第１０７話 ３０カ国目 パラグアイ 「ピラポの高橋商店で」  ピラポでお世話してくれた高橋さん家族。
アラスカ出発１９９２／４／１〜パラグアイ１９９４／４ パラグアイ出国までの走行距離 約４０９１５ｋｍ 
南米走行１９９３／３／１〜１９９４／６／２７ 走行距離 約２１６９７ｋｍ 
パラグアイ走行 １９９４／４／２１〜１９９４／４／２７ 走行距離 約３０４ｋｍ  |
||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
パラナ川にかかった大きな橋を渡ると、前方にはパラグアイの国境があった。ようやく区切れのいい３０カ国目に入国することになる。国境管理事務所はアルゼンチン人とパラグアイ人の往来でごった返しており、私の手続きは後回しにされてしまった。 パラグアイ側の係官は私に、 「どこから来たのか？」 と、それだけ聞くとパスポートに入国印を押し、「行って良し」の合図を出した。国境の周辺は以前にも見た中米の貧困国のようなゴミゴミとした雰囲気が漂っていた。国境を通過するたくさんの人に寄ってくる口やかましい両替商に、周囲に散らかるゴミ。これでもかと流れるラテンミュージック。そんな雰囲気を私は勝手に「ゴミゴミの雰囲気」と呼んでいた。そんな国境でパラグアイの通貨、グアラニーというお金を手にした。
パラグアイ 現地通過グアラニー。  国境から町に向けて走り出すと、地元の人々が私に向かって口々に、 「サヨウナラ、コンニチワ。」 と、挨拶程度の片言の日本語を話してくれた。パラグアイには多くの日系人が住んでいると聞いているが、国境でこんなにも明るく日本語を話しかけてくれた国は、パラグアイが初めてのような気がする。 「パラグアイへようこそ。」 そう書かれた国境の標識の前で入国記念写真を撮ろうと、三脚を置いてカメラをセットした。すると、そこへ地元のおばさんがとても嬉しそうに私の方に寄って来て、 「うちのせがれが日本へ行って、あなたの様に自転車旅行をして、自転車を買って帰って来たんだよ。家に来て写真でも見ていかない？」 入国して突然こんな風に引きとめられるのも珍しい。とても親日の国なのだろうか。この国ではきっと日系人が活躍しているに違いない。そう思った。
パラグアイ 入国記念写真を撮っていると「私のせがれも日本で自転車旅行をしたの」と家に誘ってくれた。  招いてくれたその女性は、ジュースを出してくれ、息子さんが日本で暮らしていた当時の写真などを見せてくれた。観光ビザで入国して短期間働き、日本の生活を楽しんで帰国したのだと言う。私が訪ねたとき、息子さんは留守をしていたので会うことは出来なかったが。 国境を越えて走り出すと、すぐにエンカルナシオンという大き目の町に着いた。私はここで２泊することを決めこんだ。特に疲れていた訳でもないのに、休日と銘打って・・・。きっと初めてのパラグアイの町を歩きながらのんびりとしてみたかったのだろう。６ドル程の宿に投宿し、不具合な自炊ストーブの修理に、バックのほつれなどを縫ったりと、雑用なども行った。
パラグアイ 最初で最後のパラグアイの安宿。６ドル。  街はやはりゴミゴミした雰囲気で、中南米の途上国を思わせた。同じ南米でもアルゼンチンやチリはとてもすっきりとした国だったことに改めて気がついた。 街を歩くと、スペイン語の他に、かつて聞いたことがない言語が耳に入ってきた。ガイドを見れば「グアラニー語」だと書いてある。1週間の通過予定なのでとても覚えられそうにはない。 この夜、ようやく足を踏み入れた３０カ国目のパラグアイで、一人ビールで乾杯した。
パラグアイ ゴミゴミとしていたエンカルナシオンの街。 
パラグアイ 同じ南米でもアルゼンチンやチリとはだいぶ雰囲気も違っていた。 
