第１１８話 ３５カ国目 フィンランド 「北極圏入り。」  こんな世界があっていいのだろうか。
アラスカ出発 １９９２／４／１〜フィンランド １９９４／６ フィンランド出国までの走行距離 約４５７５５ｋｍ 
欧州・中東走行 １９９４／６／２９〜１９９６／２／１ 走行距離 約３４１３１ｋｍ 
フィンランド走行 １９９４／６／２８〜１９９４／７／１９ 走行距離 約１５４７ｋｍ  |
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７月１３日。夏のユースホステルで私１人とはいかにも淋しい限りだった。いつもと変わらずこの日も白樺林の中をひたすら北上すべく、私は走り始めた。白樺林も美しい緑も青い空もサイクリングには持って来いだが、さすがに似たような風景が毎日続くと変化が乏しく、物足りない気持ちにもなって来る。 小さなショップに寄ってもスタンドに寄っても会話は本当に少なく、 「コーラを１本。」 と言うと、 「４マルカ。」 そして、 「ありがとう。」 こんなコミュニケーションで終わってしまうのである。たまに、 「日本人かい？」 と聞いてくれる人もいるが、それもまれだ。 ケミと言う名の街を過ぎると、サンタクロースの故郷とも言われるロバニエミの街の標識案内が出ていた。そのまま標識に従って走っていたら、又しても高速自動車道の入り口に来てしまった。もちろん自転車は通行禁止。私は立ち止まり地図とにらめっこしていた。すると、そこに地元の人がやって来て、フィンランド語で何か話し掛けてくれた。 「・・・・。」 もちろん分からない。 「あの、あっちへ、ロバニエミへ行きたいんですが。」 そう伝えると、 「この道を真っ直ぐだよ。」 と教えてくれた。しばらく走ってから、またも私は方向感覚がつかめずに困ってしまい、再び地図とにらめっこをしていた。すると今度は上半身裸のマウンテンバイクに乗った中年おじさんが、声を掛けてくれた。彼は英語を話してくれたので助かった。 「あんたは今ここだよ。このケミヨキ川の東側の道、ここからはずっと真っ直ぐに行くんだ。すごくきれいな道だよ。車の通りも少ないしね。」 そう教えてくれた。道を良く知っている地元の人にとっては便利この上ないサイクリングロードも、海外からやって来た私のような旅人にとっては結構大変。 この日はスーパーで野菜などを買い、ケミヨキ川沿いにテントを張って横になった。
フィンランド ケミヨキ川の沿いにテントを張って横になった。  朝起きてから、いつものように出発の準備をする。しかし７時ともなればそれはもう真昼のような日差しだった。寝ている間に果たして日が沈んだのかどうかも分からない。暑いだけならまだしも、蚊も多いときているから、自炊も大変。臭いのきつい虫除けを肌に塗りつけて、やっと落ち着いて朝食にありついた。 フィンランドを徐々に北上していったのだが、周囲の風景も森林の割合が次第に多くなっていった。ラップランドに近づいている。そんな印象を抱いた。
フィンランド 雄大な森の中を駆け抜けていく。 
フィンランド まさしく森の国の道。  ラップランドに行くまでは、ひたすら大自然との対話が続いた。どこまでも森の中を駆け抜け、腹が減ったら朝方に作ったサンドイッチを頬張った。しかし一度ゆっくりと道沿いにでも座ると、あれよあれよと言う間に蚊の大群に囲まれてしまう。自炊などしたら余りゆっくりしてもいられない。 この日は、美しいフィンランドならではの風景に出会った。それは鏡のような美しい湖。こんな世界が、いや、こんな風景がフィンランドには無数にあるのかと思うと恐ろしくなる。私は夢中になって写真を撮りながら、ロバニエミを目指していた。
フィンランド 鏡のように輝く湖面を見つめ、ため息・・・。 
フィンランド それは夢の中でみたような風景だった。
フィンランド 雲も果てしなく遠くまで浮かんでいる。 
