第２９５話 ８８カ国目 ニジェール 「椋木さんのおにぎり・・・。」  すっかりお世話になってしまった椋木さん。 出発するときにはおにぎりまで持たせてくれた。
アラスカ出発 １９９２／４／１〜ニジェール １９９６／９ ニジェール出国までの走行距離 約８９８２６ｋｍ 
アフリカ走行 １９９６／２／１〜１９９７／５／２８ 走行距離 約２２１０７ｋｍ 
ニジェール走行 １９９６／８／１２〜１９９６／９／１９ 走行距離 約１５７９ｋｍ  |
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９月８日。朝８時。飛脚号も荷物も椋木さんに預かってもらい、首都のニアメに向かう事にする。今回は車とは言え、今まで走って来た道を再び戻り、同じ景色を見るというのは余り気持ちの良いものではない。しかし、チャドビザを取らない限りは前進できないのだから仕方がない。 椋木さんには荷物と自転車の件で迷惑をかけてしまうが、快く預かってくれるというので、お願いしてしまった。私は歩いてタクシー乗り場まで行こうとしたが、５０ｃｃバイクで乗り場まで送ってくれる事になった。 「ニアメから夜中でも、いつ帰ってきても大丈夫だから。ガードマンを起こして家の中に入ってくれればいいよ。」 そう言ってくれた。何から何まで本当にお世話をかけてしまう。 ニアメ行きの車はすぐに見つかり、すぐ出発するかと思いきや、車は定員になり次第出発というもの。満員になって初めて走り始めるらしい。すぐに集まるかと思ったが、なかなかニアメまで行く人は集まらない。８時、１０時、１１時になるとボチボチ人も集まる。８人乗りタクシーがようやく出発したのはお昼の１２時６分。これからは１５時間鮨詰め状態で首都ニアメヘの移動。これは我慢大会に近かった。座席は前、中、後と３列あり、真ん中のシートには４人乗る。私の隣には太っちょおばさんが座った。足は動かせず、肩もかつかつ。腹の辺りも太っちょおばさんと、ドアに圧迫され、想像した以上に苦しい。最悪・・・。こんなんで１５時間もと思うと悲しくなる。でも他に交通手段はないのでしょうがない。 車は出発し、途中途中休みながら、結構スピードを出して走って行く。今まで苦労して走った小さな町を次々に通り過ぎて行った。マラディにビルニンコンニ、苦しんで寝込んだドゴンドッチ・・・。更にカセットレコーダーを盗まれたドッソ。それぞれの町での出来事を思い出しながら車に乗っていると、まるでタイムマシンにでも乗っているようだった。苦しみに耐えつつ走った町だけに、その時の思い出は恐ろしいほど鮮明に脳裏に蘇ってくるのだった。 十数時間の移動の末、やっとニアメに到着。時刻は午前３時。結局１５時間狭い車内に乗っていた。どうしようかと思ったが、とりあえず、以前にも泊まった宿に向かう。しかし閉まっていて開く気配はない。街の中心で探しても、こんな朝方ではどこもやっていなかった。わずか３時間程度なので、路上の鶏肉屋でチキンでも摘みながら明け方まで時間を潰すことにした。 夜中に一人でチキンを食べていると、やってきたのはムスタファと言う男だった。彼は私を見て、色々と聞いてきた。事情を知ったムスタファは、 「家へ来て休めばいい。」 と言う。私は、 「外で明け方まで待つ。」 と言ったが、せっかく彼が誘ってくれるので、結局朝方まで彼の家に厄介になることにした。彼は日本人とも付き合いがあるようで、日本人びいき。それで私を泊めたかったようだ。ムスタファ宅は大きめの家で、水道電気があった。彼は日本人女性の写真を見せてくれ、 「これは私の彼女だ。美しいだろう。今は日本にいるが、またニジェールにやってくるんだ。」 嬉しそうなムスタファ。実は日本人女性に恋をしていたのである。 熟睡はできなかったが、朝の７時頃まで彼の家で眠り、翌朝の９日、寝ぼけ眼のムスタファにお礼を言い、まずはニジェールのビザの延長に出向く。このとき既に、ベナンで取得したニジェールビザは滞在有効期限が迫っており、延長しなければならなかった。体の具合が悪くのろのろと走っていたので、ニジェールには既に１ヵ月近くの滞在となっていたのだ。ビザを延長しなければチャドビザも取る事ができない。ニジェールビザ延長には２日間も費やした。なぜ遅かったか分からないが、ひたすら待つしかない。 ニジェールビザの延長手続きが終わり、１１日に再びチャド大使館へ向かった。乗り合いタクシーを飛ばし、朝一番、８時に到着したが、領事担当の男はまだ来ておらず、１時間程待たされる事になった。