第２９３話　８８カ国目　ニジェール 「最悪の自滅事故・・・。」 愛車飛脚号もこれで終わりか・・・。 ▼ アラスカ出発　１９９２／４／１〜ニジェール　１９９６／９ ニジェール出国までの走行距離　約８９８２６ｋｍ ▼ アフリカ走行　１９９６／２／１〜１９９７／５／２８ 走行距離　約２２１０７ｋｍ ▼ ニジェール走行　１９９６／８／１２〜１９９６／９／１９ 走行距離　約１５７９ｋｍ

８月２６日、とにかく無理をせずに進もうと、昼前にペダルを踏み出した。 ▼ 　ニジェール　ドゴンドッチの町を後にして東進開始。 　体調は悪くなく、十分走れるほどに回復している。数日前がまるで嘘のようだ。朝食が遅かったので、ローペースで午後３時迄走り、木陰で昼食を作る事にした。 ▼ 　ニジェール　いざ東進。目指すはチャドである。 ▼ 　ニジェール　まっすぐと走っていく。 ▼ 　ニジェール　周囲は殺風景な眺め。 　こんな所で自炊したのがそもそもの失敗だったのか。それとも病み上がりの出発がいけなかったのだろうか。バッグに自炊道具をしまい、その後バッグの揺れを抑えるためのゴム紐の留め金具を、キャリアに引っ掛けた。これをいつもならしっかりと取れないところに引っ掛けるのだが、このときはなぜかすぐに取れそうなキャリアの中途半端な位置に引っ掛けていた。なぜそうしてしまったのかは分からない。「バッグが揺れればその金具が取れて、タイヤに巻きついて危険・・・」と、そこまでの注意力は働かなかったのである。 　昼食を終え、再び走行を開始した。しばらく走っていると、緩やかな坂道に差し掛かり、小さな集落から少女たちが、 「ドネモア、カドゥ、ドネモア、カドゥ。」（何かプレセントちょうだい、プレゼントちょうだい）と走り寄って来た。それを避けようと、大きくジグザグにその場を走り、道路端を遠回りするようにして少女たちを後にした。その後、何か前輪の方から音が聞こえてくる。 「カラン、カラン、カラン・・・」 聞きなれない音だ。 「おかしいなあ、何の音だろう。何かホイールに当たってるのかな？」 と思い、前後輪のブレーキをかけた、その瞬間、 「ううっ、ガガ、ドッタン。」 前輪タイヤは完全にロックされ、飛脚号と私は荷物もろとも前輪を軸に見事一回転した。私はハンドルで強く胸を打ち、手の甲、腕や膝、数箇所に擦り傷を負った。そして左胸部と左肩を打撲。胸は圧迫される感じで少々痛みがある。とはいえ骨折などはしていないので大した事はなかった。ところが愛車飛脚号を見れば、えらいことになっている。 「あーあ・・・なんてこった。」 フロントフォークの二股部が後方にひん曲がり、前輪タイヤがフレームのダウンチューブに触れてしまっている。バッグを支えていたゴム金具を前輪に巻き込んでロックされたのが原因だった。少し傾斜のある下り坂を２０ｋｍ位のスピードで走っていた為、かなりの勢いでロックされたのだろう。フロントフォークが曲がるなんて信じられない。前輪タイヤは幸運にも破損していなかったが、私はショックでその場に座り込んでしまった。茫然・・・。これで飛脚号も終わりかなとじっとを見つめた。 ▼ 　ニジェール　飛脚号の前輪はロックされ、見事一回転。フロントフォークは後方に大きく曲がってしまった。 ▼ 　ニジェール　えらくひん曲がってしまった。これではもう走れない・・・。 ▼ 　ニジェール　その衝撃の強さを物語っている。 ▼ 　ニジェール　ドゴンドッチから走り出して３ｋｍ地点だった。 ▼ 　ニジェール　もうボロボロの飛脚号・・・。 　擦り傷からわずかな血が流れ出している。私の転倒を知った村人がどこからかやってきて、 「あーだ、こーだ。」 と心配してくれている。私は、 「いやいや、大丈夫。今夜はここに泊まって、明日にでも車に乗せてもらって、大きな町まで行くから大丈夫。」 そうジェスチャー交じりのフランス語で伝えると、 「でもあんた、血が出てるよ、そこ。」 「大丈夫。たいした傷じゃないですから。」 そう言って何ともないと伝えた。