第２５７話 ７７カ国目 モーリタニア 「ラクダのミルクをありがとう・・・。」  左の銀のボールにラクダのミルクを入れてくれたのだが。
アラスカ出発 １９９２／４／１〜モーリタニア １９９６／３ モーリタニア出国までの走行距離 約８１６７７ｋｍ 
アフリカ走行 １９９６／２／１〜１９９７／５／２８ 走行距離 約２２１０７ｋｍ 
モーリタニア走行 １９９６／３／２〜１９９６／３／２５ 走行距離 約１１１８ｋｍ  |
|
朝方、テントを畳んでいるとフレンドリーな地元の人がやってきた。私の電子手帳を見て、 「それはサテライトか。」 などと言っている。モーリタニア内陸はパリダカールラリーの通過地点。ズエラットもそうらしい。こんな所で「サテライト？」なんて近代的な言葉を聞くとは思ってもみなかった。走り始めてしばらくすると、南方から一台の車。私の姿を見て止まり、 「どっから来た、どこへ行く？」 と尋ねて来た。 「モーリタニアは安全だ。問題は何もないよ。安心して走りなさい。」 そんな事を言うと北へと走り去って行った。どうやら欧米人のようだった。 しばらく走ると、今度は地元モーリタニア人の羊飼いの男が私の所まで駆け寄ってきて、 「犬を持って行かないか。」 と言う。犬と一緒なら楽しそう。しかしラクダならともかく、犬じゃ砂地はあまりにも頼りない。もったいないが断ってしまった。無人地帯かと思ったが、ズエラットを過ぎてからは色んな人に出会った。地元の人と触れ合いながら、ガタガタの道を地平線眺めながら南へと走った。 「こんな砂地なら自転車でも余裕で走れるじゃないか。」 町を出てから３０キロ位は砂地も深くはなかったので、サドルに乗って普通に走る事ができた。
モーリタニア ズエラットから南へ３０ｋｍ。この辺りはまだ普通に自転車に乗って走る事ができた。 
モーリタニア ズエラットから南へと向かう。この辺りはまだ走れる。 
モーリタニア 南に進んで行くと次第にこうした砂地も多くなっていった。 
モーリタニア それほど深くはないので、まだ自転車に乗って走る事ができる。 
モーリタニア ズエラットから砂地を南に走る私。 
モーリタニア また走り易い道が現われた。 
モーリタニア こうした日陰で十分に休んでは走り続ける。 
モーリタニア 緑があると心が和み、ほっとする。 
モーリタニア 南には何もない。地平線だけがどこまでも続いていた。 
モーリタニア 日中は陽炎が見える。 
モーリタニア こういう風景を見ると余計に暑く感じてしまう。 
モーリタニア 砂地の中に小さな木陰を見つけたので、ここで休んで行く。 
モーリタニア わずかな木陰でも嬉しい。  昼過ぎ。私は南に向かって車の走った轍を当てにして進んでいた。何もない土地のように見えたが、途中にはポツリポツリと幾つかのテントが目に入った。 「こんな所にも人は住んでいるのか。」 そう思ってると、大きな白いテントの中から人が出てきて、 「おーい、こっちへ来いよー。」 そう言って、大きく手招きしてくれている。
モーリタニア 「おーい、こっちへ来ーい。」私は早速彼らの所に顔を出して行く事にした。  呼ばれるがままに行くと、家族総出で私を出迎えてくれている。爺さんと女性二人、それに丸刈りの子供もいる。もしかしたらお茶にでも呼ばれるのかもしれないと思った。爺さんが子どもに、 「ほにゃららを持って来なさい。」 の指図をすると、子どもは何か入った銀のボールを持ち出してきた。中には１リットルくらいの白い液体が溢れんばかりに入っている。 「これは何だろう。」 爺さんは、 「飲みなさい。」 と言っている。しかしどう見ても飲めそうな代物ではない。ハエか何の虫かも分からぬものがプカプカ浮いてる。後でフランス人に教えてもらったのだが、これはラクダのミルクらしかった。 