと言ったらしい。私は高い運賃を払っており、できればゆったりと乗りたかったが、以前にも経験したニジェールの１５時間タクシーのように、かなりきつい状態で長時間過ごす事になってしまった。トヨタ車に乗り込んだのはこれで７名。でもまあ、多いほうが面白そう。彼らと約５００ｋｍの砂道を一緒する事になった。 我々を乗せたトヨタは、チャド湖北部周辺を円を描くように走って行くらしい。チャド湖は年々その面積を小さくしており、いずれは干上がってなくなってしまうと言われている。そのためか、湖畔らしき風景と言うのはこれっぽちも見ることはなかった。もっともそんなに近くを走ったら、車も埋まってしまうのだろうが、周囲の景色を見る限りでは、すぐ近くに湖があると言うのはどうも信じられなかった。周囲には広大なサバンナと砂地だけなのだ。砂地の中に轍があるので、その轍に沿ってパトロンは車を走らせていた。最初は快適に走っていた車も、古くて調子が悪いのか、何ｋｍか走ると必ずと言っていいくらいに停まってしまう。その都度パトロンはボンネットを開け、修理を始めるのである。 「こんなんで大丈夫なのか。」 私は心配したが、パトロンは、 「大丈夫だ、何の心配もない。」 そんな表情を浮かべ、汗を流しながら必死に修理を続けた。何分かして修理が終ると、ボンネットを閉め、そしてまた車は走り出すのだった。
チャド 何もない砂地を何ｋｍか走ると車は停まり、その都度パトロンはボンネットを開け修理をしていた。 
チャド 左がチャド人パトロン（運転手）のマフマッド。右はリビアに向かうブルキナファソ人。 
チャド 左にいるのはパトロン（運転手）と同じ名前のガーナ人のマフマッド。  故障したり調子が悪くて停まるのが１回や２回ならまだしも、これがしょっちゅうだから恐ろしい。パトロンはその都度ボンネットを開けては、修理を始めるのである。 「これで車が走らなくなったらどうなるんだろう。」 汗水流しながら修理するパトロンの姿をひたすら見守るしかなかった。作業中に何か必要なものがあると、 「おい、ジャポネ、ポンプあるか？」 「え？ポンプ？」 「自転車のポンプだ。ちょっと使いたいんだ。貸してくれ。」 何に使うのかは分からないが、役に立つならと、言われるがままにポンプを渡す。どうやら燃料タンクに通じる燃料の管に問題があるらしい。自転車のポンプは何となく役に立ったようだが、それにしてもポンプで修理とは変わっている。そのポンプを渡すまでは、パトロンは、口で「プーッ」と息を吹き込んでいた。 修理を済ませ、その後も車は走り出すが、また止まっては、修理。そしてまた走り出す。これで半砂漠地帯の５００ｋｍ、それもほとんど無人地帯を走り抜けようと言うのだから、パトロンの肝っ玉の太さと言うのは半端でない。
チャド 古いトヨタの車で５００ｋｍの砂地を走るのだから恐ろしい。パトロンの肝っ玉も半端でない。 
チャド 修理する運転手のパトロン（左）。厳しい表情を浮かべているのはブルキナファソ人（右）。 
チャド 車の上にがっちりと積まれた飛脚号。チャド湖北部の砂漠越えは自転車ではやはり無理だった。
チャド 砂地でタバコをふかすパトロン。  この日の午後、リグリグという村を通過した。 「こんなところでどうやって人々は暮らしているのだろう？」 そう思わせるような緑の少ない半砂漠地帯で、生活している事自体が不思議でならなかった。こうした村を通過する毎に何か分からぬチェックがあり、ポリスらしき男たちから賄賂を求められる。このリグリグでは最初にパスポートを渡してしまったのだが、これが失敗だった。最初に、ガーナのアフマッドがビザを不所持と言う事で２０００シェーファー（４６０円）の罰金を払わされ、その後のブルキナファソ人もなぜか１０００シェーファーフランを払わされた。そして私にも、 「君も１０００シェーファーフランを払え。さもなくばパスポートは返さん。」 などと言うではないか。こんな僻地に住んでいる、収入のない警官やお役人ならば、同情して払ってしまった方が良いかもしれない。そうも思ったが、「良くないものは良くない。」と決め付けた私は、何とかパスポートを返してもらおうと説得した。 「パスポートを返して欲しい。」 そう言い続けたがなかなか返してくれない。