村人は村にでも泊まれば良いと行ったが、そこまで荷物も運べないし、事故のショックで移動する元気もこの時の私にはなかった。飛脚号は動かないので、その場の道路脇の草むらにテントを張るしかなかった。どうしたものかと色々考えた。ショックで、夕食を作る元気もない。テントの中で横になり、ただ茫然・・・。 「どうしようか。つい先日までは病気で寝込んでいた。出発したと思ったら今日は自分の不注意による自滅事故。もしかしたら明日も何かあるかもしれない・・・。」 悪い事が続く昨今だ。ニジェールに入国してからというもの、辛い日々が続いている。全てがうまくいかない。下痢、チャドビザの一件、そして病気、更に今日は事故。 「もうだめか。」 フロントフォークのひん曲がった飛脚号を見ていると、これからどうすればよいか考えもつかなかった。 　テントを張ったこの夜、激しい雨がテントにたたき付けた。出発して調度４年５ケ月目に愛車、飛脚号を襲った悲劇。雨ざらしの飛脚号。曲がってしまったフロントフォーク。それは何とも哀れで悲しそうな姿に見える。飛脚号は、 「もう、これ以上は走れない。勘弁して欲しい。」 そう私に語りかけているように見えた。新しい自転車でアフリカを走りたい気持ちだった。 「欧州にでも飛んで新しい自転車を購入しようか。」 雨に濡れた飛脚号が、まるでガラクタのように見える。 「もうだめか。」 しかし落ち込む私に、飛脚号はこう言ってくれているようにも思えた。 「まだまだ走る。これから、これから。」 私も飛脚号もボロボロ。テントを叩く雨音が、とても悲しく聞こえた辛い夜だった。 ▼ 　ニジェール　「もうこれ以上は走れない・・・」そう私に語りかけていたように思えた。飛脚号は死んでしまったのか。 　どうにか走れないものだろうか。テントの中で一晩中眠れずに考えた。 「待てよ。もしかして、フォークの向きを前後逆にしたらどうだろうか。」 そんなとんでもないことを考えついた。切羽詰まっているので、どんな形でも走ってくれればそれでいい。と飛脚号を見つめた。翌朝空が明るくなった所で早速キャリアを外し、向きを変えて取り付けてみる。するとどうだろう。前ブレーキは使えないものの、前輪も回れば、なんとキャリアまで斜めながらうまい角度でくっつき、ネジも付くではないか。 「できた・・・。これでまた走れる？」 信じられない。 ▼ 　ニジェール　破損した曲がったフロントフォークを１８０度逆にしたらうまいことキャリアもバッグも付いた。「これでまだ走れる！」 　不幸中の幸いとはまさにこの事だ。ちょっと胴長な自転車にも見えるが、荷物も付き、走行続行が可能となった。昨日はアフリカの旅もこれで一時中断かと思ったが、いやいや、まだまだ。偉大なるは飛脚号。「死んでも走り切る」と名付けたが、その思いに見事答えてくれた。 　修理を終え、１１時出発。飛脚号はとりあえず一命をとりとめ、一時的に復活した。一方私も負傷しており、胸部の左半分に痛みがある。大きく息を吸うと少し内部が痛い。打撲したために内部の、特に肺の下部に痛みが走る。それに左肩と左腕も痛い。走れるようになり緊張が解けたせいか、今度は自分の体の痛みが気になるようになった。 「私はいったいどうなるのか。」 とりあえずは走るしかない。 「よし、次の村まで走ろう。」 朝食は何も食べずに、水のみ。昼は紅茶。それにパンをかじった。また、途中の小さな村で炭酸ジュースが売られていたので、これを買って飲んだ。 ▼ 　ニジェール　小さな村で休憩しながら走った。 　ところがここでまた問題が起きた。炭酸飲料を飲んだら、腹が膨れる感じになり、ゲップが出るまで胸の下に内臓が締め付けられているような痛みが走った。この時は炭酸飲料がまずいのだと思い、しばらくは飲めないと思ったが、これと同様の痛みは食べる飯にも関係がある事に後で気がついた。たくさん食べれば痛くなる。つまり、たくさんご飯を食べられないという悲しい事実を後で知ることになった。結局、この胸部下の痛みには一週間悩まされる事になった。 　