そして少し待ち、例の係官と再び顔を合わせる事になった。 「こんにちは。」 「おお、君は自転車の・・・何、ジンデールからわざわざ戻ってきたのかね。」 なぜか嬉しそうだ。そう、そこまでしてもチャドに入国したいのだ。私の思いが係官に伝わったのか、 「本当は今日の申請日もカウントするんだがね。『明日から１５日間の有効』ということにしておこう。君に１日おまけしとくよ。」 「フフ、なんだ、話せば分かる気さくな男じゃないか。」 私は内心ニヤリとした。こうした係官と接すると、安心してチャドに入れそうな気がする。 こうしてニアメに戻って無事にチャドビザも取得し、滞在の延長手続きも終わり、一安心。窮屈なタクシーに乗って、再び椋木さんの待つジンデールへと戻っていった。 ジンデールに到着したのはなんと９月１２日の午前３時頃。 「これは弱った時間に着いてしまった。」 タクシーから降りたは良いが、椋木さんちの鉄の扉を、 「コンコンコンコン」 と叩いても、ガードマン一家の誰一人として起きてくれない。これじゃガードマンの意味がないではないか。そう思っていたのだが、何か中でボソボソ言っており、不信がっている。なかなか鉄扉を開けてくれない。 「セモア、セモア。ジャポネ。カマラドゥムク。（私です、私です。ムク（椋木さん）の友達の。）」 そう言ってもまだ分かってもらえない。 「おかしいなあ、椋木さんには言ってあるのになあ。」 彼らには伝わっていないのか。夜中だったが、私は鉄扉を次第に強く叩いた。 「アホなガードマン一家だな。おい、起きろー！セモア、セモア！私です、開けてください。」 ガンガンやっていると、隣の家から見たことのある地元の男がひょっこり顔を出した。 「あ、あんたは？あれ、ガードマン？隣か・・・あ、間違えた。」 まったく同じ外装をしていたので、間違えて隣の家の鉄扉を必死にガンガンと叩いてしまっていた。大ボケの私。・・・恥ずかしい。椋木さん宅に入ると、椋木さんも起きて出てきた。 「おかえりなさい。」 何か騒いでしまって申し訳ないことをしてしまった。椋木さんにも迷惑をかけてしまった。とりあえずは無事に入り、ベッドに横になることができた。 「ほっ」 翌朝、椋木さんが、 「待井さん、疲れているでしょうから、もう少し休んでいったら。」 タクシー１５時間往復の移動は、全然きつくなかった、疲れてない、と言ったら嘘になる。せっかくのお言葉に甘え、午前９時まで横になり、その後出発の準備を始めることにした。 準備が終わり椋木さんの住所を聞こうとキッチンヘ行くと、 「これ使い物になれば…。一応選別したんだけどね。」 インスタント食品やらお茶やら、涙が出るほど嬉しい日本食の数々が入っていた。私は遠慮もなく有りがたく頂戴した。海外での本当に貴重な日本食なのに、椋木さんには感謝の言葉もない。 「飯、食べて行くかい。」 これにも遠慮なしで、 「は、はい。」 「私、食糧買いにちょっとスーパーだけ行って来ます。」 「それなら案内がてらバイクで一緒に行きましょう。」 ということになった。 「それにしても、ここで３年間もすごいですね。」 私がふっと言うと、 「ジンデールはまだ良い方ですよ。水も電気も１年中あるし・・・。」 と言う事は、水も電気もない所でボランティアをしている人もいると言うことなのだろう。この慣れない土地で３年ボランティア。雨期前には連日軽く４０度を越えるこのサバンナのサヘルで、である。すごい。携帯用食糧を買い、再び我々はバイクで椋木さん宅に戻る。 この日の昼食は豚肉の煮付け、あじ（ナイジェリアから冷凍されてやってくる）のような魚のフライ。それにお味噌汁。さらに真っ白なご飯。全部椋木さんの手作りだった。もう、本当にありがたく、感謝この上ない気持ちで頂いた。涙が出るほど美味かった事は言うまでもない。
ニジェール 鯵のような魚のフライとご飯に豚肉の煮付け。涙が出そうなくらい美味かった。これで元気モリモリだ。  椋木さんは私が出発しようとすると、握ってあったおにぎりまで持たせてくれた。２０歳の時の自転車日本一周を思い出す。こんなサヘルの真ん中で美味しいおにぎりを持たせてもらうなんて、誰が想像できただろうか。日本人の心をこんな砂漠の真ん中の町で受けるなんて・・・本当に嬉しかった。自転車旅行者の多くは常に食糧を多く持ち歩く。走行中の危機感や不安を減らすためだ。椋木さんはそんな自転車野郎の思いをまるで知っているかのように、あれもこれもと持たせてくれたのである。これは本当に嬉しかった。 「必ず完走して日本に帰国して、手紙書きます。」 そう伝えた。 それにしても、おにぎりまで作ってくれるなんて、まめな人。でもそんな面倒見の良い人だから、海外協力隊で活躍できるのだろう。そう思った。 「ムクさん、本当にありがとう。」
