第２６２話　７８カ国目　セネガル

「ゴレ島の悲しい歴史・・・。」

この建物からアフリカの人々は奴隷として海外に出されていった。

アラスカ出発　１９９２／４／１～セネガル　１９９６／４
セネガル出国までの走行距離　約８２６２０ｋｍ

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アフリカ走行　１９９６／２／１～１９９７／５／２８
走行距離　約２２１０７ｋｍ

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セネガル走行　１９９６／３／２５～１９９６／４／２３
　１９９６／４／２７～１９９６／４／２９
走行距離　約２５０ｋｍ

　トーマスのキャンプ場では、モロッコからモーリタニア間の手記をまとめた。約２か月分をまとめるのにかなり日数を費やしてしまったが、たまにダカールに出向きスライドの現像をしたり、これから旅を続ける上での買い出しなども行った。飛脚号のリアキャリアの台座が破損してしまったので、これを修理できる所を探したりもしたが、アフリカには電気溶接をしてくれる所が多く、すぐに見つかった。少年たちに、
「ここを直して欲しい。」
そう言うと、笑顔で張り切って直してくれたのだった。

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　セネガル　溶接をしてくれた少年たち。

　キャンプ場では毎日電子手帳に向かってピッピピと手記の手直しを行っていた。これが遅く、まとめ上げるのにすっかり時間を要してしまった。その代わりにキャンプ場の皆と親しくなった。ドイツ人経営のせいか圧倒的にドイツ人が多かったが、中にはスペイン人カップルやブラジル人旅行者もいたので、そんな仲間と夜は旅の話で盛り上がった。キャンプ場で私は偶然誕生日も迎えた。
「今日は私の誕生日なんですよ。」
と言うと、ドイツ人のバイク野郎が、顔に似合わず小さなかわいいパイを私のために買って来てくれた。
「あ、ありがとう。」
とても嬉しかった。

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　セネガル　一番右のバイク野郎が私のためにケーキを買ってきてくれた。

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　セネガル　ワインで乾杯。

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　セネガル　キャンプ場に泊まっていた旅仲間と。

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　セネガル　左側に立っているのはモロッコ、モーリタニア国境を一緒に越えて来たバイクのアンディ。彼は身長が高かった。右のドイツ人も高かった？

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　セネガル　と思ったら、彼はブロックの上に乗っていた。

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　セネガル　レフィスケのキャンプ場の管理人をしていたトーマス。ここには日本人も良く泊まりにくるのだと言った。

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　セネガル　キャンプ場には小さな来客も。かわいいカメレオンだ。

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　セネガル　私にケーキをプレゼントしてくれたドイツ人カップル。

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　セネガル　バイクのアンディ。彼とはその後もしばらく手紙でやり取りが続いていた。

　キャンプ場での雑用を終え、記念すべきアフリカ最西端を目指しトーマスの経営するキャンプ場を後にした。再びダカールヘと向かう。何度も通った御馴染みの道。１時間ほどで市内に到着。
　目的の宿に着く前に、以前街で知り合ったアブラインと言う男に偶然再会した。前回彼は私にゴレ島のガイドをしたいと申し出ていた。今回も、
「また会ったね。ゴレ島とピンクレイクのガイドをやらせてくれないか。」
英語を話す彼に誘われたので、早速この日の午後１時３０分に待ち合わせをした。

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　セネガル　ダカールで泊まった安宿。

　約束のビルの下でアブラインと再会し、早速ゴレ島観光にと向かう。１９７８年、ゴレ島は世界遺産に登録された。オランダ語で良港と言う意味を持つこの島は、欧州列強時代に多くの黒人をアメリカ大陸に送り出した奴隷貿易港として知られている。ダカール港からゴレ島は目と鼻の先。周囲はわずか３キロで１時間も歩けば１周できてしまう島だ。爽やかな風吹くこの島をアブラインと共に訪れた。

