第２７４話 ８２カ国目 マリ 「消えた住所録・・・。」  酷暑のマリで野宿。 あまりに地面が熱いので木の枝を地面に敷いた。
アラスカ出発 １９９２／４／１〜マリ １９９６／６ マリ出国までの走行距離 約８５０６３ｋｍ 
アフリカ走行 １９９６／２／１〜１９９７／５／２８ 走行距離 約２２１０７ｋｍ 
マリ走行 １９９６／５／２２〜１９９６／６／９ 走行距離 約１０３２ｋｍ  |
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マリ国境にやって来た私は、国境係官にパスポートを渡した。すると係官は、 「入国スタンプはここに押そうかね。」 と、わざわざ入国印を押すページや場所を確認してくれるではないか。こうした係官ばかりならばパスポートのページの減りも少なくて済むのだが。喜んでいる私を見た係官は、 「もしギニアのお金があるならＣＦＡ（西アフリカの通貨）に両替しようか？」 とも聞いてくれた。色々と親切な係官の対応に安心する。 「マリと言う国はいい国かもしれない。」 入国時に係官と接してそんな事を感じた。続いて税関。ここでは軍人に荷物検査をされる。不安だったが、こちらでも丁寧な扱いを受け、何も問題なく終った。無事マリの入国作業を済ませ、首都バマコへ向けて走り出した。国境を後に走り出すと、地元の人々に出会ったので入国記念の写真を撮ってもらう事にした。
マリ 途中で出会った村人に写真を撮ってもらう。 
マリ 地元の人々。彼らと接しているとなぜか私も元気が出てくる。 
マリ 国境からしばらくはギニアの時のような赤土の道が続いていた。  この日もまた暑かった。 「いつまでこの暑さは続くのか。」 酷暑の中に伸びる赤土の道をもうろうとして走っていると、小さな村にポンプ式の井戸を見つけた。この時ここにあったポンプはギニアの物とは比べものにならない位古く、上下運動させて水を汲み上げると、「キコキコ」と鈍い音が鳴る。こんな古いポンプを子供たちが「キコキコ」とやっているのかと思うと信じられない。私でもかなり力が必要なのだから、水を汲む仕事は子供たちにとって相当な重労働だ。この時井戸で出会ったマリの子供たちはギニアの子供たちとはまた少し違っており、警戒心を持っているように見えた。 「どこかよそよそしさがあるかな。」 そう思いながら私が水汲みの作業を続けていると、子供たちが手伝い始めてくれた。通りすがりの見知らぬ旅行者を助けてくれる・・・こう言う子供たちを本当に偉いと思う。頭が上がらない。 この日は雲も少なく、太陽は１日中マリの赤い大地を照りつけている。首都バマコまではまだ距離はあり、ブッシュでキャンプすることにした。夕刻まで走り、直射日光が当たっていなかった木陰の涼しそうな所にテントを張る。 「この辺りでいいか。」 テントを張り、自炊をして走行の疲れをとることにした。日没後になると気温は３５度から３３度へと、徐々に下がっていく。しかし私がテントを張った地表の温度はそれほど変わらず熱いまま。地面に温度計を当ててしばらくして見ると３８度。 「うわー・・・」 数字を確認したら余計に暑くなってしまった。この周辺の土壌は、土と言うよりは赤土の小粒の石と言う感じで、見るからに水分も少なそう。岩盤のような感じなので、太陽が沈み、夜、涼しい気温になっても日中に熱せられた大地は「焼石に水」状態でなかなか温度が下がらないのだ。とにかく自炊をゆっくりとして、温かい地面に横になって日記をつけた。そうして温度が下がるのを待ったのだが、あのギニアのウェンディー宅の庭での寝苦しい夜と同じように、いつまでも地表の温度は下がらない。まるで熱帯夜の地で電気毛布を敷いて横になっているようなもの。とてもじゃないが眠れたものではない。何とか寝ようと思うが眠れない。そのうちに私の頭の回路は爆発。 「う〜暑い〜！」 余りの暑さにどうにかなってしまったのか、周囲にあった木の枝を集め、テントの下に敷く事にした。これを敷けばテントの下に空気の層ができて涼しくなるに違いない。そうすれば快適な眠りにつけるはずだ。私は周辺の木の枝を集め、２ｍ四方に敷き詰め、その上に早速テントを載せてみた。 「よし、これで涼しいところで眠れるぞ。」 ところがそんな安易な思いつきでうまくいく訳もなく、テントの中に入るとゴツゴツして眠れたものではない。腰が痛くなりそう。冷静に考えれば分かるものだが、この時は暑さでどうにかなっていたのかもしれない。マリでは酷暑のためにこうした眠れぬ夜を過ごす日が多かった。
