第１８２話 ５８カ国目 チュニジア 「チュニジアの少年たち・・・。」  「あれはアフリカ大陸・・・」 あの大陸をずっと南へ走って行けば喜望峰に着けるのか。
アラスカ出発 １９９２／４／１〜チュニジア １９９５／４ チュニジア出国までの走行距離 約６３３７７ｋｍ 
欧州・中東走行 １９９４／６／２９〜１９９６／２／１ 走行距離 約３４１３１ｋｍ 
チュニジア走行 １９９５／４／３〜１９９４／４／１１ 走行距離 約６７０ｋｍ  |
|
午前９時出航のはずのフェリーは１時間半ほど遅れ、１０時半にトラパニの港を出発した。
チュニジア トラパニの港を後にチュニジアを目指してフェリーは出航。  デッキの上でシートを敷いて座り込み、トマトやパンにかじりつきながらチュニジアの地図を広げ、これからどう走ろうかなどと考えていた。くつろぎ気分で船内の時を過ごしていると、チュニジア人が声を掛けてきた。怪しい二人組みに見えなくもなかったが、せっかくなので記念写真を撮ることにした。
チュニジア 声を掛けてくれたチュニジア人男性二人。 
チュニジア 地中海に浮かぶ小島。フェリーはアフリカ大陸、チュニジアにと向かっている。  チュニジア人とは私の旅の話などをして、しばらくコミュニケーションを交わした。彼らが去ってからしばらくすると、今度は日本語で声を掛けてくる家族がいた。 「コンニチワ・・・」 アメリカ人のような感じもするが、主人の話す英語のイントネーションを聞いて、ドイツ人だとすぐにわかった。 ドイツ人のジャーナリストを名乗るこの男性は、簡単な挨拶程度の日本語を話せた。聞けば、昭和天皇が亡くなられた時、日本に取材に来ていたそうである。そのとき早稲田大学の国際部にいたアメリカ人女性と出会った。それが目の前にいる今の奥さんだと言う。彼らが巡り合ったのは日本。どうりで嬉しそうに私を見て声を掛けてくれるはずだ。彼らには元気な男の子が３人。彼らとしばらくデッキの上で日向ぼっこをしながら、私のシートに座り込んで日本や今までの旅についての話をした。大学の国際部にいたと言う奥さんに日本の印象を聞くと、 「大変でしたよ。住むのは難しかったし、習慣などもやはり私には色々と抵抗があったわね。でもホームステイ先のお母さんはワンダフルな人だったの。彼女は最高だったわ。」 と言い、東京に関しては、 「余りにも周囲が急いで動いているようで、私は好きにはなれなかった。」 と言う。主人の方はジャーナリストと言う事もあってか、本人曰く、ドイツ語、英語、イタリア語、フランス語など、問題なく話せるのだと言った。家族とは１時間ほど話していただろうか。 フェリーに乗ってから何時間かが過ぎ、午後の３時に海を見渡すと、島のような陸地のようなものがうっすらと見えている。海面にはわずかな霞がかかっており、まるで海面に島が浮いているようにも見える。幻想的な眺めだ。
チュニジア あれがアフリカ大陸だろうか。
チュニジア うっすらとした幻想的な眺め。  「あれがアフリカ大陸なのか・・・あの陸地をずっと走って行けば南アフリカに行けるのか。」 そう思うと目の前の光景は信じられなかった。あの大陸が赤道を越えて南半球へと続いている・・・。未知の世界に思いを馳せるとは、まさにこういう気持ちの事を言うのだろう。しかし、今回チュニジアを走りに来たのは、アフリカ縦断のためではない。ちょっとだけ北アフリカのアラブ世界を体験しに来ただけ。期間にしたらわずか１週間程度の走行になる。 チュニジアの港に着いたのは午後６時を回っていた。フェリーから見る限りでは建物は近代的。今までに目にした欧州の街並とはそれほど変わりも無いように見えた。