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　セネガル　海上からみたゴレ島。

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　セネガル　オランダ語で「良港」を意味すると言う。

　１６２７年にオランダ人が定住を開始、以後奴隷貿易の拠点として島は利用された。１８世紀～１９世紀にかけて西アフリカの中では最も忙しい奴隷の船積み中継地とされたそうである。島にはメゾンデエスクラベ（奴隷の家）が今でも当時を忍ばせるようにひっそりとある。奴隷たちは船積みされるまでの間、ここの建物内に収容されていたのだと言う。今ではひっそりとした平和的な建物に見えるが、３００年前には黒人が次々にアメリカ大陸に奴隷として船積みされていったのだ。目の前の静寂な光景からは想像し難い。

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　セネガル　メゾンデエスクラベ（奴隷連の家）が今もひっそり建っている。

「悲しい歴史だよ。」
とガイドのアブラインが言った。もし彼もその昔に生まれていたとしたら、アメリカ大陸に送られ、奴隷として生きていたかもしれないのだ。「奴隷の館」は海岸に隣接されて建っていた。建物の中に入ると、真っ暗な中に小さな光が見えていた。これが積出しを行う入り口だったのだろう。希望の光ではなく、それは地獄への入り口として当時の黒人たちには恐れられていたのかも知れない。

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　セネガル　希望の光ではなく、地獄への入り口として当時の黒人たちには見えていたのかもしれない。

　アメリカから黒人が自分のルーツを辿る目的でこの館を訪れる事もあると聞いたが、自分の祖先がこうして奴隷の館からアメリカにやって来たと知れば悲しい気持ちになるだろう。小さな島の悲しい歴史。世界遺産に登録された２０年後の１９９８年に、アメリカのクリントン大統領が島を訪れ、奴隷制は我々の歴史の中で最も困難な一章だったと、米国史の汚点だったことを認めたという。
　隷制の館を見学した私は、その後もアブラインと共に島を少し歩いた。島にはポルトガル人の建てた要塞などがあり、美しいダカールの眺望が見えていた。小さな島の大きな遺産・・・感じた事は大きかったような気がする。

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　セネガル　彼が案内してくれたアブライン。

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　セネガル　その昔ポルトガル人たちが造ったと言う要塞を見学。

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　セネガル　砂で絵を描いていた黒人男性。今まで各地でほとんど土産を買った事の無かった私も、この島で、彼の作っていた小さな砂絵を買った。

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　セネガル　島民の生活風景。

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　セネガル　島の路地を歩いて。

　観光を終え、この日は彼と夕食を共にする。新聞を配ったりして食べているらしく、定職は持っておらず収入もままならないとアブラインは言う。ゴレ島のガイドは貴重な収入源になっているらしい。
　翌日午前１１時に待ち合わせをし、ダカール郊外のピンクレイクにと出掛ける事になった。ガタゴトと満員のバスに揺られながら目的地に向かっていると、車内には砂埃が舞い上がり、盲目の老人がコーランを唱え始める。乗客はさりげなく聞き流していた。
「ここで降りるよ。」
アブラインが言うので付いていくと、彼の家に到着した。コンクリート小屋なんて言ったら悪いが、質素な住まいだ。８畳位のコンクリートの部屋の上部に３０センチ四方の穴が一つあり、入口にドアはなく、カーテンだけが吊るされてあった。しかし電気があり、ラジカセもある。私を昼食に招待したかったらしいが、彼の奥さんは知らなかった様子でまだ作っておらず、２時間ほど待たされやっと魚と野菜を炒めたもので昼食となった。

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　セネガル　アブラインの家。凄かったがここで食事・・・。

　食事を済ませ、我々はバスでピンクレイクヘ移動。本当にピンク色かと期待したが、単なる茶色の小沼がピンクレイクと呼ばれているようだ。貝殻の成分か何かが水の色を赤っぽくさせ、ピンク色に見えるという。言われてみればピンク色をしているような気もした。騒ぐ割にはあまり美しいものでもなく、期待はずれ。日光の当たる時間帯がまずかったのかもしれない。

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　セネガル　ピンクレイク。そう言われて見ればピンク色に見える気もする。