下手なフランス語でどうにか伝えるが、 「返して欲しくば１０００ＣＦＡ払え。」 と聞かない。こうなればこちらも意地になる。パトロンも他の乗客も、 「払っちゃえばいいよ。」 と言っている。しかし良くないものは良くない。ひたすら払わずに粘る。パスポートを握られてから９０分。ポリスはようやく諦めたのか、返してくれた。私の粘り勝ち・・・。しかし後で考えたら、あんな砂漠の真ん中で生活している彼らに、なぜわずかなお金を払わなかったのか、少し可愛そうな気持ちになった。払えと言われたら素直に払うのが人情だったように思うのだ。ああした場合はやはり同情して多めに払うべきなのか。賄賂とも、援助とも分からぬお金を彼らに支払う事にはなぜか抵抗があった。小さな額だから良いとか、悪いとかそう言う事ではなく、そう言う考えがまかり通ってしまうのがどうしても嫌だった。 パトロンの運転するトヨタ車は砂道をガンガンと走って行くが、いくつもの轍があるので時々迷い、強引にキビ畑の中を走り抜けて行く事もあった。キビ畑はトウモロコシの畑と似ているのだが、背丈のある畑の中を時速６０ｋｍのスピードで駆け抜けて行くのは結構迫力がある。何せ前は何も見えないのだ。 しばらくブッシュの中を迷いながら右往左往し、メインの道に出た。するとブッシュにガゼルと呼ばれる鹿のような動物が駆けていく姿があった。それを見た軍人は少し興奮気味で、 「ガゼルだ！あっちだ、あっちだ。」 そうパトロンに後を追うように指示した。するとガゼルが遠方に見えた。若い軍人は車を停めさせたかと思うと、ハンターに早変わりし、 「パン、パーン。」 と銃を撃った。が、ガゼルの動きが速すぎて当たらない。 「よしあっちだ、追えー！」 と言った具合でやっているので、こちらもサファリ気分満喫。彼らは今夜のおかずにしようと必死。後で聞いたが、このガゼルの肉はたまらなく美味いらしい。残念だった。
チャド サバンナでガゼルを追ったが速すぎて仕留められず。  この日のお昼は皆で木陰でチャイ。甘いチャイの差し入れがあったので、私も菓子を提供。とげとげの木の、その木陰でフランス語にハウサ語、アラビア語に英語が飛び交う。暑いが、和やかな雰囲気だ。ひと休みして再出発する。 延々と砂地を走り、この日の夕方、今度は大きな鳥が遠くに二羽いるのを青年軍人が見つけた。彼らはとても目が良いようだ。私は言われて初めて気がつくほど。軍人は車を止めさせ、またもやハンターになった。鳥までの距離は数十メートルはあっただろうか。私は屋台にあるようなオモチャ鉄砲で５メートルくらいの距離から標的を狙った事があるが、それでも当てるのは難しい。いくら本物の鉄砲でも、数十メートルと言うその距離では当たる訳がないと確信していた。ところが、 「パン、パン」 と打つと、鳥は倒れた。 「うわ、すごいな・・・。」 ２発の弾の一つが一匹に見事に命中したのである。これにはぶったまげで拍手してしまった。全員で鳥の所まで走り寄り、持ち帰る。かなり大きくてびっくり。この大きな鳥肉はこの日の夜、我々の胃袋に入る事になった。 夕方の何時だったか、車はゆっくり走り始め、何か探している様子だった。 「この辺がいいんじゃないか。」 太陽も沈みかけの頃、軍人の一人が道路脇の広い空き地を指差しパトロンに言っている。どうやらメッカヘのお祈りの時間らしい。私以外の乗客は皆イスラム教徒。パトロンもガーナ人も軍人も皆、手足を水で清め、その空き地に座ってメッカの方角に向かい、立ったり座ったりしてお祈りを始めた。皆やっているから私もお祈りに参加したい気分だったが、行わず。その代わりに、打ち落とされた大きな鳥の羽むしり作業を命じられてしまった。鳥はまだ少し温かく、どこか生々しい。撃たれてかわいそうな鳥。でもうまそうな鳥肉にも見えてくる。 「食いたい。でも可愛そう。」 どちらも本音で、複雑な心境だ。パトロンたちは、 「アッラー、アッラー、フニャララ、アッラー・・・」 とお祈りを始めている。一方私は、 「バリ、バリバリ、メシメシ、ムシムシ、バサバサ。」 と鳥の羽根むしり作業を始めた。メッカにお祈りを捧げる彼らと、バサバサと鳥の羽をむしる私。これらの風景を同時に見ていた者はいないが、きっとどこか不気味な光景だったに違いない。 夜８時は回っていたが、ニギミから２８０ｋｍの砂道を走り、マオと言う大き目の村に到着した。この町の中心に警察があり、その横の広い空き地がこの日の我々の野宿場所となった。
