第２９４話 ８８カ国目 ニジェール 「ジンデール到着・・・。」  シャワナの村で飛脚号の溶接修理を行った。
アラスカ出発 １９９２／４／１〜ニジェール １９９６／９ ニジェール出国までの走行距離 約８９８２６ｋｍ 
アフリカ走行 １９９６／２／１〜１９９７／５／２８ 走行距離 約２２１０７ｋｍ 
ニジェール走行 １９９６／８／１２〜１９９６／９／１９ 走行距離 約１５７９ｋｍ  |
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飛脚号の修理を終えた翌日８月３０日。ビルニンコンニの町でバナナやオレンジを買って出発。溶接修理をしてもらった所にも寄り、記念写真を撮っていく。
ニジェール ビルニンコンニの修理工場。直してくれた男性はちょっと太目の怪力男だった。  快調な飛脚号。再び元のように走れるようになったと、喜び勇んでの走行だった。ところが、ビルニンコンニからわずか２４ｋｍ程走ったシャワナという小さな村を通った時だった。 「ちょっとジュースを飲んで休憩して行こう。」 そう思い、飛脚号の前輪を持ち上げ石段に乗り上げようとしたその時、 「ポロっ」 修理したフロントフォークの付け根がまるで弱い接着剤で接合されていたかのように、いとも簡単にとれてしまった。 「あ、ありゃま・・・。」 これが走行中でなかったのは幸いだった。もし走行中にポキッと簡単に折れていたら骨折は免れなかったかもしれない。想像しただけでぞっとしてしまう。自転車を降りて歩いているときで本当に良かったと胸を撫で下ろした。それにしてもまた困ってしまった。飛脚号を見詰めて溜め息・・・。 「昨日の修理はいったい何だったのだろう。」 前部とフレームが分離してしまい、ワイヤーはくっ付いたままでブラブラしている。飛脚号はみじめそのもの。私がオロオロしているのを見た村人が、心配して声を掛けてくれた。彼の名はザカリアヤイブラハムさん。 「どうしたんだい？あ、こりゃ大変だ。熔接所で修理だな。」 そう言ってくれた。 「この町にこうやって直す所はあるんですか？」 と、溶接のジェスチャーをしてみせると、 「あるとも。」 と言う。ビルニンコンニまで戻らなくても、何とかここで修理してもらえそうだ。二人で飛脚号が分離しないように支えつつ、近くの自転車屋へと向かう。その前の庭で荷物やワイヤーなどの分離作業。キャリアや荷物等をはずし、フロントのフォークだけにした。そんな作業をしていると、いつの間にか村中の人々が集まってきており、１５、６人の人々が私の周囲を取り囲んでいた。その中の中年の男が、ザカリアヤイブラハムさんと何か話し始めた。中年の男の言うには、 「荷物をこの場に置いて、溶接修理の所へ一緒に行くのは何だから、あなたは外した荷物の番。そして私はこれを持って修理に行ってくる。」 そう言うと、フロントフォークだけを片手に修理屋へと行ってしまった。私はザカリアヤイブラハムさんと周囲の人々とその場で時間を潰す事に。修理の現場を見る事が出来ないのは残念だ。１時間ほどすると、男はフロントフォークを持って戻ってきた。 「お、無事に修理されてくっ付いている。」 溶接したばかりでまだ少し熱い。電気熔接か、しっかり熔接されている。修理代は４６０円程。 「助かった・・・。ありがとう。」 最初からお世話してくれたザカリアヤイブラハムさんは、 「何かカドゥ（プレゼント）が欲しい。」 そう要求してきたので、１０００シェーファーフランを彼に渡す。わずか２３０円だが、すごく喜んでくれて良かった。それともう一つ、イギリスで新調したオプティマス１２３Ｒと言う自炊用のストーブを彼に渡した。アフリカではＭＳＲと言う自炊用ストーブを使用しており、オプティマスは予備としてずっと持ち歩いていた。もう使う事もないと思い、彼に使ってもらう事にした。買えば高価な品だ。でもアフリカのこうした村で使ってもらえるなら本望。私はザカリアヤイブラハムさんと村人と記念に写真を撮り、今度こそ大丈夫だと、安心して町を後に東へ向けて走り始めた。
