第１７８話 ５６カ国目 イタリア 「つま先からシチリア島へ・・・。」  快晴のシチリア島。真っ青な地中海がたまらない。
アラスカ出発 １９９２／４／１〜イタリア １９９５／４ イタリア出国までの走行距離 約６３７３７ｋｍ 
欧州・中東走行 １９９４／６／２９〜１９９６／２／１ 走行距離 約３４１３１ｋｍ 
イタリア走行 １９９４／１１／２２〜１９９４／１１／２８ １９９５／３／１２〜１９９５／３／２０ １９９５／３／２５〜１９９５／４／３ １９９５／４／１１〜１９９５／４／２４ 走行距離 約２７７７ｋｍ  |
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パトラの港にあるギリシアのイミグレーションで簡単な出国手続きを済ませ、午後７時、イタリア行きのフェリーに乗り込んだ。 「短かったギリシアよ、さらば・・・。」
ギリシア 「さらばギリシアよー」短い走行と滞在だったが・・・。  それにしても忘れられない事件だった。どこか心にしこりが残ったまま、このギリシアと言う国を離れると言うのが納得いかない。出国するときは、やはり、 「この国をいつか、もう一度走ってみたい。」 そんな台詞を残したいものなのだ。 船内ではカナダ出身のマックスと言う旅行者に出会った。トルコへ行って風邪をこじらせたという彼は、ポストカードを山のように持っており、トルコの見所や物価、人について教えてくれた。ギリシアはとにかくクラクションの多い国だと彼は言う。狭い国だからかは分からないが、 「夜中の１２時、大通りのホステル内でわずか５分足らずの間に、数えたら、クラクション１００回以上聞いたぞ。」 と笑って言っていた。そう言えば私がアテネ市内に行った時もタクシーにバス、けたたましい音を鳴らしてバイクが所狭しと走り回っていた。 「ギリシアとはまた違って、カナダ東側もいい所だから是非おいでよ。」 マックスはそう言った。 この日は船内の宿泊となり、翌日午後２時頃、イタリアの「かかと部分」の港町ブリンディシに到着した。
イタリア 気持ちの良いアドリア海をフェリーに乗って再びイタリアへ。 
イタリア 海を見つめるカナダ野郎マックス。 
イタリア イタリア行きのフェリー。  ブリンディシ町の中央まで走り、両替を済ませ、早速走り始めた。２度目のイタリアのせいか、どこか気も楽だった。
イタリア ブリンディシの街へ。  シチリア島、マルタ、チュニジア目指し、「つまさき」の街、レッジョディカラブリアへ向けてぺダリングを開始した。クラクションを鳴らして激励してくれる家族やカップルの車とすれ違うと、とても元気が出るのだった。この日はフランカビッラフォンターナと言う街を少し過ぎたところでテントを張らせてもらう。
イタリア フランカビッラフォンターナの近くでテントを張った。  バルカン半島南下の旅は、不安定な国々で道もハード、山間部が多かっただけに多少疲れ気味だった。しかし、イタリアは質の良いアスファルトに平坦な道が多く好都合。チュンチュンピヨピヨと鳴く小鳥のさえずりを聞きつつ、あやしい雲行きの中を出発。しかし嫌な予感は見事的中。午前１０時にはザアザアと降り始めた。結局この雨は１日中続く事になる。 ハイウェイのような変化の乏しい道を走り続けていても、商店も何も見当たらないので、メインの道からはずれ、細い道を小さな町へと入っていくと、商店があった。ここで野菜、パン、スパゲッティにトマトソース等を購入。びしょ濡れの格好で食材を選ぶ私の姿は、その店の主には、きっと変に見えただろう。 この日１日「沈黙の走り」を続け、雨宿りできる誰も住んでいない家の中にテントを張って、一夜を明かした。