「ありがとうございます。」 死にはしないだろうが、これを飲んだら明日は絶対にどうかなる。そう思いつつ口にちょびっとだけつけて、飲めずに困ってしまった。そーだ。プラスチックのボトルに入れて持っていこう。飲むのは止め、ボトルに入れて持ち歩く事にした。 「これは、この先の走行の為に持ち歩いて行こうと思います。」 そんな意味の事をジェスチャーで伝え、銀のボールのミルクを空のボトルに移した。おばさんも丁寧にプラスチックのボトルを持ち出してくれ、これに入れて持たせて下さった。なんと親切なのか。銀のボール内にはまだミルクが残っていた。 「ほら、これを飲んでいきなさい。」 爺さんは再び勧める。どうしようか。飲むか飲むまいか。しかし私は、 「あの、さっきトラックが通ってお水を一杯飲んだから大丈夫。」 そう言うような事をジェスチャーで伝え、せっかくの親切を断ってしまった。飲めばどうにかなる、そう考えてしまうと、どうしても飲めないのである。今考えれば、あれを思いっきり飲んで、 「あーうまかった、もう一杯下さい。」 の一言でも笑顔で言ってあげたら、どんなに喜んだだろうかと思うのだが、実際は飲めずに終ってしまった。私は彼らに深々とお礼を言って写真を撮って出発する事にした。
モーリタニア こんな砂地でも私の走行を気づかってくれる人がいる。 
モーリタニア ラクダのミルクは飲めなかったが、その親切は一生忘れられない。 その後走り始めると砂地が始まった。飛脚号は所々で埋まってしまう。この日は線路脇の石の上を歩いたりしながら１日の移動を終え、途中でテントを張って自炊した。ヌアジブからの線路距離表示は５８０ｋｍ地点だった。
モーリタニア ゴツゴツとした土地が広がっている。 
モーリタニア 砂地も走れる所とそうでない所がある。 
モーリタニア 私は地平線を追いかけた。  この日はテントを張って自炊。その自炊も終わってテント内でのんびりしていると、それは長い長い、１７０台あまりの鉄鋼石を載せた列車が去っていった。その次に小さなを小さなミニ列車がやって来て、停まったかと思ったら中から２人のモーリタニア人が出てきて、 「水はあるか、大丈夫か。」 モーリタニアではどこへ行ってもこんなに皆親切。広大な国の大半は砂漠。こう言ったやりとりも彼らにとっては当たり前の心配りなのだろうか。 翌日３月９日。朝食を済ませ、朝から砂地を押して線路沿いを歩き始める。ぜーぜーと息を切らせながらやっと砂地から脱出。たかが１０ｍの砂地だが埋まってしまって大変。昼はチョコレートやらオレンジやらをかじった。暑くて食欲はない。砂地を走ったり歩いたり引っ張ったり、また時には線路の真中を歩いたり。砂地を引っ張るとなるとこれ程大変なものかとつくづく思う。溜め息ばかり。くたくたになって歩いていると、釘か鉄の尖ったものがかかとの裏に刺さる。 「イタイ！」 破傷風は大丈夫だろうかと心配になる。美しい夕日を見つめてこの日も自炊をした。
モーリタニア 線路の横の砂地にテントを張った。  一人砂地の中で自炊をしていると、いつものように全長２ｋｍと言う長い列車が走り去って行った。ラクダもヤギも人々も皆ターバンを巻き、鉱石運搬列車の上に乗っている。夕日に照らされた人々のその姿は穏やかで平和的な光景に映っていた。 翌日３月１０日。朝食を終え、出発。道には深い砂が溜まり、走れないので歩き始める。道はあるが自転車では埋まってしまうので、線路沿いをひたすら歩いて行く事になる。まったく気が遠くなるような走行。
モーリタニア この日はほとんど１日中線路を歩いてしまった。 