フィンランド 調子に乗って走る自転車野郎。  サンタクロースの故郷、ロバニエミに到着したのは午後の５時。少し街中を見学した後、ユースの部屋に戻った。相部屋にはオーストラリア青年とオランダ青年が一緒に泊まる事になった。青年と言っても私と同じくらいの年齢だったが。 オーストラリアの青年は、欧州南部から北上してきたと言ったが、やはり私と同じようにとても静か過ぎる国で驚いたと話した。 「酔っ払いにも会ったが、絡んでくる訳でもなく、ニヤニヤしているだけで気持ちが悪い。」 とも言っていた。フィンランドはどこの街に行っても静かで平和的だ。我々は夜の１２時くらいまでそれぞれの体験談を披露し、旅の話に花を咲かせ、床についた。 翌日７月１５日。 「さあ、今日は北極圏突入だー。」 と張り切って出発の準備をしていた。ほとんど出発しようとした頃、タンデム車に乗ったドイツ人カップルに出会った。軽そうなタンデム車だが、後ろにはトレーラーを引っ張っていた。
フィンランド ノルウェー方面を走ってきたドイツ人タンデムサイクリスト。もちろん彼女と２人乗り。 
フィンランド ロバニエミのユースホステル。  ノールカップから南下してきた彼らからは、ノルウェーの情報を聞いた。 「人々はとても親切。景色は最高。アップダウンはきつい。場合に寄っては降り始めた雨が１週間も続くことがある。」 とか。とにかくきれいだと多くの旅行者が言っていただけに、ノルウェー走行は本当に楽しみだ。 ロバニエミで食料を買い、しばらく走ると、遂に北極圏に入った。観光客もたくさんいるので、本で読むような「北極圏」のイメージはとてもそこには存在していない。自称ジャーナリストというドイツ人男性が声を掛けてくれ、写真を撮ってくれると言うので、撮ってもらった。
フィンランド ここから北極圏に入って行く。  観光客たちは一応にこの境界線で写真を撮って行く様子。私もここから北に進んで行くわけで、文字通り、「北極圏突入」と言ったところだ。北極圏に入ったせいかどうかは分からないが、風景にも多少の変化が出てきたような感じだ。小高い丘をこの日は７時くらいまで走って、森の中にテントを張って一夜を過ごした。
フィンランド 森はまだまだ続く。 
フィンランド 平和的な風景。 
フィンランド 森の中でテントを張った。  翌日は雨。降ったりやんだりで、沈黙の走りだった。出発してからしばらく走ると、ソダンキュラという名の町に着いた。スタンドもスーパーも旅行客でごった返している。キャンピングカーがとにかく多い。 このソダンキュラからイバロの街までは１６０ｋｍ。１日半分程の食料を買い込んで、再び出発。どこまでも続く森林地帯。すれ違うのはキャンピングカーばかり。天気も悪いので鼻歌も出てこない。かと思ったら、私の走っていた左後方から怪しい雲が、ズンズンとやって来たかと思ったら大雨。そして雷。落ちそうなのは私の所くらいだったので怖くなり、慌てて途中で見つけた「CAFE」と看板のある喫茶店に入った。 「ふー。」 灰色雲はその後２０分も待つと東の空へと去っていった。この日８５ｋｍ走り、道沿いから少し入った森の中でテントを張った。
フィンランド 雨降る森の中でテント。  朝起きると雨が降っていた。びしょぬれのテントを畳むことほど嫌なことはない。この雨の中を走るのかと思うと、しょげてしまう。朝の気温は１５度。快晴の日と比べるととても寒い。さすがに夏の北極圏と言った感じだ。 雨のこの日は向かい風。前方のアスファルトを眺めながらひたすらペダルを踏んだ。昼前には腹が減ったので、木の下でサンドイッチにかぶりつく。 「サイクリングは天気が良いに越したことないな。」 この日走った距離は、たったの６３ｋｍ。今日も私は空き地にテントを張った。