イタリア ボロボロの空家を見つけた。雨が凌げるだけで嬉しい。  東欧の寒さも雪も坂道も、嫌ではないと言うとウソになるが、特に苦にならず走行できる。しかしこの雨・・・。寒い日の雨は一番辛い。写真も撮れなければ、ご飯を食べるにも場所探しをしなければ自炊もできない。カッパを着込んでフードをしていると次第に首が痛くなり・・・。「雨」に縛られながら走っている感じがしてならないのだ。 「こんな日は走ってももったいない。」 そう思いながらも、やはり進まなければどうしようもない。 イタリアにしてもギリシアにしても、先進諸国の道はアルバニアなどに比べるとこの上なく良い。特にイタリアにおいては道路整備事情はとても良い。きめの細かいアスファルト、所により差はあるものの路肩もちゃんと確保されている。車の多ささえ気にしなければ、この近辺は意外にも走りやすかった。あとは天気さえ良ければ、なのだが。
イタリア どんよりとした天気の中をペダルするのは本当に気が重い。  小雨でスタートしたこの日１日、日差しなどほとんど当たらず、走って体を動かしていないと少々寒い。昼食も道沿いでさっさと済ませ、体が冷えないうちにまた走り出すといった具合。でもそんな中で、 「ピッピー、ピッピピピッピ、ピーピーーーー」 と陽気なイタリア人が励ましの（と思うのだが）クラクションを鳴らしてくれるのだ。しょぼくれたときにはこのクラクションがいい栄養剤になった。 小降りから曇り空に変わったが、地中海、ターラント湾は荒れていた。 「何か、イメージと違うなあ。」 もっと晴れ晴れとした美しいイメージを持っていたので、どうも納得がいかない。 平坦路を１３０ｋｍほど走り、大きい建物の軒下を借りて１泊。今日も野宿。雨をしのげる場所でほっとして眠りについた。
イタリア 今日の寝場所はこんな所。  翌朝は快晴。空は晴れ渡り、気持ちの良い１日のスタートとなった。ほぼ平坦な道なので、気分的にも実に楽な走行。コバルトブルーと真っ青の２色がおりなす「地中海色」は、私のイメージにぴったりと当てはまった。美しいポイントを見つけては写真を撮り、畑の芝の上に座ってのんびり昼食。手っ取り早い野菜とハムのサンドイッチが昨今の昼食パターン。
イタリア 道沿いから見る羊の群れ。 
イタリア どこまでも続くコバルトブルーの世界。私の抱いていた地中海のイメージにピッタリくる。 
イタリア 海岸沿いで。 
イタリア 道沿いから眺めた風景。 
イタリア あの向こうにはシチリア島。そしてエトナ火山が待っている。  小さな街でパン屋を見つけたので、イタリアンピザを買おうと寄ったが、安かったせいか、期待したほどのおいしさではなくてがっかり。パン屋のはやはりピザパンだった。イタリアを出る前に一度は、「これだ！」と言う本場のピザを食べてみたいと思うのだが。 この日は田舎町から海沿いにえっちらおっちらと自転車を引いて歩き、浜辺にテントを張った。
イタリア 天気の良かったこの日、浜辺にテントを張って過ごした。  イタリアではすっかりパターン化した走行が続いていた。走っては適当なスーパーや商店でフルーツ、野菜を買い、時間が来たら野宿し、自炊して距離を伸ばすといった感じ。アルバニアやルーマニアなどと違い、先進諸国の人々は生活が忙しいのか、私のような自転車旅行者をじっくり構ってくれる事もない。 「所得が高くなるということは、時間も少なくなると言う事なのか。」 途中で自転車屋を見つけたので、ここで予備タイヤを購入。１本１０００円ほど。フランス製を購入した。 ビアンコという名の町から崖崩れのための迂回路があったので、矢印に従って田舎道をアップダウンに苦闘しながらもペダルを踏んでいた。たまに車やスクーターが行き交う道で、日本の田舎の山道となんら変わりない雰囲気。