マリ 私の頭は暑さのためにどうにかなってしまった。木の枝を敷いて寝たのだが・・・。 翌日５月２３日。何時に寝付いたのか、朝方は気温が涼しくなっており、意外にも爽快に目が覚めた。テントを畳んで出発。目指すは首都バマコ。走り出すとギニアでも見た風景ととても良く似た赤土のダート道が伸びていた。テーブルマウンテンのような美しい岩場も見え、かなり迫力のある景観を見ながら走る事ができた。
マリ ギニア国境からマリの首都バマコへ向かう途中の道で。 
マリ ギニアにとても良く似た道が伸びていた。 
マリ バマコへと伸びる道。美しいテーブルマウンテンが見えていた。  途中には小さな村々があり、子供たちが嬉しそうに寄って来たので写真を撮ったりした。走っていると村人に呼ばれ、何かと思ったら落下生を持たせてくれた。マリにも優しい人々がいる。昼飯はそんな小さな村にある屋台で食べた。値段は一食５０円程。たくさんの白飯だった。村の広場にマーケットも見つけたので、夕食の材料として玉ねぎを買う。のんびりとした感じの婆さんが相手してくれた。
マリ 途中で小さな村々を通過していく。 
マリ 村では元気な子供たちが集まってきた。  その後も比較的アップダウンのある道を北に向かって走った。赤土の砂道で走りにくかったが、この日は粘って８０ｋｍを走る。そして落ち葉がたくさん落ちた土の上にテントを張ることにした。これなら暑い思いをせずに眠れそうだ。例によって蚊帳とテントの両方を用意して眠る事にした。すると薄暗くなりかけた頃、ポツリポツリと雨が降ってきた。 「これはいいぞー、ふー気持ちいい。」 私は森の中で一人パンツ一丁になり、気持ち良く自然のシャワーを浴びた。寒くなるまで体を冷やしテントに入ると、ちょうどいい具合のコンディションで眠る事ができた。
マリ 落ち葉のあった所にテントを張る。これなら涼しくていい。この日は雨も降ってきた。  翌日５月２４日。朝方起きると曇り空。準備をして走り始めると、突風が前方から吹き出し雨に変わった。涼しくて気持ち良かったが、１０分位降ると雨は止んでしまった。しばらく走ると小さな集落で地元の女性がマンゴーを美しく陳列させて売っている。マンゴーはギニアでたくさん食べていたので、ここでは写真を撮り、バナナを買って少し休んで行く事にした。 「きれいなマンゴーですね。」 ぎこちないフランス語でそう言うと、彼女たちも嬉しそうにしていた。それは緑の木陰に囲まれた、とても気持ち良さそうな「売店」だった。
マリ マンゴーを並べて売っていた女性たち。 
マリ とても美しくマンゴーは並べられていた。各種値段も違うようである。 
マリ 少女が売っていた飲み物。あまり美味いものではなかった。  ひと休みし、更に北に向かって走って行くと、道は舗装路となり交通量も増えていった。そしていよいよ首都バマコの街へと入って行った。 バマコの街を走る車は、古いトヨタの緑色のハイエースが圧倒的に多く、街中ハイエースだらけだ。砂埃舞うこの街は、かつて見たモーリタニアの首都のヌアクショットのよう。世界でも最貧国と言われるマリ。第三世界と呼ばれる国にやってくると、どこか切ない気持ちになってくる。街角には砂埃が舞い、多くのゴミが散乱する。そしてヤギや牛などの家畜がのそのそと歩いている。車がクラクションを鳴らし、信号待ちでは物乞いする人々が多く目に付く。 「ここがマリの首都か。」 