ニジェール フラッグを持っているのが、ザカリアヤイブラハムさん。
ニジェール お世話になったシャワナの村人と。  とてもしっかりと溶接されていたので、見る限りは心配なかった。小さな村々を過ぎ、この日は６６ｋｍを走ってブッシュにテントを設営。スパゲティを自炊して横になった。
ニジェール 自転車の修理をしてもらい、気も楽になり、この日はブッシュにテントを張って横になった。  翌朝、ビスケットとパンと水、オレンジ、バナナで朝食を済ませる。久々のフルーツはやはりおいしい。出発間際に後輪を見ると、太い植物の針が刺さってパンクしていた。チューブを交換して即出発。標高がちょっと上がったのか、少しだが快適さを感じるようになった。
ニジェール 田舎の風景。 
ニジェール 村の周囲にはキビ畑が。  午前中通った小さな村で、ラクダやロバや牛などが集まる賑やかなマーケットを発見。凄い人出で賑わっており、その活気に惹かれて少し見て歩いた。
ニジェール 動物がたくさん集まっていたマーケット。 
ニジェール 多くのラクダがそこに。 
ニジェール その活気がものすごい。  昼食を木陰で自炊し、再び走り始めると、午後の変な時間帯に大便をしたくなった。また水便かと思ったが、大丈夫、普通だ。その辺のブッシュで野糞をしたのだが、 「ウーン・・・」 とやっていると、思わぬ珍客が私の便の周辺に集まって来た。どうやって匂いをかぎつけたのか、ハエよりも行動の素早いその昆虫は糞コロガシだった。即座にやってきた彼らの数はどんどん増えていき、次から次へとどこからともなくやってくる。見ていると私の便は彼らの手足によって素早く丸くさせられ、うまいこと四方八方にと転がされていった。 「すごいなあ。」 私は自分の便の汚さも臭さも忘れ、感心してきれいに丸く転がされていく様子を見入った。あの後、私の便はどう活用されたのか、それがとても気掛かりだった。しかしながら自然の力はすごい。そう感心せずにはいられなかった。 この日走った距離は７０ｋｍ。体調は回復気味だが、この日もやはり距離は伸びず。夕方６時半にテントを張った。
ニジェール いつものようにブッシュでの野宿は続いた。  翌日９月１日。ここのところは雨も多く、涼しい朝夕となっている。こうなると凌ぎやすくていい。ところが雨が多いせいか、パンクも多くなった。サバンナにはトゲトゲの植物が多く、このニジェールに至ってはほぼ毎日パンクしている状態。参ってしまった。パンクと格闘しながらひたすら東進。 夜中に水をかなり飲んでしまっていたので、走り始めた時には５リットルタンクの中の水は空っぽ。途中で村人に出会ったので、 「村のどこかに井戸はありますか？」 と尋ねると、そこにいた一人の少年が私のボトルを持ってどこかへ汲みに行ってくれた。汲んで戻ってきたと思ったらボトルの水は茶色。フィルターを通すからまあいいや、と思って少年から水を貰おうとすると、それを見兼ねた近くの爺さんが、全部その水を捨て、透明な水をわざわざ汲んできて下さった。おそらく貴重な雨水だったのであろう。感謝このうえなしで、おじぎをしてその場を後にした。村を過ぎて、もらった水を沸騰させてすぐさま粉末ミルクを飲んだ。そして再び出発。途中後輪タイヤを交換し、出発してから８万８８８８ｋｍ地点を通過する。せっかくなのでここで記念撮影。