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　セネガル　こちらもピンクレイクなのだが。

　アブラインにはお礼を言い、住所交換をして別れた。
　ダカールではまだする事が残っていた。レフィスケのキャンプ場でまとめた手記とフィルムをＤＨＬで日本に送ったり、日本からの手紙を大使館で受け取ったりもした。
　一番問題だったのはモーリタニアでおかしくなってしまった反回転の効かない最悪のハブ（後輪の軸）の修理だった。２、３日探しても良い自転車屋は見つからず、半分諦めて、このまま反回転の効かないペダルを踏んでコートジボアールの首都アビジャン（次の部品補給地）まで走り続けねばならないと思っていた。
「こんなダカールのおんぼろの自転車屋に、日本のシマノの良いハブが売っている訳が無い。」
市内の自転車屋と言う自転車屋には一昔前の部品が並んでいる。店に入り、
「ダカールの一番良い自転車屋を教えて下さい。」
と聞くと丁寧に地図を書いてくれた。早速そこへ向かう。しかし言われた場所には工場のような建物があり、当てになりそうもなかった。店内には案の定古い部品が並べられていた。主はフランス人らしい。工場の奥には工具がきれいに整頓されている。もしかしたら、と希望を持ってそこで作業をしていた男に聞いてみた。
「あのーこれと同じホイール（ハブ）なんてないですよね・・・。」
ちょっと太目のその男の名はガルシア。彼は引き出しの中から自転車のハブを取り出した。それは私のハブのスポーク穴と同じ３６穴。同じ型だった。
「そ、それは？」
「過去に西サハラを越えてきた欧州のサイクリストの中古品だよ。」
早速その中古品を売ってもらう事にした。西サハラ越えをしてきた欧州人サイクリストはトラブルがあると、たいがいこの自転車屋を訪ねるのだと言う。どこか雰囲気が違うと思ったら、ガルシアはブラジル出身だと言った。その昔、イタリアでの自転車レース参加経験もあると言った。彼の自転車修埋の手捌きは目を見張るものがあった。欧州人の使い古しの中古品でも次のコートジボアールまで保ってくれればそれでいい。３０００～４０００ｋｍ位なら大丈夫だろう。早速安く譲り受けることにした。スポークも全部外してそっくりハブを交換。アフリカ走行の為にロンドンで新調したのがまずかった。かえって交換しなかった方が良かったのかもしれない。２時間ほどで組んでもらい、まるで新品の自転車にでも乗っている気分になった。あまりに嬉しくてガルシアの写真を撮らせてもらった。

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　セネガル　ガルシアに修理をしてもらった。

　このハブが後にトラブルを起こそうとはこのとき思いもしなかったのだが、このときはガルシアに出会えて修理してもらえ、本当に喜んだ。もしここダカールでガルシアに出会えなかったら、反回転の効かないペダルでコートジボアールまで４５００ｋｍを走らねばならなかったのだ。今考えたらぞっとしてしまう。
　西アフリカを走り続ける諸準備が一通り終ったので、ダカールの街中を見て回った。大きな街だけあって、物乞いの子どもたちも多く見かけた。直径２０ｃｍ程の小さな缶を片手に小銭を貰い歩く少年。店を回り、少しの砂糖や粉ミルク、パンのちぎれやくずをもらったりもする。ダカールではこう言った少年、いや少年だけでなく大人も随分多く目にした。あまりの多さに店員もそっぽを向いていたりする。プラスチックのコップを片手にその中のわずかなお金をチャリチャリと鳴らし歩き回る老人、また盲人も目にした。

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　セネガル　鮮やかな服を着た女性。

　リッチそうなセネガル人もいれば乞食も目にし、同じセネガルでも貧富の差が極端に大きいように見えた。銀行に出向き、写真屋にも行ったりしたが、どこへ行っても子どもから声がかかる。
「僕がこの自転車を見ててあげるよ。だから戻ってきたらお金をくれよ。」
私は自転車の鍵を持っていたので、
「鍵があるから大丈夫さ。」
と言うと、
「鍵なんか壊されちゃうよ。」
そんなことを言う子どもたちだった。小さな子供も皆必死で生きている。そんな実感が湧いたダカールの街中だった。

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　セネガル　ゴミが散らかるダカール市街。子どもたちの物乞いを多く目にした。