暑い気温の中を走って来て、バマコで休息をとるつもりでいたが、街の風景を見ていると余計に体力を消耗しそうな気がした。そんなバマコではミッションレバニーズと言う宿泊所に投宿した。ここにはまともそうな部屋と一応広い庭と駐車場がある。しかし部屋は蒸している様子だったので、外の駐車場にテントを張らせてもらう事にした。この宿はセネガルのダカールで知り合ったフランス人に教えてもらった。宿には水道があったので、久々に洗濯をしたりシャワーを浴びたりして水を自由に使い、すっかりリフレッシュ。このバマコでは３日間の予定で手紙書きやビザ取得と言った雑用を行う事にした。
マリ バマコでカトリックのミッションレバニーズの敷地にテントを張らせてもらった。 
マリ バマコのカトリックのミッションレバニーズ。  街へ出たが、右も左も人や家畜やら屋台やらで凄いと言うか凄まじい。活気があると言えばそうなのだが、何と言うのか、街を歩いていると言葉が出なかった。最貧国を実感する思いだった。
マリ 首都バマコの様子。  翌日５月２５日。この日は「アフリカの日」だそうで公共機関は皆休み。しかし一般市民は関係なく働いている様子だった。銀行が休みでしょうがないからバマコ一番の高級ホテルに向かい、そこで両替。ここには本屋があり、もしかしたらと西アフリカの地図を探す。が、見付からず。もう一軒の高級ホテルの一階にもブックショップがあり、ここでマリ国内の細かい地図を発見した。２００万分の１の縮小だが十分いける。先進国で買えるようないい地図だった。ところが値段を見ると、なんと２０００円。 「２０００円？」 買うとすれば旅行者くらいだからと、こんなベラボウな値段がついているのだろう。マリ人の月給くらいではないだろうか。高いが質が良い物だったので納得し、購入。宿に帰った私は飛脚号の整備をし、掃除をした。ギニアで問題だった後輪のハブも今のところは順調。でも先が不安だ。町をぶらぶらして夜は日本へ電話を掛けた。このとき請求されたのは５００フランスフラン。日本円に直すと１万円に及んだ。ぶったまげる。それでも大切な用事を瞬時に伝え、生の家族の声を聞けるならば、１万円以上の価値はあったように思った。通信費はどうしても高くついてしまう。
マリ バマコの街の中央を流れるニジェール川。  翌日５月２６日。この日はモロッコ以来の床屋へと出掛けた。どこがいいかと街中を探し歩く。立派な床屋は高級ホテルにでも行かない限りはなさそうなので、その辺の路上の安い床屋を探した。偶然声を掛けてきた床屋は、ガーナ人の経営で英語が通じた。（ガーナは旧英国領）。 「よし、ここにしよう。」 そう思いカットをお願いする。するとわずか２ｍ四方のベニヤでできた小屋の中へと案内されて座らされた。部屋に水はないが、鏡もあれば手動のバリカンもある。ハサミは紙切りバサミ。 「普通にやって下さい。」 とは言ったものの、アフリカの、彼らの毛は我々東洋人とは違う。私もなぜ普通にやってくれといったのかは分からないが、終って鏡を見てみれば、左右片寄った変な髪型になってしまっていた。でもまあこの方が味があっていいかもしれない。それにカットしてくれたガーナ人は本当に一生懸命で、たくさんの汗を流しながらカットしてくれていた。あの表情を見ていたら何も言えなくなってしまう。私は、 「サンキュー」 と笑顔で伝えた。ちなみにこの時のカット代金は９０円程。この日にバマコでした作業は特になく、暑い街中をぶらぶら歩いただけなのに体力を消耗した。酷暑の西アフリカを走っているだけで、いや、この土地にいるだけで、それが毎日十労働のように思えてならなかった。 翌日５月２７日。ようやく月曜日になり、通常通りに作業が出来る事になった。朝から銀行へと両替に出向いた。ところが何かレシートがないと旅行小切手は両替出来ないと言われる。他のマリの銀行にも当たってみるがやはり同じ内容の事を言う。 「これは困った。」 あちこち歩き回って、ようやくバンクオブアフリカと言う大き目の銀行を見つけ、ここで聞くと可能だと言われる。