第２７０話　８１カ国目　ギニア

「川で洗濯をしていると・・・。」

赤い大地はどこまでも続いていた。

アラスカ出発　１９９２／４／１～ギニア　１９９６／５
ギニア出国までの走行距離　約８４０３１ｋｍ

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アフリカ走行　１９９６／２／１～１９９７／５／２８
走行距離　約２２１０７ｋｍ

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ギニア走行　１９９６／５／５～１９９６／５／２２
走行距離　約１０２３ｋｍ

　翌日５月９日、テントを畳み出発するが、この日もハードなデコボコの洗濯板のような道は続いた。ギニアに入国してからと言うものこんな道が延々と続いているので、いい加減に尻も腕も痛くなってきた。走行は厳しいものがある。しかし周囲に見える山々の緑と赤土のコントラストは最高だ。道が舗装されてさえいれば８０点をつけていい絶好のサイクリングコースになりそうだ。

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　ギニア　尻は痛いが、小さな集落を見ながら走る大自然はとても気持ちがいい。

　この日真っ先に通過したのはパポダラと言う村。村を走っていると、人々の目が私に集まった。少し警戒の眼差しで見ている子どもたちもおり、「次の村の情報」も仕入れないまま、小さな屋台でバナナのみを購入してそのまま走り出してしまった。タンクの水はわずか２リットル。これで十分だと思っていた。この先に大きな峠があるなど全く予想せずに村を後にしたのだった。

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　ギニア　パポダラの村を通過。

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　ギニア　パポダラの子どもたち。怪しげな表情を浮かべて私の方をじっと見つめていた。

　こんなギニアの田舎の村から村の途中に、まさかきつい峠が存在するなど夢にも思っていなかった。しかし甘かった。ギニア西部には標高１０００ｍ程のフータジャロン山地と言うのがあり、快適な高地が内陸部にはあるのだが、このとき私はその高地へと向かっているところだった。暑さに加え、急勾配。そこを２リットルの水だけを持ってペダルを踏んでいたから、さあ大変。

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　ギニア　犬もヒーヒーと言いながら？ぐったりと歩いていた。

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　ギニア　これから高地へ向かって行くとも知らずに・・・。

　酷暑の中ペダルを踏んで行くが、急勾配の道は延々と続いた。暑さのせいかかなりしんどい。２リットルしか水は無いと思うと余計に焦ってしまう。ちょびちょびと飲んでいたつもりだが、あっという間に終ってしまった。乾季とあって川らしい所には水は一滴も見当たらない。そうなると喉は余計に渇いてくる。どこにも水などありゃしない。それでもやっとの思いで峠に着いた。しかしここにも水は無い。もう喉はカラカラ、限界に近かった。峠を越えてからも道は下らずにそのままアップダウンを繰り返していた。が、しばらく走ると、ちょろちょろとわずかな水の流れる小さな川を発見した。
「川だ！水だ！」
私は興奮して自転車をその場に投げ出し、川に下りた。小さな川を５メートルほど奥へ歩くと、水の湧き出ている所があった。目の色変えて自転車のバックからウォーターフィルターを取り出し、フィルターを通してその水を飲んだ。標高が高い所だったので、沸騰させずにそのままフィルターを通しただけで飲んだが、とてもうまい水で、腹いっぱいになるまで飲んだ。せっかくなのでこの現場の写真を撮る事にした。

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　ギニア　岩の奥から、本当にわずかな水しか湧き出てはいなかった。

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　ギニア　フィルターを通して飲んだこの水は最高にうまかった。

　喉をカラカラにしながらジャンゲブリと言う村に着いたのは、午後の３時過ぎだった。腹もペコペコだったのでどこかにレストランがあればと探した。ここの村の家は今まで見た簡素なものとは違い、コンクリートで造られているものが多かった。とても頑丈そうだ。標高が上がった分、雨も多く気温も下がって寒い？と言うことなのだろうか。

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　ギニア　ジャンゲブリ手前の道。少し走り易くなった気がする。

　レストランに入っても、今まで３００～５００ギニアフランと低価格だった昼飯の値段が、１０００ギニアフラン。ぶったまげた。ところが値段が高い分、質も上がった。かつてはご飯の上に牛肉は少ししかのっかっていなかったが、ここでは信じられないくらいの牛肉の量。アフリカ民と共にした今までの小さなおかずとご飯を考えたら、その量の多さに恐縮してしまうくらいだ。私にはこのくらいの値段がいい。本当にうまい「牛肉丼」だった。ここではいつものようにコッフェルに１５００ギニアフラン分の白飯を詰めてもらった。こうしてもらうと自炊の時間が省け、余暇時間が増えて、仏語の勉強ができる。