チュニジア チュニジアの港に降り立つ。  港に泊まったフェリーから降りて入国審査にと進んだ。 「大丈夫かな。」 慣れたはずの入国作業ながらも、ちょっと緊張し、不安な気持ちになる。チュニジアのイミグレーション室内にはちゃんとコンピューターも置かれており、私の想像していた「原住民の住むアフリカ」のイメージとは似ても似つかない。ここはまだ地中海沿岸の北アフリカなのだ。係官は、 「フランス語は？」 と聞いてくるので、 「ノンです。」 と答えると、その後の会話は英語で進めてくれた。 「お金はいくら持っているのですか？」 「１５００ドル程です。」 こう答えただけであとは簡単に入国印をポンと押してくれた。次に進んだのが税関。ここでは珍しく念入りに調べられた。ユーゴスラビア出国時のときほどひどくはないが、最近では珍しい念入りの調べ方だった。周囲の車も徹底的に荷物検査を受けており、麻薬犬も活躍していた。麻薬犬と警官が私の方に近づいてきて、 「ハシシ（ドラック）を持っているか。」 と聞いてくるので、 「無いです。」 と答えた。麻薬犬は私のバックに興味を持っているような様子で、近くにやってくるとなぜか緊張してしまった。 無事に入国審査を終え、チュニジアの通貨を手に入れた。港周辺を見渡すと、フランス語と、みみずが這ったような形のアラビア文字が目に入った。初めて見るこのアラビア文字はどこか愉快。フランス語があるからまだ笑っていられるが、これがもしアラビア語のみの表記だったら困ってしまうところ。地図を見て頼りになるのはアルファベットで書かれたフランス語。これなら何とか読めそうだ。
チュニジア アラビア文字はみみずのような文字だ。 
チュニジア 「ようこそチュニジアへ」とでも書いてあるのだろうか。  港から首都のチュニスまでは約２０ｋｍの道のりだった。チュニスまでのアスファルトはまるで先進国のように走り易く快適。信号もあればガラスのショーウィンドウにネオンに遊園地。そこは西ヨーロッパとほとんど変わりなかった。 高層のホテルばかりが目に入り、果たして安宿はあるのだろうかと思ったが、旧市街地の街の方までやって来て何件か聞いてみると、だいたい１０ドル。 「ま、いっか。」 と１泊をお願いした。簡単に１０ドルに妥協してしまったが、後で他の宿の価格を聞いてみると５ドルと言うのもあった。がっかり。 部屋は３階。そこまで荷物を上げ、一息ついてから夜の８時過ぎにようやく飯にありつける事になった。 夜のチュニスの街に出れば、怪しい光景が目に飛び込んでくる。タクシーの運転手たちが車を停めて、集まって大きなヘンテコなビンについたホースの煙を吸っていた。 「なんだあれは？」 私が興味を持って近寄り、彼らに聞くと、 「シシャ」 だと言う。日本語にするとあまりいい発音ではないが、どうもこれが水タバコと言うものらしい。とにかく珍しくて面白いので、近くに行って写真を撮らせてもらった。
チュニジア 「これはシシャだ。」と地元の人々は言った。 
チュニジア プクプクと可愛い音がする。これが水タバコと言うものなのか。  まさかとは思ったが、彼らが、 「おまえも吸ってみろ。」 と言っている。 「ギクッ。これはタバコみたいなものですか？」 「そうだ。シガレットのようなものだ。」 と言ったので、肺に入れないつもりでちょっと吸ってみた。プクプクと言わせるのが楽しそうだ。吸った空気が底にある水の部分を通過すると、ポコポコと可愛い音がする。これが面白くて調子に乗って、プクプクを４、５回やってパイプを口から離すと思いっきりむせてしまった。 「ゲホゲホゲホ・・・」 彼らに思いっきり笑われてしまった。もう２度と吸うことはないだろう。貴重な経験。彼らにとってはこれは大きなタバコと言った感じなのかもしれない。レストランやカフェなど至る所でこのシシャを吸っている光景を目にする。 お腹が減っていた私は、安そうな庶民的な食堂を見つけそこに入った。ここでチュニジアスープと言うのを頼む。スープの中味は豆に肉、野菜も入っており、かなり煮込んであり調味料も色々と入っているらしく、なかなかの味。この辛味の効いたスープとパンを一緒に食べる。どうやらチュニジア料理は私の口に合いそう。このスープも辛いもの好きの私には、たまらない一品となってしまった。 かつてどこかの国で、のら犬がそこらじゅうを歩き回っている風景を見たことがあった。このチュニスの街では多くのノラ猫がミャーミャーと鳴いていた。街角に捨てられた残飯をあさる多くのノラ猫の姿が、どこか可哀想だった。