ニジェール 椋木さんとガードマン一家。 椋木さん宅で保養したお陰か、私の体調は完治していた。美味しい日本食が何よりの薬だったのだろう。この日のペダリングも軽かった。５６ｋｍ走り、５時過ぎにその辺のブッシュにテントを張る。すると地元の青年たちが私の姿を見て、挨拶に立ち寄ってくれたりした。
ニジェール この日はブッシュにテントを張った。 
ニジェール 私の姿を見て、立ち寄ってくれた地元の青年たち。 
ニジェール 少年たちも立ち寄ってくれた。来客が多いので嬉しい。  この日の夜に食べたのは、椋木さんの作ってくれたおにぎり。これは本当に美味かった。 翌日９月１３日。朝７時にテントをたたんで出発する。朝食はコーンフレーク。それに水と粉ミルク。水さえあれば簡単に食べれる食事だ。食事を済ませ、いつものように走り出す事にする。
ニジェール 今日も東へ向けて走った。  ジンデールから東に進むに連れ、人々の様子が違っているような感じだった。以前よりもフレンドリーになり、親しみ易くなっている感じだ。旅行者や外国人がそれほど入っていないためだろうか。村々を通過しようとすると、歓迎を受けることも多くなった。朝方通った村のジャンダルメリでは水の補給まで受け、村人にも歓迎された。なぜだか分からない。でもこう言う土地を走っていると気分はとても良く、ニジェールと言う国を好きになれそうな気がした。明るく接してくれた村の人々と記念に写真を撮った。違和感なく受け入れられている感じがする。
ニジェール 歓迎してくれた村人。 
ニジェール 村人が持っているのは大きなかぼちゃ。 
ニジェール 村人と共に記念撮影。  小さなこの村で玉ねぎと卵を買い、再出発。明るい人々のいる気持ちの良い村だった。 お昼前になると徐々に暑くなる。午後１時頃に木陰で自炊。人通りは少ないので、道沿いで自炊をしていたら、通り掛かりの少年に見付かってしまう。いつまでもその場に立っており、立ち去る様子もないのでラーメンを少し分け、お茶も一緒に飲んだ。以前のように体調が悪ければとてもこうする余裕はなかったが。昼を少年と済ませ、彼の写真を撮らせてもらって出発する。
ニジェール お昼を一緒に食べた少年と。  少年に別れを言ってペダルを踏もうとしたらパンク。修理して今度こそ出発。 相変わらずの酷暑は続いていた。こんな暑い中でも放牧風景を目にした。ヤギたちは実に元気に草を食んでいる。緑色だが、草なのかトゲなのか分からないものを食べていた。こんな所でも放牧なんて、と感心してしまう。 しばらく走ると再びパンク。また木陰で修理。そして次の小さな村でさとうきびを買い、しゃぶった。朝方の５リットルの水はすでに底をついていたので、このさとうきびで水分補給をした。木陰でかじりつくさとうきび（やはりナイジェリアからの品）は格別だ。 ゴウレと言う町の手前の小さな村にやっと到着。ここで水が手に入らなかったらアウト。この村にはポンプ（手動の地下水の汲みあげ）があるそうで、子供たちにボトルを渡すと汲みに行ってくれた。ここの村でも歓迎を受け握手の嵐。私も歓迎されると嬉しくなってしまう。みんなで記念撮影をした。
ニジェール ゴウレ手前の小さな村で水を貰った。 
ニジェール フレンドリーな村人と記念に写真を撮った。  日没前まで走りブッシュの中にテント。砂地に入ったが、さあ大変。まるで「マキビシ」のようなトゲトゲ種の付いた植物が辺りには生えており、ふっと気が付いてタイヤを見た時には、悲鳴をあげんばかりのトゲトゲの種がタイヤの周囲に刺さってしまっていた。これでは修理のしようが無い。翌日数えたら前後輪で４０ケ所以上あった。
ニジェール 「うわー！」思わず悲鳴をあげてしまった。 
ニジェール 前輪にも、もの凄い数のまきびしのような植物の種が。  この日はタイ米を炊き、玉ねぎとジャガイモをラーメンに入れて自炊。変な夕食だが、とりあえず美味かった。
ニジェール ここで野宿したは良いが、植物の種がタイヤに刺さり、大変だった。 
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