チャド マオの警察署の横で、この日は皆でキャンプ。 
チャド 一晩過ごしたマオの空き地。  車が停まると、青年軍人たちはテキパキとどこからか蒔を集め、鳥を調理し始めた。手慣れたもので、トントンコツコツと手早くやっている。さすがアフリカ軍人。私が手伝う余地はなく、食べるだけ。塩味の鶏肉がこの日、我々の胃袋に入った。とてもうまい鳥だった事は言うまでもない。 翌日９月２１日。ガーナ人のアフマッドとブルキナファソ人はこのマオの町からリビアへ向かうと言い、ここから更に北部へ向かう車を探すのだと言う。リビアに出稼ぎに行くためである。私のような日本の人間が移動するのとは訳が違い、彼らにとっては人生を掛けた冒険のようなものかもしれない。短い時間だったが、彼らとも楽しい思い出を作れた。写真を撮り、固く握手をして別れる。
チャド ここでガーナ人とブルキナファソ人の彼らと別れる。 
チャド リビアに出稼ぎに行くのだと言っていた。ガーナのマフマッド（右）とブルキナファソ人。  私はそのまま車に乗り込む。マオを出発したのは朝７時。マオからマサコリ、マサゲと言った村から村の道に関しては、パトロンは何回も走っており慣れていると思ったが、そうでもなく、あっちこっち迷いながらブッシュの中を走り回っていた。途中に小さな集落があり、そこに寄っては村人に尋ねていく。何回走っていても、迷ってしまうらしい。そう言えばと周囲を見渡せば、複数の轍があっちこっちにと交錯して、走る方角は把握しずらい。目印になりそうな山もない。もちろんＧＰＳなどと言う最新の機械などもない。さんさんと輝く太陽、それに車の轍。あとはパトロンの勘が頼りなのだ。チャド湖北部の横断はなかなか大変。 無人地帯のブッシュの集落に住む人々にパトロンは道を尋ねるのだが、その口調は、 「おい、おまえちょっと来い。」 と手招きをして、どこかとても偉そう。聞いたきり、ありがとうも言わずに走り出して行く。この辺はどうも理解に苦しんだ。親切に教えてくれてありがとうも言わないのかと思った。しかし考えてみればチャドで車を持つと言う事はものすごい事だったのかもしれない。そうか、パトロンはきっと偉い人なのか。そんな事を考えていた。 マオからマサコリ間は、道に迷ったせいか距離がないのに結構時間がかかり、マサコリに到着したのは昼過ぎだった。マサコリでは少し休憩。おんぼろレストランに入り、ジュース片手に外を眺めていると、次々にトヨタの古いジープが走って行く。荷台には２０人くらいの人々が荷物のように鮨詰めで乗っている。みんなターバンを巻き、月光仮面が何人も乗った化け物トラックのようだ。このレストランに座り、外を眺める、それだけで私には刺激的だった。 マサコリを後にして、もう少しでマサゲに着くというときだった。道は日本で言ったら３車線くらいの広い道路で、舗装されておらずに中央がボコボコになっている。右端を走ろうとパトロンがコースを変えたその瞬間、右後輪のタイヤがパンクし、 「ガ、ガ、ガガガー・・・」 我々を乗せた車はブッシュの中に突っ込んだ。一歩間違えば車は転倒していた。木の枝の中に突っ込んだが、フロントガラスも割れずに事なきを得た。ここで２時間修理。ルーフの荷物が重いので、皆で下ろしたりして作業を行う。無事に修理をして走行を再開。夜の８時頃マサゲの町に到着した。このマサゲで私は下ろしてもらう事にする。少しでもチャドの走行をしたいので、首都のンジャメナまで車で行かずに、ンジャメナから８０ｋｍ手前であるこのマサゲで下ろしてもらうことにしたのだ。ここからは自転車でも走れそうな道がある。同乗した軍人、そしてパトロンにもありがとうを言って別れる。 宿もない小さな町このマサゲでは、警察署に厄介になることになった。小さな庭に一晩だけテントを張らせてもらいたいと言うと、快くオーケーしてくれた。ここにはとても親切で、面倒味の良い男がおり、彼に連れられて晩飯の食材を買いに行った。 「玉ねぎはあっち、パンはこっちだ。」 と、路上脇の商店に案内してくれたりした。
|