そこへ２人乗りのスクーターの少年が、前方３〜５ｍで止まって私に聞いてきた。 「ドーヴェバイ？（どこ行くの？）」 「シチリア島へ行きたいんだ。」 どこの国にでもいるフレンドリーな少年たちだろうと思った。しかし色々としつこく聞いてくる。そのうちに、 「デネーロ（お金）」 だとか、 「バックを道に置け。」 のようなジェスチャーをし始める。何か様子が妙なので、 「行かなきゃならないから。」 と走り出すと、後を付いて来る。小高い山の山頂まで来ても、まだ付いて来る。私が止まると相手も止まり、そのうち一人の少年がスクーターから降りてきて、フロントバックの後ろのポケットの所に手をやり、それは素早く、まるでガンマンが腰から銃を抜くかの如くチャックをスっと開けてしまった。 「ノー！！」 怒るように私が興奮して大声で叫ぶと、２人は諦めたのか、スクーターで去っていった。まるで訓練されたかのようなあの手つき。 「いやーすごい早業だったなあ。」 と後になって感心してしまった。ナイフを持っていたわけでもなく、私も暴行を加えられたりした訳ではなかったので、良かったのだが・・・。 少し興奮気味で山道を走り続けていると、後方からポリスの車がやって来た。私は慌てて、車を停め、 「あの、さっき、二人の少年、あっち、逃げた。私のバック、こうやって・・・」 私はスペイン語とジェスチャーで必死に伝えた、すると警官たちは分かった様子で、 「あっちへ逃げたんだね？」 「はい。」 警官はそのままスクーターの少年たちを追っていった。その後もしばらく迂回路を走っていると、再び警察の車がやって来た。 「二人を捕まえたんだ。ちょっと署に来てもらえるかな？」 私はその車の後に付いていき、北に位置する街に多少戻る事になってしまった。 警察に着くと、小さな事務所に案内された。そして警官は、 「この穴から見てごらん。」 というので、壁に小さく設けられたその穴を覗くと、さっきの少年たちがいた。 「あ、さっきの少年たちだ。」 彼らからは我々の穴は見えない様子。私は警官に、 「奴らです。」 と言うと、 「そうか・・・それでいくら盗られたんだね？」 「いや、お金は盗られてはいないんですけど。」 「何も盗られてはないの？」 「ええ。」 警官は、「な〜んだ」と言った風で少し笑っていた。私としては窃盗未遂だと思っていたのに、彼らとしてはなんか的が外れたようだった。少年たちはその後無事に開放され、警察から出て行った。私は警官と旅の話などをした。 「スカンジナビアとか、ヨーロッパの北の人間は冷たくないか？」 そんな質問をしてくる警官が印象的だった。 地元の警察に聞いて知ったが、イタリアの南部、特につまさきにあたる地域は治安はあまり良くない所だそうだ。走っている限りでは全く普通の、安全な国に思えるのだが。とにかくこの日は被害はなく、「経験」だけで終わった訳だが、まさかアルバニアのような事がイタリアでも起きたとは、未遂であっても少々ショック。それにしてもあの少年の「早業」は問題だ。きっと何度も行っている常習犯の手口、そう思わせた。 この日はブランカレオーネマリーナから少し走った所で野宿を決行した。
イタリア ブランカレオーネマリーナを過ぎた所で野宿を決行した。  翌日３月１７日。卵にパン、コーヒーなどを自炊して朝食を済ませ、シチリア島目指して走り出した。イタリアと言えばまるで長靴のような形をしているのだが、この日はその長靴の先っちょを経由して、シチリア島入りする事になった。幾分小雨交じりの天気の中、海岸線を左に見ながら走った。レッジョディカラブリアの街につく頃には天気も良くなり、海の色もくっきりと、コバルトブルーに変わっていた。