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　ギニア　レストランで食事をしていると、牛が私を見つめていた。

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　ギニア　ジャンゲブリの村で。標高が上がったので、だいぶ涼しくなった。

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　ギニア　ジャンゲブリで私の方を珍しそうに見つめていた子どもたち。

　村ではオレンジやマンゴーなどのフルーツを買い、その後も走行続行。村を出ると再びきつい上り坂が始まった。気温はすでに下がっており、空は曇ってきて今にも降り出しそうだ。

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　ギニア　今にも雨が降り出しそう。すぐ向こうには雨雲が。

　夕刻の雨が降る直前に、この日の寝場所を確保してテントを張った。ちょうど張り終える頃にスコール。久々の雨に喜び、林の中で私は一人、パンツ一丁になり天然シャワーを浴びた。
「わーこれぞ天の恵みシャワーだ。」
調子に乗って大粒の雨に打たれていたのは良いが、体を洗っていたらすっかり冷えてしまった。しかしテント内に入るとちょうど心地よい気温になり、この夜は気持ち良く眠る事ができた。

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　ギニア　ここで天然のシャワーを寒くなるまで浴びていた。

　翌朝５月１０日。朝食にマンゴーを食べ今日も出発。昨日に続き急な上り坂から始まる。しかし標高は除々に上がっていて９００ｍ～１０００ｍくらい。顔に当たる風もかつてのように高温多湿のものではなく湿気の少ない爽やかな風だ。そんな気候の中での上り坂は以前ほど苦にならなかった。

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　ギニア　緑の多い高地で。

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　ギニア　相変わらず赤土の道は続いていた。

　フータジャロン山地を走るようになると、以前のギニアビサウやセネガルで見たような木陰でぐったりしている人の姿はなく、皆活発に動いていた。家畜も鶏や牛、ヤギがおり、動物たちでさえもどこか生き生きして見える。やはり生物が元気に暮らす環境には限度があるのだと実感する。当たり前の事なのだが、人間の生きて行く環境の大切さという物を痛感した。こうした土地を走っていると私も生き返る思いがする。

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　ギニア　大きなマンゴーの木の下で一休みして行く。

　１０００ｍ程の高地に出ると、さっぱりとした凌ぎやすい気候だった。風がとても爽やか。そう思っていたら、セネガルの女性が着ていたのと同じような艶やかな服装の女性の姿を見かけた。ここも同じような格好をする人がいるのかと思い、後で地元の人に聞くと、彼女たちはセネガルからこのギニアに出稼ぎに来ているのだと言った。
　平坦で気持ちの良い高地を走っていると、途中に川を見付けた。透明なきれいな水がそこに流れている。たくさんの地元のおばさん方が洗濯をしているので、私も彼女たちに交じってこの川で洗濯をすることにした。私が衣類を持って川岸にやって来ると、
「妙な東洋人がやって来たわ。」
と言った風でこちらの様子を伺い始めた。おばさん方の目をよそに、私はＴシャツとパンツと帽子とタオルを洗い出した。石鹸もなく水洗いをしていると、一人のおばさんは言葉なしに石鹸を渡してくれた。
「これ使え。」
と言っているようである。それから彼女たちの洗濯は中断され、視線は私に釘付けとなっていた。それでも私は気持ち良く洗濯を開始した。慣れていない訳でもないが、その女性たちにはぎこちない手つきに見えたのだろう。そのうちにいてもたってもいられなくなったのか、呆れ顔した一人の女性が、
「何やってんのあんたはー」
と言わんばかりのジェスチャーで、
「こっちへよこしなさい！」
と私のブツをとって洗い始めてくれるではないか。洗濯板は川岸の石。衣類がちぎれるのではないかと思うくらいにその上で、
「ゴシゴシゴシゴシ。」
それが終ると、思い切り川に衣類を叩きつけ、
「バシン、バシン、バシン。」
洗い終わった衣類はボロボロ・・・ではなく、真っ白に。感謝感激。９割近くがイスラムで夫は４人まで妻を持つことが許されると言われているギニアで、洗濯を男がやると言うこのときの私の行動は、彼女たちにしてみればかなり異様で、違和感のある光景だったのかもしれない、と後で思った。とにかく優しい女性たちに感謝した。
　洗濯を終えて走り始めると、今度は、
「マンゴー食べるか？」
と見知らぬ現地の男性がマンゴーをくれた。再び感謝。
　気温も涼しくなり、爽快な気分で次の街を目指し進んだ。この先にはラベと言う大きめの街がある。そこまで行けば後は舗装路を走れるはず。そう思っていたら、遂にアスファルトの道が出現した。標高も９００ｍ程で、陽射しは強いものの低地に比べれば本当に凌ぎやすい。これからは爽快に走る事が出来そうだ。