フィンランド 又しても雨。  出発から２年間使っていた私のテント。まだまだ使えるが、新しく買ったポールがどうも本体にフィットしていないので、変な隙間から雨水が漏れてしょうがない。びしょびしょのテントをバックにしまい込んで、今日はまともな屋根のついたイナリのユースホステルを目指す事にした。それにしても夏でこんなに寒いのだから、冬は想像を絶する寒さなのかもしれない。 途中寄ったイバロの街では、私のリムサイズに合ったタイヤを見つけた。日本から送ってもらおうかずっと考え悩んでいただけに、このタイヤを見つけたときは興奮せんばかりで、３本まとめ買いをしてしまった。 朝方悪かった天気も、イナリ湖畔を通過する頃になると快晴に変わった。私の気分も晴れやかになった。風は少し冷たいのだが、日差しが強いので調度いい走行日和。
フィンランド 気持ちの良い天気は回復してくれた。 
フィンランド 果たして今までにいくつの湖の横を通り過ぎただろうか。 
フィンランド フィンランド湖畔の図。 
フィンランド 温かな日差しを浴びて。 
フィンランド 森と湖。 
フィンランド あんな湖の森の小島で数日過ごしてみたい・・・。  しばらく走っていると、パーキングで大型バスが止まった。どこかで見たような人々がゾロゾロとバスから降りてきて、カメラをパチパチやっている。その雰囲気はどこか変わっている。２年間アメリカ大陸を走ってきた私にとって、その光景はすごく異様な感じに見えた。 「変わった人種だあ。とても特徴的だなあ。」 私はそう思った。何がどう違うのかと聞かれてもなんて答えたら良いかわからない。団体でバスを降りて写真を撮って、頷いて・・・。そしてまたバスに乗り込んで、「スー」っと行ってしまった。彼らは確かに日本語を話していたから日本人だったのだろう。 「どこにいても日本人はすぐに分かる・・・。」 海外で出会ったサイクリストたちが日本人の真似をよくやっていたが、それとそっくりだったので、私も、 「あれが典型的な日本人の姿なのか。」 と変に納得して、不思議な気持ちになった。やはり日本人って言うのは変わった人種なのかもしれない。 午後５時。イナリのユースに無事に着いた。洗濯をして、びしょ濡れのテントを干して、買い物に出掛け、自炊をして・・・。旅が日常と言うのも考えてみれば楽じゃないなあ。
フィンランド イナリのユースホステル。  わずか２０日間のフィンランドサイクリングも、最終日を迎えてしまった。結局フィンランド語で覚えたのは数字少しと「牛乳」と、「卵」くらいだった。面白いのは数字の発音。「７」は「セイツエマン」。「８」は「カハデクサン」と言うらしい。こんなにも長い発音の数字は珍しいのではと感じた。 湖と森の静かな国フィンランド走行も終わりに近づいていた。以前に比べると木々の高さは低くなり、周囲も広範囲に渡って見渡せるようになっていた。多くのキャンピングカーとすれ違いながら、私は欧州の北端ノールカップを目指した。
フィンランド あれは自家用セスナか？ 
フィンランド いよいよノルウェーのノールカップも近い。 
フィンランド まだまだ森は続く。 
フィンランド 途中で地図を広げた私。 
フィンランド この先にはノルウェーが。欧州北端の地があるのだ。  フィンランドの国境に着くと、係官はすぐに出て来なかった。パスポートを出そうと準備をしていると、事務所の中から係官がやって来て、 「ヘイ。」（こんにちは。） と言うので、私も、 「ヘイ。」 パスポートを渡すと、 「ヘルシンキからかね。」 「はい。」 パスポートをペラペラ見るだけで、出国印を押してくれそうもない。 「出来たら記念に押して下さい。」 とお願いすると押してくれたのだった。
フィンランド フィンランドとノルウェーの国境。ちょっとした観光名所的な建物だった。  こうして無事私は３５カ国目のフィンランドを抜け、３６カ国目、待望のノルウェーへと入国して行く事になった。
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