ニジェール ８万８８８８ｋｍ地点を通過。ここで記念撮影。  あと１１，１１２ｋｍを走れば目標の１０万ｋｍだ。そう思うと元気も出てくるのだった。出発したばかりの頃、８，０００ｋｍ地点で自転車メーターを見ては、それに「０」をくっつけ、 「８万ｋｍなんて本当に辿り着けるのかな。」 などと思った事があった。その８万ｋｍもすでに通過。あと少しで９万ｋｍになる。でもまだまだ先は長そうだ。南米アルゼンチンで出会った、バイクで世界一周をしていた宮田さんの言葉を思い出した。 「目標到達は９割９部を持って半分とすべし。」 ９万９千ｋｍ走っても、９９カ国走っても、目標まではまだ半分しか来ていない、それくらい気を引き締めて最後まで気を抜かずに進む気持ちを持つことが大切、と言う意味の言葉だった。辛いとき、ペダルを踏んでいると各地で出会った人々の事をふと思い出したりするのだった。 夕方になり、ダイダンロウムジという町に着いた。ここでも大きなマーケットが開かれていたのでオレンジやスパゲティを買っていくことにした。私がマーケットをうろうろしていると、多くの子供たちがまるで金魚の糞のようにゾロゾロとあとを付いてくる。変な格好の自転車野郎が狭い市場をうろうろしいるので、子供たちの格好の餌となってしまった。奇妙な男がマーケットにやってきたので、彼らも楽しそうだった。それからしばらく走って、この日もブッシュの中にテントを張り自炊。食欲はなく、作ったパスタを残してしまった。
ニジェール ブッシュキャンプが続いていた。  翌朝は昨晩残したスパゲティを腹に詰め込んだ。まだ完治していないのか、元気な時の大喰い自転車野郎には戻れていないようだ。食欲があったときは健康状態も良く、走行距離もコンスタントに稼ぎ、きちんとバランスよく日々を送れたのだが。少々不安。 この日は９時に走り出し、マラディと言う近くの町まで走って体を休めることにした。これで少し安心気分。大きな町マラディは、ニジェールの中では商工業の中心だとガイドブックに書かれてある。日陰で休みつつ走り、オレンジをかじりながらようやく午後２時頃にマラディに到着。自分の方向感覚とガイドの地図とが今ひとつ一致しないまま町中をうろうろ。ニジェールのどこの町へ行っても、 「シンシン」（中国人の意味らしい） とか、 「シヌワ、シヌワ」（中国人、中国人） と声を掛けられる。やはり東洋人は皆、中国人となってしまうようだ。そんな町中の人々の声を聞きながら、やっと安ホテルを見付け、ここに投宿する。
ニジェール マラディの安宿に投宿。  荷物を置き、町へ出かけ、牛肉などの元気の出そうな食材を購入する。小さなスーパーでラーメンを見付けたので、喜んで買い込む。収穫。これで久々の日本食気分が味わえる。夕食はもちろん自炊した。しかしやはり食欲が回復しない。体調はどうも優れない。夜は何日振りかでビールを飲んでみた。しかしこれもうまいと感じることなく、残してしまった。 翌日９月３日。朝起きると体がだるい。しかし銀行へ行って旅行小切手を両替しておかなければならない。重い腰を上げて自転車に乗り、銀行へ向かう。銀行の窓口に行くと、 「トラベラーズチェックの両替は、小切手を購入した時のレシートと控えのナンバーがないとだめよ。」 などと言われる。レシートはあるが、ナンバーの控えと言うのはない。コートジボアールで購入したもので、クレジットカードとその時のレシートを見せたら納得してくれた様子。一安心。これで両替してもらえなかったら大変だった。 宿へ帰ると何もする元気がなく、フランス語１・２・３と言う本をペラペラめくり、ガイドブックを読み、ベッドで横になった。知人松本氏の出版した「耐えてアフリカ」がコートジボアールに送られた荷物の中に同梱されており、以来暇があるとこの本を読んでいたのだが、このときもベッドで横になりながら松本氏の本を読んだ。