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　ギニア　ラベ近くまでやって来ると、道はアスファルトにと変わった。

　ラベに着き、１０ドルを払って水無しのホテルに一泊する事にした。電気はギニアビサウと同じように夜だけ発電機を使うらしい。国にもよるが、金を払ってホテルや宿に泊っても電気や水が無く、あってもバケツ一杯と言う所があり、テントの方が快適、と言う場合も少なくなかった。

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　ギニア　ラベのホテル。１泊１０ドル。水無しのホテルだった。

　街の銀行に行くと両替はできないと言われる。変な銀行だ。仕方なく路上で両替商を捕まえて行った。ここラベでは２泊し、ダート走行の疲れを取るべく、休息をとることにした。翌日の午前中一杯は横になった。昼過ぎから外に出て牛肉を食べる。食ベないと走れないので、ケチらずに思いっきり食べた。その後は人々の生活の様子を伺いに町をぶらぶらと歩く。汗を流し必死で働く人々の姿、特に子供たちの姿にはいつも心を打たれてしまう。長い鉄の棒を頭の上に載せ汗だくで歩く少年、急な坂道を重いリアカーを押して歩く青年。少女は相変わらずマンゴー売り。必死に生きている小さな子どもたちの姿は途上国では多く見掛ける。
　午後３時にホテルの近くの食堂に入った。ここでアメリカ版「青年海外協力隊」のピースコープで活躍する２名に出会った。デイブとウェンディーと言うカップルだった。彼らからギニアの走行情報を少し聞く。さすが現地でボランティアをしているとあり、地理にも詳しかった。
「あらやだ、自転車で世界一周しているの？ダボラも通るの？それなら是非寄っていって。」
それは嬉しいと住所を頂き、後で訪ねる事にした。
　翌日５月１２日。１日休息をとったためか走行の疲れもとれ、体力も回復した気がする。ホテルは水が出ないので、近くの地下水汲み上げポンプのある所まで水を汲みに行った。しかしここにあった足踏み方式のポンプは調子が悪いらしく、踏んでも水は出てこない。ところがすぐ近くのいた兄ちゃんがそのポンプをリズミカルに踏むと水は出てきた。
「うまいもんだなあ。」
思わず感心。何かコツがあるらしい。
　水を汲んで準備も出来たので出発。ギニアビサウでは地獄の暑さだったが、ギニアの高地は標高も１０００ｍ程で気温も３０度以下。午前中はなんと２５度。以前味わった４５度からすると信じられない世界だ。小鳥の声もすがすがしく響き渡り、久々に爽快なサイクリング気分を味わった。

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　ギニア　眼下にジャングルを見ながら。

　ピタの町の入り口では警官が、
「おまえ、黄熱病の予防接種の証明書は持っているか？」
と聞いてきた。なぜか知らないがギニアの警官は威張っている感じでどうもたちが悪そう。イエローカードを持ってはいるが、こんな所で見せる必要性もないので無視する。無ければ罰金でもせしめてやろうという魂胆は見え見え。威張っているこう言う奴は嫌いなので、私はすっとぼけて待っていた。すると諦めたのか、
「行け。」
の合図。いったい何なのだ。ああ言うのを悪代官、庶民の敵と言うのだ。
「馬鹿め。」
ふんぞり返った奴らの態度につい腹を立ててしまった。パスポートの記入をするでもなし、ただのんびり座って、竹の棒を垂直にしたり平行にしたりして、
「行ってよーし。」
などとやっているだけだ。地元の人が困った顔をして賄賂などを払わされる場面は何回も目にしてきた。
　このピタの町では市場が見ごたえがあった。ここで野菜や果物を購入。またパームオイルから作ったと言うおばさん手作りの石鹸を見付け、面白そうだったので少量買って行く事にした。そして再び出発。

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　ギニア　パームオイルから作ったと言う天然の石鹸を買ってみた。