第１７５話 ５５カ国目 アルバニア 「青年に脅された夜・・・。」  「この中なら安全じゃ。」 爺さんが来てくれたので救われた。
アラスカ出発 １９９２／４／１〜アルバニア １９９５／２ アルバニア出国までの走行距離 約６１１３６ｋｍ 
欧州・中東走行 １９９４／６／２９〜１９９６／２／１ 走行距離 約３４１３１ｋｍ 
アルバニア走行 １９９４／２／２０〜１９９５／２／２６ 走行距離 約４０３ｋｍ  |
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ブローラを過ぎると、右手には美しい海岸線、そして左手には雪山も見えていた。しばらく大きな街はなかったが、忘れた頃に小さな町が現れ、のんびりとした景色の中を走っていた。
アルバニア 海岸線を南下して行く。 
アルバニア 真っ青なアドリア海の眺め。 
アルバニア 雄大な山を眺めて。 
アルバニア 海岸線を南へと走った。 
アルバニア アルバニアは自然がとても豊かな国だ。 
アルバニア 車の骨組みだけが空き地に転がっている。 
アルバニア 典型的な東側で見る建物はアルバニアにもある。 
アルバニア 途中通った町で。 
アルバニア ここは小さな商店。缶詰やパン、ローソクなど何でもある。  オリクの町を過ぎ、ドカティリと言う小さな村に着いた。村を過ぎればその先には大きな峠があるので、今夜はこのドカティリの村で過ごす事に決めた。村に学校のような施設を見つけたので、玄関のコンクリートの上にテントを張らせてもらう。管理人らしき爺さんは優しそうな人で、私が今晩テントを張りたいと言うと、 「誰かが来てボコボコにされたら大変だから、この校舎の中に入れて鍵をした方がいい。」 そんなような事を私に言ってくれた。テントも全部中に入れろと言うのだ。私はもちろん断った。鍵を閉められて身動きできなくなったら、それは恐ろしい事なので、 「このまま外にテントを張ります。」 との意志を告げた。テントを張り、ロウソクを灯してしばらく爺さんと話すが、話せば話すほど人の良さそうな爺さんだった。我々がジェスチャー交じりで会話をしていると、ズボンのベルトにナイフを入れた青年がやって来て、 「俺はマフィアだ。」 と自慢げに言う。なんか変な男だ。私がここからギリシアへ行くと言う話をすると、爺さんは、 「ギリシアとアルバニアのポリスの間には問題があるんじゃ。」 と言っていた。ナイフをチラチラさせていた男も、悪人顔には見えず、ただ護衛でナイフを持っているのだろうと思っていた。私が１００円ライターを取り出し、消えたローソクに火を灯すと、 「お、ライター持っているぞ。」 とびっくりした様子。ルーマニアでもライターは重宝されていたが、ここでもどうやら高価な品物らしい。 ドカティリの周りはのどかな田園風景が広がり、治安はまず大丈夫だろうと思ってテントを張ったのが間違いだった。素直に爺さんの忠告を聞くべきだった。 暗くなってから一人の男がやって来て、 「ヘイ、アミーゴ、アミーゴ（おい、友人、俺の友人）アミーゴ、ベニ、ベニ（こっちへ来い。）」 テント内でゆっくりしたのもつかの間、今度はさっきとは別の変なチンピラ男がやって来た。 「うわー、な、なんだ？こりゃまずいぞ・・・。」 私のテントを見て欲しがっている。 「今日はもう寝たいんだ。」 のような事を男に言ってみるが、片言のイタリア語を話す彼には通じていない様子。 「ヨ ノ ソイ マフィア（俺はマフィアじゃないよ）。」 と聞いてもないのに言ってくる。スペイン語と似たような単語が聞こえ、運良く理解できてしまった。崩れた口調がいかにもチンピラらしかった。私がぐずぐずとしていたせいか、そのうちものすごい剣幕でテントを揺らし始めた。 「こ、こりゃ弱った・・・。」 アルバニア２度目のピンチ。テントの中からは奴の顔は見えない。でも声を聞く限りでは若い男だろう。 「今日はもう寝たいんだ。」 と言っても、 「出て来い、出て来い。」 の一点張り。 「あー畜生・・・校舎内で寝るんだった。人目につかない所で寝るべきだった。どうしよう。きっとナイフを持ってるぞ。出て行ったらグサリとやられてしまうのだろうか。」 ここでなぜテントを張ってしまったのか、しきりに悔やんだ。男は次第に強い口調で、 「出て来い、おい、」 としつこく言い始めた。どうなるんだ・・・。 「ポールファボール、アユダメ。」（お願い、助けてくれ。） とスペイン語で言ってみるが、奴は分かってくれたのかくれないのか、まだテントを揺らしたりしてちょっかいを出してくる。そんな我々の騒ぎに気付いたのか、真っ暗闇から管理人の爺さんらしき声が聞こえた。 「何やってるんだ！？」 きっとそう言ってくれたのだろう。爺さんがそんな言葉をチンピラに告げると、奴はどこかへトボトボと歩いて行った。 「ほっ・・・良かった。」 