チュニジア チュニスで泊まった１０ドルのホテル。  翌日の４月４日、私はチュニジア走行を開始した。今回は首都チュニスからアルジェリア国境近くのネフタまで約７００ｋｍ。走れる所まで走ったら、再びバスでチュニスに戻ると言う感じだ。 チュニス市内から郊外に抜けるには車の嵐で、バスやトラックが巻き上げる砂埃に目を痛めながらの走行。パチクリと目をやりながら走ったが、何か口にも虫のような砂のような雑物まで入り込んでくる。 「これは参った。」 しばらく走るとハイウェイと閉口して走る田舎道を発見。早速この静かそうな道を走ることにした。手を振ってくれる親父さんに子供たち。 「この国にもきっといい人が多いのだろう。」 のどかな風景を見ているとそう思えてくる。
チュニジア チュニス郊外を抜けるとのどかな風景が広がり始めていた。 
チュニジア 美しい白い壁の家々が目に入る。 
チュニジア 広大な土地に植えられているのはどうやらオリーブの木々らしい。 
チュニジア 道沿いからは水路のような昔の建造物跡も見ることができた。 
チュニジア これらの建造物は昔、水路として使われていたのかもしれない。どこまでも大地と平行して伸びていた。 
チュニジア なんと平和的な光景だろう。  「ここがチュニジアなのか。」 私は半分ウキウキしながらペダルを踏んでいた。季節がいいのか、思ったよりも暑くなく、走りやすい。 途中通過した町では少年たちがサッカーをしていた。遠くで私の姿に気がついた５、６名の少年たちは、サッカーを中断し、ものすごい勢いで私の方に走って来た。よほど私が珍しいのだろうと思ったが、彼らは私の前方に立ち塞がると、無理に自転車を止めた。そして何をするかと思ったら、リアキャリアに付いていたテントのポールを引っこ抜き、更にカメラの三脚をグイっと引っ張ったかと思うと、あっちこっちに散らばって行ってしまった。カメラ三脚の上部は破損してしまった。 「な、何なのだ・・・これじゃあのアルバニアじゃないか。」 突然の事件に驚いた。さっきまでは人々は快く手を振ってくれ、フレンドリーに接してくれていたのに・・・。でも、そう言えばと思い出したのが、かつてマグレブ３国をバイクで走った知人の言葉だった。 「アラブの幼い子供たちの盗みには要注意。宗教心がまだ甘いから。」 幼いうちは宗教心が甘いから善悪の判断がつかない、物を平気で盗ってしまうから、という事らしい。私は自転車を止めて、遠くに立っていた彼らに近寄り、 「シーブープレー、シーブープレー」（お願い！お願い！） と繰り返した。返してくれと言う単語は知らないので、とにかく返して欲しいという願いを込めて、ジェスチャー交じりで小中学生くらいの子供たちに告げた。必死の訴えが彼らに通じたのか、少年は三脚もテントポールも返してくれた。飛脚号に戻ってまた走ろうとする頃には、今度は私のサイクルメーターが消えている。 「あらま・・・シーブープレー、おい、返しておくれー。」 隙を見て何でも取っていく彼らには、もう呆れる他無い。しばらく私が困った様子を見せていると、いつの間にか取って行ったボトルを返してくれた。 「あらボトルまで取って行ったの？」 逃げてしまえばそのままなのに、返してくれるのだから訳が分からない。からかっているだけなのか。アルバニアでの出来事とほとんど似たようなパターンだった。メーターも返してもらって、やっと出発。被害はゼロ。いや、三脚が破損してしまった。 子供たちはふざけて物を取って行くかと思えば、真剣な表情だったりするので、どうも理解に苦しんでしまう。大人の方はと言えばとても接しやすく、私が走っている最中何度となく手を振ってくれたりした。この差はいったい何なのだろう。