モーリタニア この程度の砂地でも重い自転車で走るのは無理がある。  でもこの日は３回も地元の人が車を止めて声をかけてくれた。また、例の小さなミニ列車を運転する男たちも停まって声を掛けてくれる。貨車を付けていない大きなディーゼル列車、彼らも心配して止まってくれる程だ。通る車殆ど、そして近くに住んでいたおじさんも車でわざわざ私の方にやって来てくれる。 「おい大丈夫か？水は？」 などと声をかけてきてくれたりした。こうなるとほとんど砂漠で迷うと言った心配はなかった。昼は日陰でにんじんやリンゴ、フルーツにかぶりついた。やはり自然の甘味が一番。それにしても使い慣れない筋肉を酷使し、肩も足も痛い。がしかし、地元のモーリタニアの人々の心使いが嬉しい。のんびりとおじさんとラクダがどこへ行くのかひょこひょこと去って行く。
モーリタニア こうした砂漠で頼りになるのはやはりラクダだろう。 
モーリタニア できれば１匹借りていきたいものだが・・・。 
モーリタニア 追いかけると逃げてしまうのだ。  不毛の地をラクダはまるで笑顔で歩いているようだ。改めてすごい動物だと思う。この日は３１ｋｍを歩きテントを張った。
モーリタニア この日も砂地にテントを張って過ごした。 
モーリタニア 地平線を眺め、星空を見つめて眠る夜は病みつきになりそう。  「あー疲れた。」 しかし何もない砂地、砂漠の大自然満喫である。 翌日３月１１日。朝から必死に線路沿いを歩き始める。シュンへはまだ着けそうにない。しばらくレールの上を押して歩きながら進んでいたが、また固めの砂地が現われたので、そっちを走った。しかしすぐに砂地を走れなくなったので、再び線路に戻る。
モーリタニア 線路を進んだり、砂地を走ったり・・・。 
モーリタニア 砂地を歩いたり、線路を歩いたり・・・。 
モーリタニア 線路を歩いて行く。  いつもと同じように走れる所は走り、埋まると再びレール側へ移動。そんなこんなを繰り返し南へ進んだ。暑い砂地をトコトコ歩いていると、昨日食べたオレンジのフレッシュな甘味が脳裏に浮かんできた。 「今日はもう切れてしまってないんだ。」 こんな走行が１０日も続いたら、きっとどうかなってしまいそうだ。三菱の４ＷＤ車が遠くを颯爽と駆けて行くのが見えた。車は１日に２、３台は通るだろうか。のんびりと草を食むラクダも見えている。
モーリタニア 草を食むラクダの姿があった。  砂漠で思い浮かぶのは冷たいビールや飲み物の事だった。 「あー、生ビール飲みたい。」 お金はあるから、あとは自動販売機があればそれでいい。しかしどっかのテレビコマーシャルのような訳にはいかない。そんな事を考えながら進んでいると、やはり通りがかった列車が止まり、更に通りがかりの車も止まり、 「大丈夫か。」 と声を掛けてくれた。贅沢を言うなら、 「冷えた缶ビールが欲しい。」 だが、さすがにここではそんな事も言えない。 ２５ｋｍ程走ると走り易いダート道が出現。そこからは距離も伸び、シュンまであと９ｋｍの所まで粘った。やはりペダルを踏んで走れるというのは嬉しい。線路脇の砂地にテントを張り、この日も自炊をした。
モーリタニア 見ていると本当に長い列車だと実感する。 
モーリタニア 砂地にテントを張って今日も野宿。  遠くに見える砂丘の、その頂点からは細かな砂がまるで霧のように舞っていた。 「ああした細かな砂の移動が大きな砂丘を作り上げていくのか。」 砂粒も積もれば大きな砂丘・・・になってしまうのだ。静寂の砂地の夜空を見上げれば満天の星。３６０度地平線の広大な地で野宿をして夜空を見上げれば、まるで大宇宙に放り出された気分になった。星はすぐそこに掴めそうだ。 翌日、３月１２日。 「さあ、シュンまでは走れるダート。たったの９ｋｍだな。水も食糧も待ってる。着いたら何を飲もうか。真っ先に缶コーラを飲もう。」 昔日本で見たコマーシャルと言うのが変な所で効果を発揮してしまうから困ったものだ。 遥か向こうに地元モーリタニア人の住むテントが目に入った。