両替を済ませた私は大急ぎでブルキナファソ大使館に向かった。もちろんビザ取得の為だ。午前中早い時間に行くと、同日の受領が可能と聞いていたのである。ところがこう言う時に限ってガイドブックの所在地と実際の住所が違っていたりする。ガイドブックの住所に大使館はなかった。その付近の住人に聞きながら、やっと到着。しかしすでに１０時過ぎ。明日の受領かと思ったが、今日の午後３時にはできると言われほっとする。 「良かった。これで明日は走り出せる。」 その後は街の自転車屋を訪ね歩いた。ギニアでトラブルを起こしており、バマコではハブをそっくり交換したいと考えていた。しかしまず無理かもしれない。諦め気分で自転車屋を端から訪ね歩いた。案の定自転車屋には中国製の自転車部品が大半。日本の「シマノ」の部品は置いていない。それらしき良さそうな部品を見つけてもスポークの穴が３２穴だったりする。これでは私の自転車には合わない。せめてシャフトや内部の部品だけでもと思うが、その場合は自転車を丸ごと買わなければ手に入らない。 「やはり無理だな。」 そう思っていた。ところが、私の旅を知ったオーナーのオスマン氏が、 「悪い所はどこだ？直してあげるよ。」 そう言って飛脚号の調子の悪いホイール内のシャフトやベアリングを支える部分を新しい自転車のと交換してくれると言う。 「でも、それではこの自転車は売り物にならなくなってしまうのでは？」 と聞いてみたが、 「いいよ。」 と言う。そして別の倉庫に車で私を連れて行ってくれ、そこでホイールの部品交換。さらにオスマン氏は、昼食に羊肉とマンゴーで持て成してくれた。無事に修理も終え一段落。 「マリの次はどこへ行くんだい？」 「ブルキナファソです。これから午後にビザを取りに行くんです。」 と言うと、 「よし今から行こう。」 と言う。 「午後の３時だから、まだできてないと思います。」 そう言ったが、私を車に乗せ連れていってくれた。ブルキナファソ大使館に着くとビザは既にできているではないか。 オスマン氏には色々とお世話になってしまった。大切な自転車部品を私の自転車のために、私の旅のために交換してくれた。昼食も出してくれ、大使館にまで連れて行ってくれた。短い時間だったが、何から何までしてくれて感謝この上なかった。何と言って良いやら・・・オスマン氏には本当に感謝。地元の人にお世話になると、何か大きな借りを作ってしまったような思いとなる。 「日本に無事帰国したとして彼らのためにいったい何ができるのか。」 そんな考えが頭をもたげた。 翌朝５月２８日、ショッキングな出来事が起こった。日記を電子手帳に打ち込んでいると、電池交換の指示が出た。何をどう間違ったのか、電池を新しくしてスイッチを入れても過去に入力したデータが出てこない。 「そんな馬鹿な。」 と何度見ても今まで打ち込んだ２５０人分の住所や、カードに保存したデータが消えてしまって出てこない。ロンドン以降に出会った人の住所は一瞬で消えてしまった。日記は定期的に地元のファックスと電話回線を使ってプリントアウトしていた。しかし住所録は打ち出してはいなかったのだ。ショック。すっかり落ち込んで、走る気力もなくなってしまうほどだった。 「こんなに簡単に消えてしまうなんて・・・。」 この落ち込みは一週間以上続いた。やはり機械は機械でしかない。バックアップは完全にやっておかないと。いつまでも落ち込んでいても仕方なく、私はジェンネ、ドゴンヘ向けてマリ北東部へ走り始める事にした。バマコを後にするその前に、すっかりお世話になってしまったオスマン氏の所に寄り、お礼を言った。 「本当にありがとうございました。またいつの日かお会いできる事を願っています。」 記念写真を撮って出発する。
マリ オスマン氏（右から２番目）の自転車屋（バイク屋）でスタッフと。 
マリ 本当にお世話になってしまったオスマン氏。 
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