チュニジア 田舎の村を走っていると、少年たちがものすごい勢いで駆け寄ってくる。  その後は再び何事も無かったかのようにのどかな風景の中を牧草地や遺跡を見ながら南へとペダルを踏んで進んだ。
チュニジア 快適なアスファルト道を南へ向かって走って行く。 
チュニジア 道沿いからの眺め。 
チュニジア 牧歌的な眺めは続いていた。 
チュニジア 遺跡なども見える。  写真を撮りながら走っていると、荷物を山のように積んだ１台の二人乗りバイクがやってきた。私の近くをゆっくり走ると、そのまままたブーンと走り去ってしまった。何か情報交換でもできればと思ったが、そのまま行ってしまった。少々残念。 しばらく走ってから、途中で見つけた店に入り１杯２０円のコーヒーを飲んだ。日陰に入るとぐっと涼しくなり快適だ。ここで甘いコーヒーを飲むと走行の疲れも取れる。 コーヒーを飲みながら地図を片手に休んでいると、さっきの二人乗りのバイクが再び戻って来て、 「さっきはどうも。」 と、同じテーブルに座った。彼らはドイツ人のカップル。二人乗りでチュニジアのツーリングに来ているのだそうだ。５週間もの期間チュニジアを走って見て周り、もしリビアのビザが降りるようならばあの国も走ってみたいと言っていた。アルジェリアのビザは持っていた彼らだが、治安がひどそうなので止めたらしい。 「アルジェリアは砂丘など、とにかく美しいと聞いているので、本当ならば行ってみたいのだけどね。」 と言っていた。 ４０分程情報交換をして、その後は、 「またどこかで会えるんじゃないかな。」 と言い残し、それぞれの旅を楽しんだ。５週間の予定でバイクでチュニジアを走るならば、徹底的に隅々まで走って見れるのではないか。行動範囲の広いバイクが羨ましくないこともなかった・・・。 エルファフスの街でミネラルウォーターを買いに店に寄り、再び南へと走り始めた。しばらくすると、また少年たち・・・。自転車に乗って走る私を見つけた子供たちは、えらい剣幕で走って来た。 「わ、また来た・・・。」 私も全速力で走って逃げれば良いのにそれをしない。実は彼らとのやりとりを半分楽しんでいた。今度はどう出てくるのか。どんな行動をとるのか実は興味津々。少年たちは団体でやって来たのだが、そのうちの一人が私の気をそらせようと話し掛けてきた。何を言っているのかは分からないが、話してくれる彼の方に気がいってしまった。その隙に他の少年たちは背後に移動し、何もしていない振りをしながらバックのポケットに手を突っ込んでいる。片手にはなぜか石を握っている。しばらくすると、以前の少年たちとまったく同じようにリアキャリアに括り付けたテントのポールを引き抜こうとするではないか。 「それはノン（ダメ）だよ。」 と言っても聞かない。その後もしばらく私の周りにまとわりつくので、自転車に乗って出発できない。先に進みたいから走らせてくれと少年たちに告げると、ようやく道をあけて行かせてくれた。やっと諦めたのかと、バックを確認すると、 「あれ？ない？」 エルサルバドルで買ったビーチサンダルが無くなっている。いつの間に盗っていったのか。ちょっと視線がそれるとその隙に取って行ってしまうらしい。これじゃまるでプロフェッショナルだ。私は片方のサンダルを出して、 「おーいシーブープレー、返して〜」 と言うと、またちゃんと返してくれる。言えば返してくれる不思議な子供たちである。でも気がつかなかったらそのままになってしまう。とても困った様子を見せると、同情して返してくれるというのが彼らのパターン。まるで悪意の無い盗みと言った感じがした。 あのアルバニアもそう言えば５０パーセントはイスラム教徒だと言っていた。もしかしたらアラブの子供たちと言うのは共通した行動をとるのではないか。子供たちが同じように育つと言う事は同じような教育を大人がしているからかもしれない。初めて走るアラブの世界は私にとって難解極まりない。 この日はシディナイという名の町の手前で空き地を見つけ、木陰にテントを張って一夜を過ごした。
チュニジア 色々と感じたチュニジア走行の初日に幕を閉じた。 
|