家族総出でこっちへやって来る。先日出会った家族の事を思い出した。またラクダのミルクを持って来るのだろうか。１、２分かけて歩いて私の所までやって来た親子は、 「どっから来たの？中国か韓国か？」 いろいろと聞いてきた揚げ句、私の時計をくれと言う。一つしかないからと断った。物を与えてくれる人に、くれくれとせがむ人。同じモーリタニアでも色んな人がいた。旅行者の良く通る所では与えるのが日常のようで、物も金もねだられた。 この日、ようやくシュンの村に到着。ズエラットからは３泊。これならヌアジブからシュンへの道も歩けたかもしれない。 シュンの村では、私を見つけた子どもたちが早速駆け寄って来た。 「ムッシュー、ムッシュー、どっから来た、これをくれ、これをくれー。」 大勢に囲まれては物をねだられた。後ろのバッグを触ってみたり、チャックをいじってみたりと、私の自転車は珍しがられた。小さな店に寄ると、ユニセフ（国連児童基金）と書かれたダンボール箱が多く目に入った。先進国で募金などが集められ、こうした国のこんな村に物資が届くのだ。雨が少量なのだろう。家の造りは皆土壁で、ボロボロと今にも崩れそうだ。商店を見ても陳列されている品は限られている。ミネラルウォーターに缶詰、パスタ、乾パン。生野菜は多く目にしなかった。 「何を食べて生きているのだろうか。」 そんな事をつい考えてしまう。どこに行っても子供たちはずっと私の後を付いて来て、自転車の周りをとり囲んでいた。
モーリタニア シュンの町に着くと、早速子どもたちの餌になってしまった。 
モーリタニア 元気の良い子供たち。どこに行っても付いてきた。 
モーリタニア シュンの村で。何もない村だ。 
モーリタニア 裸足で、元気にボール遊びをする子供たち。 
モーリタニア シュンの村。  １４０円の缶コーラを買い、１．５リットル１８０円と言うミネラルウォーター、それにスパゲティを買った。正規の両替レートで計算すると、物価は滅茶苦茶高い。日本よりも高いのだ。こんな所でどうやって地元の人が暮らしているのか不思議だった。 ２〜３軒寄って買い出しを終え、出発する事に。コーラでもぐいっと飲みたかったが、子どもたちの目の前ではそんな事もできなかった。 村の出口らしき所には警官がいた。彼が、 「パスポート。」 と言うので、提示をした。すると、１枚の紙を私に見せて、 「これは何かわかるか。『ＭＯＴＯ−５００』（ＭＯＴＯというのはオートバイのこと）」 と言う。 「いえ、分からないです。」 どうやら申告書のようなものらしい。通過するのにこの紙がなければダメ、ようするに金を払えと言う。村を通過するのに金を払うなんて聞いた事がない。私は紙に、「ＭＯＴＯ−５００」と書かれてあったのを見て、 「これはＭＯＴＯ（オートバイ）の事でしょう？」 と言うと、 「ベロ（自転車）もそうだ。」 と言う。 「そんなのはおかしい。」 すんなりとお金を払えばそれでパスポートを返してもらえるのだろうが、それでは道理に反する（と思った）。パスポートを手にしてから金を払わなければ返さないなんて、おかしいのだ。ユニセフから物資が送られてくるような土地で、私も払わないというのは郷に従っていない気もするが、悪い事は悪いのだ。外で意地を張って待つこと３０分。ようやく彼らは諦めてくれたようで、ＯＫが出てパスポートも返してくれた。こう言うときは素直に払うべきか、否か・・・。 シュンの村を出てからは余裕で自転車に乗って走れるかと思ったが、３０ｋｍ程南に走るとまた以前のような砂地が出現し、押したり引っ張ったりの繰り返しに。１日の走行距離が４３ｋｍに辿り付いた所でテントを張り、自炊した。
モーリタニア １日に進んだ距離はたったの４３ｋｍ。砂地ではなかなか思うように進まない。 
|