イタリア この辺りはイタリアの長靴の先っぽに当たる。  まるでハイウェイのような道からフェリー乗り場を目指していくが、街中は狭い路地に車だらけ。それほど車の数が多い。街中で今ひとつ方向感覚が掴めなかったので、ポリスマンを捕まえて、 「ボンジョルノ。ヴォレイアシシリア。」（こんにちは。シチリア島に行きたいのですが。） と、簡単なイタリア語で尋ねると、 「ここを下って、下の方でまた聞きなさい。」 と言われた。 海沿いの道をずっと走っていると、大きな船の泊まっている港を見つけた。早速チケットを買って、シチリア島への出航を待つ。付近にはイタリア人とはまるで違った感じのジプシー風の家族が５、６人。乳母車を押しながら係員とももめていた。 「彼らがさすらいのジプシーか・・・」 フェリーに乗ったのはわずか２０分。メッシーナ海峡を越え、シチリア島に上陸した。有名なエトナ火山は曇りなので見えず残念。 メッシーナからは時計回りで島を走り始める。島に入ると、半島の南部で見たような寂しさは感じられず、活気に溢れていた。街にはゴミが散らかり、車のクラクションがプープーと鳴り響き、人々を見ても、昔テレビ番組で見たような典型的なイタリア人の陽気さが漂っているように感じられる。この陽気さに誘われるように、私のペダリングもどこか軽やかだった。 時々小雨に降られながら、途中にあるスーパー等に寄っては野菜などを買出しする。 途中に小さな旅行代理店を見つけ、ちょっと寄って行く事にした。シチリア島からマルタ、チュニジアへ行くのに、移動手段は何がどうあるのかを知りたかったのだ。期待していたフェリーは夏しか運行しておらず、マルタへ行くには飛行機に乗らなければならない。これは高くつきそう。 その後サンタテレザディリーバまで走って野宿場所を探し、この日もまた空き地にテントを張った。ここのところ毎日スパゲティという食事が続いている。
イタリア サンタテレザディリーバの近辺にテントを張った。  翌日３月１８日。朝起きると心地よい日差しが入り込んできた。 「今日は晴れだ。」 天気ひとつが違うだけでこんなにも気分も違うものだろうか。テントを畳んで出発したのは午前８時。右手には雲のかかったエトナ火山（３３２３ｍ）。左手には地中海。今の時期は丁度暑くも無く寒くも無く、天気さえ良ければ最高に走り良い。気温は１５度から１８度。いや、少し暑いくらいかも知れない。 エトナ火山の麓を通過する頃はアップダウンも激しくなり、少々唸り声を上げつつの走行。
イタリア 真っ青な地中海を望みながら春のシチリア島を走った。
イタリア 起伏は激しいが気持ちの良い走行が続いていた。 
イタリア 南国の街を駆け抜けて。 
イタリア 真っ青な地中海を望む。  土曜日のせいか、家族連れや車でどこかへレジャーに出向く人々の姿が目立つ。人々と接したかったので、小さな店に寄っては買い物をしたり、また、道沿いにあるベンチで休憩したりした。 カターニアの街に着いたのは、午後の２時過ぎ。安い宿は果たして見つかるだろうかと不安だった。１軒目の大きな１泊２０ドルと言うホテルで、安宿のありかを聞くと、 「路地を入った向こうに安いところがある。」 と教えてくれたので早速行ってみる。古そうな、いかにも庶民的な宿がそこにあった。私はイタリアと言う国に来て、こう言う宿に泊まりたかったので、安くてボロいながらも大喜びした。値段は１泊９ドルと言う安さ。
イタリア １泊９ドルほどの庶民的な宿。  私は早速空港まで自転車で出向いた。時間があると、いつも空港に事前に出向かないと気がすまないのか、チェックインの場所や、カウンターなどを見て、確認して歩いた。便の確認も行うと、明後日にはマルタに発つ便があった。 月曜日に出発が決まったので、ほっと一息。宿にもどり、カターニアの街を見て歩いた。そこらじゅうに露天が出ており、肉屋に果物屋に野菜屋にと、活気ある人々の様子を見ているとワクワクしてきた。活気あるマーケットに出くわすと本当に嬉しくなる。インド系の人々に黒人系の人々の姿もある。ここからアフリカはすぐ目と鼻の先なのだ。
