第２７８話　８２カ国目　マリ 「ドゴンの国へ・・・。」 崖に造られた小さな家々。あれがドゴン族の住まいか？ ▼ アラスカ出発　１９９２／４／１〜マリ　１９９６／６ マリ出国までの走行距離　約８５０６３ｋｍ ▼ アフリカ走行　１９９６／２／１〜１９９７／５／２８ 走行距離　約２２１０７ｋｍ ▼ マリ走行　１９９６／５／２２〜１９９６／６／９ 走行距離　約１０３２ｋｍ

６月６日朝７時。ガイドの青年イディリサと共に、馬車でドゴンの村に向け出発する。地元の人々はロバを使って荷物を運んでおり、このとき私の乗った馬車と言うのは大変高価だった。馬力はロバとは数段違いスピードも早い。快適な馬車に揺られていると、砂地の向こうからテーブルマウンテンのような絶壁が見え始めた。断崖のラインが爽快に左右に広がって見える。 ▼ 　マリ　ドゴンの国に近づいてきたのか。切り立った崖が見え始めた。 　ドゴンはアフリカの中でもツーリストを魅惑する地として知られている。「ドゴンの国」とも呼ばれ、２００ｋｍ続く美しい断崖にへばり付くように、いくつもの珍しい住居跡がある。彼らは独自の生活文化や宗教を保ち続けており、これだけ広く西アフリカの国々に及んだイスラム文化も、さすがにこのドゴンには入らなかったと言われている。セネガル、ガンビア、ギニア、モーリタニア、そしてマリ全土と、イスラムが大半を占めている地域の広大さを考えると、ドゴン族の偉大さを改めて実感する事ができるのである。彼ら自身の生活文化や独自の宗教を守ったものは何だったのか。とても不思議な集落である。 　午前１０時過ぎに馬車は早くも村に到着した。 「ここがドゴンの村・・・？」 到着したのはカニコンボレと言う村。イディリサは、 「今日はマーケットが開かれる。」 と言う。マーケット好きな私としてはどうしても見ておきたい。しかし午前１０時でもまだマーケットは始まる気配がない。とりあえずイディリサの知り合いらしい村人の小屋に入る。 ▼ 　マリ　イディリサの知り合いの小屋の前で。 　カニコンボレの村にドゴンの人々が住んでいるのかと思ったが、どうもそうではないらしい。周囲を見て少しがっかりした。モスクはあるし、人々の服装も何ら今までの村と変わりない。 「ちっともその辺にある村と変わらないじゃないか。ここがドゴンなのか？」 何だか騙されたようでがっかり。 ▼ 　マリ　カニコンボレの村にはモスクがあった。普通の村と変わりがないようで、がっかり。 　ガイドブックを見ると、「ドゴンの国は週５日制」などと書いてあった。どういう曜日があるのかは知らないが、５日毎に人々は周囲の村からマーケットに品々を持ち寄るのだそうだ。偶然マーケットを見れると言うのは運がいい。 　気温は除々に上がり、昼前になるとどこからか人々が頭の上にたくさん荷物を載せて歩いてくる。中には、２０キロ以上もあろう荷物を頭の上に載せ、５ｋｍも遥か遠くから歩いてやって来るおばさんもいると言う。そうした力強い女性たちの姿にはいつも感動してしまう。私もちょっと拝借して頭の上に荷物を載せさせてもらったが、歩くどころかよろよろ。 「あんた、ちょっと落とすわよ。」 そんなふうな事を言われてしまった。ウケたようで笑ってくれたが、本当に重かったのだ。あんな物を頭の上に載せて何ｋｍも離れた村から歩いてくると言うのだから脱帽。 ▼ 　マリ　酷暑の砂地の中を女性たちは歩いてやって来る。 ▼ 　マリ　マーケットにやって来た女性たちの姿。彼女たちはドゴン族の人々か？いや、そうではないようだ。 　時刻は１２時を回り、マーケットの周囲の気温は４０度を越えていた。酷暑の中でカラフルな衣装を着た女性たちが、活気を漲らせながら様々な物を売り買いしている。暑い中だが、人々のざわめきを眺めていると、私の方も元気が出てくるようだ。ジェンネのあの大規模なマーケットとはまた違った、何か魅力ある雰囲気がこのマーケットには漂っていた。 ▼ 　マリ　カラフルな衣装をまとった女性たちがマーケットで活気あるやり取りを行っていた。 ▼ 　マリ　カニコンボレのマーケットの様子。 ▼ 　マリ　カニコンボレのマーケットの様子。 ▼ 　マリ　小さな田舎の活気あるやり取りにいつも魅力を感じる。 ▼ 　マリ　カニコンボレのマーケットの様子。 ▼ 　マリ　上から眺めるマーケットの様子。 ▼ 　マリ　藁で日陰を作って物を売る女性。 ▼ 　マリ　穀物や野菜などが売られている。 ▼ 　マリ　日中はとにかく暑い。４０度は軽く越えてしまう。 ▼ 　マリ　乾燥させたバオバブの葉などが売られていた。 ▼ 　マリ　色々な品々が集まったカニコンボレのマーケットで。 　暑い中で写真を撮っていたので、少しバテてしまった。イディリサの知り合いの小屋の中に入ると、何かの実を発酵させて作った手造りビールやジュースがあった。見た目はオイルのような感じの飲み物にも見えたが、試しに少し飲んでみると、甘酸っぱくてなかなかいける。これなら飲んでも大丈夫だと私の野生の勘が働いたので、コップについでもらい飲んだ。 ▼ 　マリ　何かの実を発酵させてつくったジュースのようだ。なかなか美味い。 ▼ 　マリ　小屋の中で不気味な発酵飲料を飲む私。 　マーケットでは靴やサンダルの修理屋さんもいた。物を売る店もあれば修理する男の姿もある。マーケットを見て歩くと、彼らの生活の様子が見えてくるのでとても面白い。 　ここで見ごたえのあったのはヤギの解体作業だった。野蛮と言えば野蛮なのだが、私が惹かれたのは、細かい作業そのものだった。老人が確実に、丁寧に、そしてこの上なくまめに解体作業をこなしていくのである。ヤギを木に吊るし、その皮を少しずつナイフで剥いでいく。きれいな袋状に剥ぎとられたヤギの皮は、後にドゴンサックと呼ばれるリュックとして利用されるのだそうだ。他にも彼らの手で加工が施され、バックや財布などにもなると言う。解体が終ると予め用意された鉄板の上に次々にヤギ肉の串焼がのせられていく。脂身の部分も交互に串に刺し、うまい串焼きが出来上がると言う訳だ。作業を見ていると捨てる所は殆どないくらいにきれいに解体されてしまった。こうした土地に住んでいれば食べ物や物を全て使い、無駄なく利用するのだろう。私もこのヤギの串焼きを食べようと思ったが、既に予約が入っていたようで食べられなかった。マーケットで売られていた米は１キロで３５円。他の主食は、黍（キビ）等があったが、米もキビも同価格であった。 　買い物をして歩いていると、そこに並んでいる品々の多くが自然の草や木等で作られている事に気がついた。彼らの利用している籠はもちろんだが、机も木の枝で造られ、家の壁は土で造られている。小さな買い物をしても笹のような葉っぱに包んで持たせてくれる。そうした光景を目の当たりにすると、彼らが自然とうまく共生している事が伝わってくる。電気も無ければ品々を入れるビニール袋もない。それは遅れた文明なのかもしれない。しかし、人と自然がちょうどいい関係で仲良く暮らす図かもしれない。アフリカには先進国にない、その「ちょうどいい関係」の暮らし振りが健在しているように思える。そんな彼らの生活に魅力を感じた。 　このマーケットでは２、３人の風変わりな格好をした男たちに出会った。地元の人間とはまったく違った服装で、私のことを見ていたのだが、彼らこそがもしかしたらドゴンの男たちだったのかも知れない。 　午後の３時過ぎ、イディリサに連れられ、この日の宿泊地であるエンデに向け出発。今度は徒歩だ。進行方向の左手には延々と絶壁が続いていたが、その途中にはドゴン族の住居跡が見えている。 「あそこに誰か住んでいるの？」 イディリサに聞くと、 「今はもう誰も住んではいないよ。」 そう言った。 ▼ 　マリ　とても小さな家のようだが、あそこにドゴン族が住んでいたのだろうか。 ▼ 　マリ　風変わりな小屋が連なっている。 ▼ 　マリ　よく見ると、岩の隙間に幾つもの家がある。 ▼ 　マリ　エンデの村の近くから見たドゴンの住まい。 ▼ 　マリ　崖にへばり付くようにあるドゴンの家。 　エンデに着く途中で雨に降られた。そのとき崖を見ると、いくつもの美しい滝が流れ出ていた。 