すると妙にリアリティがあった。実際に同じ現地に来て読むと、言葉の一つ一つが実に鮮明に伝わってくるのである。 「耐えてアフリカかあ・・・」 ニジェールを走り始めてからというもの、私も耐える事が多くなったような気がする。しかし、松本氏の著書のザイールの章を読むと、この時の私にも想像のできない過酷な出来事が書かれており、読んでからは、 「まだまだだ。アフリカ走行はこれから始まるんだ。」 そう気合いを入れたのだった。 松本氏の本を読み、少し元気が出たような出ないような。ベッドで少し休んだ私は午後にパンク修理を始める。が、途中で寒気をもようし、修理もできないほどに不調となった。 「これはマラリアかも・・・。」 マラリアなのか、下痢からくるものなのかはっきりしない。そしてこの晩再び、以前のドゴンドッチの時のように、うなり苦しむ事になった。 「ウーウー、ウー。」 ひたすら苦しみに耐えるのみ。本当に「耐えてアフリカ」だ・・・。 翌朝、起きてみると体が少し軽い。食欲も少しある。ドゴンドッチのときのようにまた数日苦しむのかと思ったが、一晩で回復。卵とパンを買って朝から自炊。その後ジャガイモを煮て塩をふって食べる。 「ん、うまい。」 午後は昨日の続きでまたパンク修理。修理を終え、その後ラーメンや野菜炒めを自炊してモリモリ食べる。 「明日からはまた走れそうだ。」 晩も何か食べなければと思い、路上の飯屋で食べる。が、どうもニジェールの味付けはいつも濃い。しょうがないので無理に食べた。案の定夜は喉が渇いてしまい、何回も起きては水を飲み、寝てはまた起きて飲むの繰り返し。これには参った。 翌朝起きると、また体調がおかしい。てきぱきと行動が取れず、なぜかすぐに疲れてしゃがんでしまう。立っているだけでしんどいなんてどうかしている。立ち上がると貧血っぽくなる。が、こんな町でゆっくりしていても始まらないので、とりあえず朝８時にホテルを後に出発。町でパンなどを買ってジンデール方面へ向かって走り出した。 走り始めると緩やかな長い上りが続き、更に向かい風が吹いていた。これで午前中からもうくたくた。
ニジェール だらだらと長い坂道が続く。見ているだけでしんどくなってしまった。 
ニジェール 途中の道沿いから見る風景。 
ニジェール 水の溜まった集落で。  昼前に遅い朝食を自炊し、木陰で作って食べていると、暇を持て余した地元の男がやってきて、私の姿を見学していた。しばらくすると、 「何かくれ。」 疲れていたので、何もない、と冷たくあしらってしまった。その後もまた走る。昼食はきび畑の奥の細い道の中に入って、そこの日陰で自炊した。ここなら地元の人々にも見付からずに安心して食べれそう。こんな風に隠れて食べるなんて、まるでラマダン中みたいだ。ところが、自炊ストーブの「ゴーっ」と言う音を聞きつけた地元の子供たちがどこからかやってきて、じーっと私を見つめ、また、 「何かくれ。」 四六時中こういった状況に置かれ、私もいらだってしまった。相手は子供たちだと言うのに、私も極限状態にあり、理性は失われ、 「何もない！」 そう怒って追っ払ってしまった。これが私の本心だったのだろうか。ゆっくり食事がしたいのに、どこに行っても物乞い・・・。さすがにこの時は疲れ果てていた。 食事を済ませ、途中の大きめの町で炭酸ジュースを買って飲んだ。腹に入るとまだ多少胸部に違和感が残る。事故の怪我もまだ完治していない。しかし以前よりはだいぶ楽になった。小さな町アグイエを通過し、そこを過ぎた所にテントを張って横になった。