イタリア カターニアの街で。 
イタリア カターニアのマーケット。 
イタリア カターニアのマーケット。 
イタリア イタリア映画を見ているような、とてもいい雰囲気が街には漂っていた気がする。 
イタリア まだ雪帽子をかぶっていた、エトナ火山（３３２３ｍ）。  一軒の立ち食いピザ屋に入ると、近くにいた男が、 「日本の金持っているかい？」 と聞いてくるので、 「ルーマニアと、ギリシアのお金、コインなら・・・。」 そう言うと、１０００リラと交換してくれた。どうやら彼はコインのコレクターだったらしい。気さくな男の笑顔は親しみが持てた。 土曜の夜のカターニアの街は家族が歩き回り、のどかな平和的な風景がそこにあった。 翌日は日曜日。私は１日中部屋にこもって、バックのほつれを縫い合わせ、洗濯をし、それにマルタ行きの準備を行った。窓からは近所の洗濯物がヒラヒラと風になびいているのが見え、イタリアの庶民生活に密着しているようで、生活感溢れるこの９ドルの安宿に私は最高に満足した。
イタリア 宿の部屋で。 
イタリア 窓から眺めた風景。  カターニアの街で郵便局に行き、両替などを済ませて行く事にした。次の人の順番を待っていたつもりが、一人、また一人とどんどん私の前に割り込んでくる。 「ちょっと、ちょっと・・・」 と、思っても人々はお互い譲る様子など全くないので、次回からは私もこのイタリアンルールに従って、順番待ちはしない事に決めた。 両替をして代理店でチケットを買う。マルタ島往復は１３０ドルほど。今日から来週の月曜日まで、もし１週間滞在するならもっと安いチケットがあると言われたが、あんな小さな島に自転車で１週間は長過ぎると感じ、４日間にしてもらった。 宿の主人に荷物の一部を預かってもらう事にする。ギリシアの時のような事がまさか起きてはいけないので、失礼と思いながらも、一応聞いておいた。 「お金は払わなければなりませんか？」 すると、 「そんなものはいいよ。」 と言ってくれた。 空港までは自転車で１時間もかからない。時間があったので、魚市場を少し見学していく。
イタリア カターニアの魚市場。  この日も天気は良く、くっきりとエトナ火山が見えた。富士山ほど完璧には整っていないが、雪を少々かぶっており、すっきりとした裾野がいい感じ。 空港に着き、飛脚号の掃除をした。 「それにしても、もうボロボロだなあ。」 旅の中間地点となるロンドン辺りでは、飛脚号もオーバーホールが必要かも知れない。 今回のマルタ島行きでは自転車を輪行せずに、そのまま運んでもらう事にした。自転車を含め、軽くしてきたつもりでも合計重量は３７ｋｇ。１７ｋｇもオーバーしてしまった。 「もしできたらスペシャルプライスで？」 とチェックインカウンターで交渉すると、 「オッケーですよ。」 の返事。良かった。 エアマルタの飛行機はエンジンが４つも付いた最新式のピカピカ。こんな機体に乗れるなんて感動。 「格好いいなあ。でもこう言うのに限ってまさか墜落とか・・・」 でも大丈夫。飛行機は５０分ほど地中海上空を飛び、無事マルタ上空にやって来た。真っ青な中に浮かぶ白いマルタの島は、まるで地中海に浮かぶ真珠のような存在だ。建物の造りがどこかアラブのような感じもする。 「この国はいったいどんな国なのだろう。」
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