「もしあの水が崖下の家々に流れ込む仕組みになっていたら・・・井戸を掘らずに美味い水を手に入れる事が出来る・・・。」 どうしてあんな崖に家を造って住もうとしたのか、その理由が分かるような気がした。 　何時間かして、やっとエンデに到着。と言っても歩いたのはたったの２時間程。この日はこのエンデの村に宿泊。電気のない村での時の流れは、とてもゆったりとした感じがした。 ▼ 　マリ　エンデの村で裸足で歩く私。 　翌朝９時。村のモスクの修復工事を村人総出で行っている。イディリサもなぜか手伝わされ、私のツアーは一時中断。私も手伝いたいがコツがあるようで、手際良く皆で作業を行っている中、私の入れる余地はなさそう。仕方なくその様子をしばらく伺った。雨季を前にして、おそらく屋根の防水加工をするらしい。その「防水対策」は簡単なもので、藁を屋根に置き、その次に、水と練って粘土状にした藁交じりの土を、ペッタン、ペッタンと塗って行く作業だ。これで雨はもう大丈夫だと言うから驚いてしまう。しばらく作業を見学した後、イディリサもボランティアから開放されたので、断崖絶壁にへばり付くドゴンの住居跡を見学しに、崖を登って行く事になった。 ▼ 　マリ　なぜあんな所に住もうとしたのだろうか・・・。 　身軽なイディリサと、自転車野郎の私。二人とも崖をよじ登るのに特に問題はなく、適当な足場を見付けてはスイスイと登っていった。少しして崖の窪んだところにある住居跡に辿り付いた。中は何とも快適。 「涼しい〜。」 涼しくて、とても凌ぎやすい。眺目もいいし、これで水さえ確保できれば住むには持ってこい。酷暑の砂地に比べれば雲泥の差だ。住居跡からは我々が泊まったエンデの村の眺めが気持ち良く広がっていた。 ▼ 　マリ　ドゴンの住居跡からエンデの村を眺めた。 ▼ 　マリ　私の自転車の置いてあるバンカスの村はあの地平線の向こうだ。 　私が思い描いていたドゴン族は実在しないのかもしれない・・・。かつては絶壁の家に住んでいた人々も下の土地に降り、今ではイスラムの習慣が定着したそうである。しかしそんな村人の中には、今でもドゴンの生活習慣は残っているのだそうだ。例えば埋葬に関しては、今でも崖の岩の上にある穴に入れて葬るのだと言う。また、病気になった時には家宝のネックレスや木彫りの人形などを住居跡に奉納するそうだ。 　住居跡に案内してくれたイディリサは、 「この汁は薬用として用いるんだ。マラリアや重い病気の時はこれを体に塗るんだ。」 住居跡の崖から流れる黒い液体を指差し、そう言った。住居跡のとある場所には神社みたいな所があり、ここではお祈りを捧げたのだと言った。 ▼ 　マリ　お祈りを捧げる怪しい木彫り人形が何体も置いてあった。 ▼ 　マリ　ドゴンを案内してくれたイディリサ。 ▼ 　マリ　住居跡で記念写真を撮ってもらう私。 ▼ 　マリ　私もマラリアにならないように祈っておこう。 ▼ 　マリ　きっとドゴンの人々にとっては神聖な場所なのだろう。 ▼ 　マリ　自炊場のようにも見えるが、やはり、神聖な場所なのだろう。 ▼ 　マリ　この岩の上の穴は埋葬する穴となっているとのこと。 ▼ 　マリ　地上から見たドゴンの住居跡はこんな風になっていた。 ▼ 　マリ　１日を通してこの住居跡は日陰の時間が長い事が分かった。これなら涼しく過ごせる。 ▼ 　マリ　ドゴン住居跡から地平線を眺めた。 ▼ 　マリ　エンデの村を眺めて。 ▼ 　マリ　住居跡から上を眺めて。 ▼ 　マリ　住居跡で。 　ドゴンの村の見学を無事に終えたが、どうもイメージしていた「ドゴン族」の集落とは違っていたので、期待外れだった。ドゴン族は完全に独立した世界で、イスラムやカトリックなどがこれっぽっちも入り込んでいない真のアフリカ、魅力ある世界だと確信していたためか、ちょっとがっかり。もちろんドゴン全域を見て歩いた訳ではないので何とも言えないのだが・・・。１泊では足りなかったかもしれない。しかし、マリの田舎のドゴンと言う世界を少しだけでも見れたのは正解だろう。活気あるマーケットを見れたのも収穫だった。 ■ 次のストーリー第２７９話へ▼