ニジェール アグイエを通過し、それ過ぎにテントを張った。  ９月６日。朝起きると目覚めは快適だった。テントの中の方が熟睡出来るのだろうか。パンとバナナ、粉末ミルクを水に溶かして飲み、出発は７時半。前日とは一転し、この日は追い風で快適。距離も順調に延びた。事故以来怪我は完治していないものの、忘れてしまうほどに回復している。この日は何だか久々に爽快な気分になれた気がした。木陰で時々休むのだが、そのまま寝てしまいそうになる位の気持ち良い風が吹いていた。地図を見るとなるほどと納得。以前走っていた所より、標高は５００ｍ近く上がっていたのだ。空気はカラッとした感じで、これが爽快にさせてくれていたようだ。 テサウアの町を通過し、ここで水の補給。コカコーラも飲んだ。暇を持て余して日陰でだらだらしている警官に、いつものように捕まった。 「おい、どこへ行く。どこの国の出身だ。」 「日本です。チャドヘ行きます。」 「何？チャド？自転車でか？ハハハ。この町には日本人のドクターがおって活躍しとるぞ。まあいい。行け。気をつけてな。」 ニジェールの軍人、警官たちは、どっかの国のようにたちは悪くなく安心。賄賂の要求はまだ一度も受けていない。 この日の昼飯は３時頃にラーメンを作り、そこに卵を落として食べた。その後も追い風に乗ってタケタと言う集落まで粘る。タケタに着くと再び水補給。オレンジ、バナナも売っていたのでビタミン補給にと買い込む。そしてこの日もブッシュに野宿した。夜に小用に起き夜空を眺めると、今にも降って来そうな美しい星空が広がっていた。きれいな夜空に快適な涼しい気候。走行中の辛さが嘘のように思える。寝心地もよく、疲れもとれている。大地のベッドに満天の星空。自転車野郎にはこうした野宿スタイルが一番合っているように思う。
ニジェール この日の夜も再びブッシュキャンプ。  翌日９月７日。オレンジ、バナナを腹に詰め込み出発。木陰で休みつつ、やっとジンデールの町の入り口に到着。そこでジャンダルメリのチェック。フレンドリーな警官に、知っていそうな限りのニギミまでの情報を尋ねた。ニギミはニジェールの最南東部に位置しており、東にはチャド湖がある。つまりニジェール走行の終着地であり、チャド共和国への入り口でもある。警官は、 「坂道が多いが、ゴウレという町までは問題はない。」 との情報をくれた。余り人も通らないような感じもするが、地元の人は住んでおり、まったく問題は無いようだ。水の心配もそれほどなさそうだ。ジンデールから東を走ると言うのは、私にとっては未開の地を走り始める気分だった。そのため根掘り葉掘りと聞いてしまったのである。 大き目のジンデールの町に入ると、 「お、ジャポネ。」 と、地元の人々に言われるようになった。「シン」とか、「シヌワ」とか、「ヒーハオ」と、東洋人を小ばかにする人々が他の町にはたくさんいたのに、この町ではちゃんと、 「ジャポネ。」 と言われ、私は嬉しくなった。中国人に間違われる事が嫌な訳ではない。しかし、せっかく日本からニジェールにやって来た私としては、やはり「ジャポネ」と呼ばれる方が嬉しいのだ。 町の中心に着き、自分の現在位置を確認すべくガイドブックを見ようと立ち止まった。と、その時、後方から１台の５０ｃｃのバイクがやって来て停まった。 「日本の方ですか。どちらからですか。」 「ええ。えっと、かくかく、しかじかで自転車で・・・」 そう簡単に自己紹介をすると、 「それなら、是非家へどうぞ。」 そう気安く誘って下さった。彼の名は椋木さん（２８歳）。青年海外協力隊の方だ。私はありがたく、彼の家にお世話になることにした。椋木さんの住まいは、ちょっと広い庭のある大き目の家。地元の人々の家と比較すれば、とりあえずは高級住宅？と言う事になるのだろうか。庭先には小さなみすぼらしい小屋があり、そこには地元の家族が住んでいた。椋木さん宅の「警備員」だそうで、ガードマンという名目で彼らにわずかなお金を払ってあげているのだと言う。