やっぱり爺さんの言う通りに建物の中に入るべきだった。地元の人の言う事はきちんと聞くべきだ。私は早速中に入れてもらい、テントなども全部一切合財荷物を移動させた。その後誰も私の寝ている所に入れないよう鍵をかけてもらった。 爺さんが鍵をかけて去って行くと、チンピラはまたやって来た。鍵のかかった扉を開けようとガンガンやっている。私は思いっきりアッカンベーをして、 「来れるもんなら入ってみろー、馬鹿めー！」 と、日本語で言ってやった。少々不安だったがとりあえずは安心して眠る事が出来たのであった。 翌朝、爺さんはまだ早いうちに起こしに来てくれた。覚えたてのアルバニア語、 「ファリミンデーリットゥ。」（ありがとう。） と礼を言って、記念写真を撮らせてもらう。
アルバニア このコンクリートの玄関でテントを張って寝ていたらチンピラがやって来た。爺さんがやって来て、中に避難する事ができた。 それにしてもこの国はいったいどうなっているのか。とても親切な正義感の強い人がいたかと思ったら、ナイフをチラチラと振りかざす男がいてみたり。かと思ったら子供たちは何でも取ろうとする・・・。ここがアルバニアという国なのだろうか。 この日の走行は峠越えから始まったが、 「もしかして、昨日の連中が再びナイフを持ってやっては来ないだろうか。」 と不安で仕方がなかった。どこかで数人に取り囲まれて・・・またあの国境付近の時のような事態にならないかと不安このうえなかった。すれ違う車、後方からやって来る車全てにビクビクしながら山道を上った。山頂付近は霧が深まっており、いっそう不気味だった。
アルバニア 霧に包まれた山中ですれ違う車全てを恐ろしく感じた。  強風の向かい風プラス急勾配で、時速４、５ｋｍで峠を上っていったが、結局誰にも襲われる事もなく１０２０ｍの峠の頂上に辿り着いた。ヤギや羊の放牧が盛んでそこらじゅうで目にする。それはのどかな田舎の風景だ。
アルバニア 群れを成して移動する山羊。 
アルバニア 山羊の群れ。 
アルバニア 私を不思議そうに見つめるアルバニアの山羊。  どうもこの国のイメージが掴めない。受ける印象に差がありすぎる。のんびりおとなしそうな国民性にあのチンピラ。走りながらアルバニア走行を思い出してみれば、様々な事柄が脳裏を駆け巡った。長い社会主義体制の中できっと多くの事柄が抑圧され、旧ソ連の崩壊で一気に今までの欲求が爆発してしまったのかもしれない・・・。それにカトリック教徒とイスラム教徒の割合が半々というのも気になる。宗教的にもアンバランスなのだろうか・・・。 峠に付いたのでその辺の芝生の上で自炊をして昼食をとる。時折降るスコールが冷たく寒い。峠を越える以前とはちょっと違い、家の造りも少しギリシア風に見えた。もしかしたら治安も良くなるのかな？ふとそんな事を考えてしまう。 それにしても凄かったのは、昔に敷かれたそのままの道。なんでこんな道を造ったのかと思うほど急勾配のくねくね道。とにかくハードな走行だ。でも良く言えば、人間の手が入っていないので昔のままの雄大な自然美を眺めながら走行ができる訳である。天気が今一つだが、これでもし晴れれば、素晴らしい眺めが目の前には広がっていた事だろう。 アルバニアサイクリングの魅力は昔のままの自然、それに発展に乗り遅れたが為に残っている、昔の人々ののどかな暮らし振りにあるかもしれない。そういった意味で私は勝手にこのアルバニアを、ヨーロッパのボリビアと呼んだ。
アルバニア 走りがいのある海岸線。走り慣れていても筋肉痛になりそうだ。 
アルバニア 信じられない海岸線。 
アルバニア 落ちたらひとたまりも無いような道だ。 
アルバニア 海岸線を見下ろして。 
アルバニア アルバニア南部の山道。 
アルバニア 峠の下り途中で見た集落。 
アルバニア 天気の悪いのが残念。 
アルバニア 南部の海岸線近くに建つ家々。 
アルバニア ロバも馬もアルバニアでは日常的に使われている。  途中の商店で缶詰や卵等の買出しをする。ここの辺の田舎町にはホテルも宿もないので日々野宿。この日はその辺の空家を無断で借りることにした。建て掛けなのか、２階建てでコンクリートと石を混ぜたような材料で造られている。一部屋は６畳位で、テントも張れたので、ここで眠る事に決めた。場所はともかく、こんな田舎の山の斜面の家ならば、昨日のようなチンピラに見つけられる心配はまず無いだろう。びしょ濡れのカッパや衣類を干しながら一夜を過ごす事に。 「今日は安心の宿だなあ。」 テントの中でローソクの灯で日記を書いた。 「アルバニアかあ・・・。」 優しくしてくれたクケスの街のペルンブさんやドミさん、そして昨日救ってくれた爺さんなどやさしい人々の顔が思い浮かんだ。素晴らしい人もいる。でも悪人もいる。一概にアルバニアは悪い国なんて言えない。長い歴史がそうさせてしまった。でもこれからは新しい歴史を歩んで行くのだろう。