夕方まで走り、ヤヤと言う村で缶詰を買い、パン、ジュースなども購入して簡単な夕食とした。自炊する元気はこの日も今一つ出ない。 ▼ 　ニジェール　夕刻、小さな村を通過。村人の明るい笑い声がこだましていた。 　ブッシュでテントを設営していると、テントのポールまでもが折れてしまった。連日どうも嫌な事ばかりが起こる。 「本当に大丈夫なのだろうか。」 自転車旅行を本当に辛い、と感じたのがちょうどこの時期だった。 ▼ 　ニジェール　この日はテントのポールまでもがポキッと折れてしまった。 　翌朝８月２８日。昨日は自炊の元気も食欲もなく、缶詰とパンをかじってダウン。 「これではまずい。」 そうは思ってもどうしても食が細い。食べられないから元気も出ずに走れない、と言う悪循環が続いている。案の定、この日１日の走行は疲れた。朝もパンとコーヒーとビスケットだけだ。快晴だったこの日は、これまたしんどく食欲が湧かない。おかしい。こんなことではこの先まずい。昔のように大食いのできる自分に戻りたい。イコール、元気な自分を取り戻す事ができるからだ。今の体調はとにかく最悪。昼を食べず木陰で休んでは、水とビスケットをやっと腹に詰め込んだ。この暑さのせいもあるのだろう。 　ゆっくり走って大きめの町、ビルニンコンニにやっと到着。南方数ｋｍの所にはナイジェリアの国境がある。この町には何とキャンプ場があった。テントなら１泊３ドル程。早速ここにテントを張る事に。その後町の中心へと出向いた。 ▼ 　ニジェール　ビルニンコンニのキャンプ場に泊まった。 　いつものような何ら変わりのない町かと思ったが、ナイジェリア国境をすぐ南に控えているためか、ナイジェリア製の品々、ガソリン、洗剤、バナナ、オレンジ等、小さな村では決して見ることのない豊かな品々が多く目に入った。おそらくナイジェリアはニジェールに比べたら豊かな国なのだろう。 　自転車に乗って町の様子を見て回ったが、荷物を付けているわけでもないのに、なぜかくたくただった。オレンジを買った帰りにヨーグルトも買い、セネガル人経営のレストランに寄った。マカロニと肉と野菜と・・・。おいしそうなメニューだった。２杯は軽くペロリのはずが、１杯で満腹。胸部に痛みがあるせいか今一つ食欲が出ない。 「これで腹いっぱいか。」 自分の腹を疑ってしまった。これも事故のせいだろう。その後キャンプ場へ戻り、バケツ一杯の水で体を洗う。ここには水道のシャワーはなかった。サバンナに住む人々、特に田舎の人々は水をとても大切に使うのだ。バケツ一杯の水の調達も考えれば楽じゃない。水はただじゃないというのは、こうした土地を走っていると痛いほどよくわかる。 　翌朝。ビルニンコンニで２泊したのは飛脚号の修理をしてくれるところを見つけるためだった。キャンプ場にある小さな食堂で卵焼きとグリーンピースを食べてから町中へ出掛けた。 「どこか溶接修理できるところがあればな。」 熔接所らしきところ、また修理屋らしき所を探して回った。うろうろしていると、トラックの修理工場を発見。そこにいたちょっと太めの主人に、 「実はこれこれこうで・・・。」 と訳を話すと、 「よし、なんとか直そう。」 という。どういう方法かは分からない。が、バーナーでフォークの付け根を熱して曲げ、元に戻そうとするらしい。不安このうえなしだが、彼の行動を見守るしかない。飛脚号の修理作業はなぜか即座に始まり、男はバーナーで焼き始め、木槌でトントン叩いたり、そして力ずくでぐいっとフォークを曲げようとしている。見ていると余計壊れそうなので冷や汗ものだ。しばらくして雨が降りだし、雨に降られながらの作業となった。その雨も止みそうな頃、修理は終わり、フロントフォークは無事元に近い形となった。 「直った・・・。」 修理代金は３０００ＣＦＡ（シェーファーフラン、約６９０円）。高いような安いような。ともあれ直ったので良かった。これでまた普通に走れそうだ。 ▼ 　ニジェール　ここで飛脚号の修理をしてもらった。 ■ 次のストーリー第２９４話へ▼