椋木さんのニジェールでの任期はあと３ケ月。後任者が来る予定はなく、 「あのガードマン一家に給料を支払う人はもういなくなるんです。」 と、悲しげに言った。 毎週土曜日には椋木さん宅の庭先に車椅子がずらり並ぶ。溶接技術の指導を主な活動としている椋木さんだが、身障者に何か技術を身に付けさせ、食べていけるようにと、鉄パイプを使ったベッドや椅子などの製作指導を行っていたと言う。しかし材料費が高く、ニジェールの人々が買える様な庶民並の価格は出せないと言うことで、現在は木工製品の指導に変更。身障者もこれなら気軽に製作でき、先行きはかなり明るい見通しだと言う。 椋木さん宅には水道、電気があった。今まで私が泊まってきたボロ宿と比べると、はるかに居心地がいい。そんな部屋の案内を受け、シャワーを頂いた。まともな部屋と久々に出会う日本人。心が休まって行くような感じだった。 この日は土曜日で、土木関係、農業関係の他の協力隊メンバーもやって来て、賑やかになった。
ニジェール 椋木さん（左）と協力隊の方。  しばらくして、椋木さんが、 「待井さん昼飯だよ。」 と呼んでくれた。台所からは何とも懐かしい匂いがしてくるではないか。 「カ、カレーライスだ！」 まさかこんな所で高価な、しばらく食べていないカレーライスを食べれるなんて夢にも思わなかった。ニジェールでカレーライスなんて現実離れしている。嘘のようだ。もう感謝感激。私はしみじみとこのカレーライスを頂いた。 午後、ジンデールの町中にあるニアメ行きのタクシー乗り場へと足を運んだ。首都ニアメ行きの車を確認するためだった。チャドビザを取得しにニアメに再び向かわなければならない。車は毎日あるようなので安心。 しばらくジンデールの町を歩き、再び椋木さん宅に戻る。この日の夕食はなんと、とん汁。イスラム圏では豚肉はご法度。白人用に地元の人が飼っており、そこからわざわざ買って来るのだそうだ。ご飯に野菜のおひたしに豚汁。やはり日本食はいい。これ全部、椋木さんの手作りだった。 「地元ニジェールの食事はもたれて、とても毎日は食べれないんですよ。」 それ故自炊生活になったと言う。こんな美味しい食事を頂いてしまい、とにかく椋木さんに感謝。 晩飯を食べながら、他の協力隊の人々の色々な活動苦労話を聞けた。 「こちらが一生懸命やっていても、我々が『金のためにやっている』とか、『彼ら自身の儲けのため』だと地元の人から誤解を受けて残念ですよ。」 ある一員はそう言った。また、 「ボランティアで行っていても、奉仕の精神など通じない。果たして我々が来て本当に彼らの生活に進歩があったのか。」 と言ったメンバーの人もいた。アフリカの人々の生活の苦労は、やはり現地に生まれ育って実際に暮らし続けなければ理解することができない難しい問題なのかもしれない。それを短期間で理解し、プロジェクトを強引に行おうとすれば当然無理が出てくるのだろう。先進国日本に生まれた我々のものさしや、ものの考え方では決して計ることのできない意識の違いがそこにあるのかもしれない。大きな壁と向き合いながら現地で活躍する協力隊の方々は、やはりすごい。椋木さんはすでに３年。ジンデールで、地元の人は椋木さんの事を親しみを込めて「ムク」と呼んでいた。３年という期間、地元の人と共に汗を流し、やっと彼らとの信頼関係を築き上げたのだろう。私よりたった一つ年上の椋木さんなのに、５歳も、１０歳も年上のような、偉大な人物に見えた。 協力隊の皆さんの話を聞き、私の旅の話などをして、夜の１２時頃まで久々の日本語での話に花を咲かせた。
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