アルバニア 今日は誰にも見られずに空家に１泊。ここならチンピラに脅される心配もないだろう。 
アルバニア 狭い場所で張ったテントも、中に入ってしまえばいつもと同じ我が家。 
アルバニア 私の泊まった空家。ありがたや。  この日はチンピラに邪魔されることもなく良く眠れた。 翌朝は雨。延々と１日中降り続くことになった。ハードなアップダウン走行が続いており、少々バテ気味。途中の小さな村にトタンを張り合わせて造ったようなお店があったので、ここで菓子でも買って行こうと寄ってみた。私がお店の小さな窓口に顔を出すと主人のフェルマンさんが、 「中に入りなさい！」 濡れた私を見て、 「中で温まって行きなさい。」 そう言う。小さな店内にはテレビアンテナ型をした電熱棒がストーブの代わりに置いてあり、触ると大火傷しそうだが、実に暖かだった。フェルマンさんは日本の事をいろいろ聞いてくる。月給の事も聞かれたので、 「月に１０万円くらい。」 と答えると、いつか日本へ出稼ぎに行きたいと言っていた。ルーマニアやブルガリア、更にここアルバニアも月給は５０ドルにも満たないと言うから、どんな生活をしているのか想像もつかない。 「もし日本に来れたら長野にも来て下さい。」 そんな事など彼には不可能かもしれないが、私が住所を渡すと彼は大喜びしていた。
アルバニア コンテナのような小さな小屋で菓子や食料を売っていたフェルマンさん。  フェルマン商店を後にして小雨の中をひたすら走っていると、人懐っこい子供達が近寄ってきた。写真を撮ろうと思ったのだが、彼らはあっという間に私の前後を取り囲み、後ろのバックからいつのまにかテントポールを引っこ抜いていた。 「あれ？いつの間に？」 見てない隙にホイホイと何でも取っていく子どもたち。皆どこかへ散らばって行ってしまったが、再び戻って来たので、 「返しなさい！」 と言うと素直に返してくれた。
アルバニア 「こら！ガキンチョ！」人の物を何でも取るのは良くない。でも元気が良いのは非常によろしい。  どう見ても人の物をとる事に関しては罪悪感を持っていないようだ。わずか１週間のアルバニア走行で、２回の脅し。それにリアキャリアに付けていたゴム、スタンド代わりの竹棒、三脚のカバー、靴の防寒カバーと、露出しているもの全て盗られると言ったありさま。この日の夜も小さな店で食料品を買っていてふっと振り向くと、早速子供たちは自転車のバッグのポケットに手を突っ込んでいた。 「こらこら、ダメだぞ。」 まったく・・・困った子供たちだ。 サランデの町から最後の峠を越えてヨグルカットへ。薄暗い中、誰にも見つからない様にと、まるでペルー北部の砂漠走行以来、そそくさと人目のつかない所にテントを張って一夜を明かした。
アルバニア 今日はこんなところでテントを張って１泊。  それにしても、アルバニアの子どもはまるで物を盗るように教育されているような・・・そこまで極端に考えてしまうほど彼らは何でも持っていってしまう。わずか１週間でこれだけのトラブル。別に金銭的な被害は受けていないが、あの子たちの将来は大丈夫だろうかと少し心配にもなってしまう。 翌日、約１週間の期間を経てアルバニアを出国する事になった。「もしかしたら入国の時のように悲惨な目に遭うのではないか。」 不安な気持ちだった。しかし人も多く、どこか安心できそうな雰囲気が漂っていた。結局何事も無く、イミグレーションで出国印を押してもらう事が出来た。 国境はゴミが散らかりまくり、かなり汚い。私は今まで持ち歩いていたゴミの袋を持って、 「これはどこに捨てればいいのか？」 と尋ねると、 「この裏だ。」 国境のオフィスの裏がゴミ捨て場となっていた。
アルバニア ようやくこの国からも脱出できる。 
アルバニア もうすぐでギリシア。あそこは「EU」きっと安心できる国だろう。 
アルバニア 「あれ？やっぱり檻のようになっているぞ・・・」  今回のアルバニア走行では空白になってしまった部分があった。クケスからティラナ間である。あの部分をいつかは走ってみたい。険しい山間部をゆっくりとペダルして、美しい山道を走ってみたい。その時はきっとアルバニアの所得も上がって安定した時代であるかもしれない。「ヨーロッパ最貧国」のレッテルがはがれ、アルバニアにも明るい未来がやってくればいい・・・。印象深い国アルバニア、５５カ国目の走行は２月２６日幕を閉じた。 ５６カ国目のギリシアへと、飛脚号を押しながら、とことこ歩いて国境に向かうが、鉄格子の手前でアルバニア人の出入りはきっちりギリシア側にガードされている。ギリシア側の係官は私の姿を見ると、 「こっちへ入りなさい。」 そう言って特別扱いした。
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