パラグアイ パラナ川で車を洗うタクシードライバー。  翌日は私が勝手に作った旅行休日。愛車飛脚号の整備に、衣類の洗濯にと励んだ。洗濯をしていると、ボロボロの衣類が気にとまった。出発の頃は全てが新品だったのに、約２年間、北中南米走ってきた私の衣類は所々穴も開いていた。３足目の靴も、ペルーで買ったＴシャツもほころび、テントのジッパーもいかれてしまった。旅の品々にも年季が入ってきた感じだ。 休日の雑用が終わり、私は街に出かけた。ゴミゴミの町並みだが活気は物凄く、どこからこんなパワーが出てくるのかと思う程。こうした街を歩いていると、私も元気付いてくるような気がした。 ここでも人々はやはり、手にマテ茶を持っていた。レジする人も、仕事している人も、国境事務所でも係員はマテ茶片手だった。そんなにおいしいとは思わないのに、習慣とは面白いもの。 街中では東洋人を良く見かけた。中国人なのか、日本人なのか、韓国人なのかは分からない。ジャイアンツ帽をかぶったおじさんなどはきっと日本人だと思ったが。街を歩いていると元気のいい子供にも話しかけられた。私が旅行者だと分かったのか、 「どこから来たの？」 と聞いてきた。このエンカルナシオンと言う町では、子供たちは働いていた。かつてのアルゼンチンやウルグアイの時とは子供たちの様子も違っており、1人前の仕事人に見える。このパラグアイという国は貧困国なのだろうか。
パラグアイ 年代が少しばかりさかのぼってしまったような感じを受けた。  1日の休息をとった私は、エンカルナシオンから北上し、友人の勧める日系のコロニーがあるピラポという集落に向かった。街を出るとこれでもかと言う程、嫌なアップダウンが繰り返された。赤土の土壌に敷かれたアスファルトは、前方に大きなウェーブを作りながら伸びていた。上っては下り、下っては上る。高い山の峠を上り続けるよりも、こうした道の方がうっとうしく辛く感じるものだ。 途中にある店に寄ってはジュースなどを飲んでいく。ところが、耳に入ってくる言葉の大半はスペイン語でなく、グアラニー語。まるで違う言葉に少し躊躇してしまう。
パラグアイ 聞きとれなかったグアラニー語。  エンカルナシオンから北に約６５ｋｍ。ピラポという集落の入り口にやって来た。周囲には真っ赤な土壌が広がっており、かつて見た沖縄の雰囲気に似ていないこともない。すれ違う車の運転手はほとんどが日系の人らしく、親しみ易い雰囲気が村に漂っていた。 主要道から４０分ほどかけてピラポという集落に着いた。街の入り口には大きな日本語で、「アルトパラナ移住地」と書いてあった。
パラグアイ ピラポの入り口には「アルトパラナ移住地」と書いてあった。 
パラグアイ ピラポの入り口で。  村のメインストリートらしき方へとペダルを踏んでいくと、役場やスタンドがある。しかし私が想像したような大きな日系の街というイメージではなく、小さな田舎の村と言った感じだった。 集落ではパラグアイ人の子供が元気に走りまわっており、日系人の子供の姿は見当たらない。すぐ横に日本風の商店を見つけたので、ここに入ろうとした。すると、中からは日本語が聞こえてきた。日系のコロニーと言うものがどんなものか分からずにここにやってきたのだが、こうして日本語を耳にすると、とても変な感覚だった。 その小さな総合食品店の名は高橋商店。日本語を話していたおばさんは高橋さん。私が自転車でやってきた旅行者だと知ると、 「まあ、座りなさい。」 と店内のイスに座らせてくれ、移住した頃から現在に至るまでの話しをしてくれた。 ３４年前の開拓の苦労はすさまじく、当時はジャングルに細い小道が１本あっただけ。そのジャングルを、パラグアイの人々と共にのこぎりで木を切り倒し、燃やし、牛を使って耕したこと。果物栽培の失敗、商店を始めてから３度も強盗に入られたこと。私がピラポに入る前に目にした広い畑は、機械も無い時代に素手で開拓されたのだと聞くと、胸が熱くなった。現在、畑では麦と大豆が二毛作で作られているそうだ。
パラグアイ 広大な畑が広がっていたピラポ。  機械類も導入されたのはここ１２年ほどの間だと言う。電気が来たのも調度それくらいというから、厳しい生活事情の中を生き抜いてこられたのだろう。高橋さんは、 「今夜はどこに泊まるの？」 と聞いたので、私は、 「知人の紹介で、実は園田さんと言う方を訪ねてきたのですが。」 そう言うと、 「園田さんは今留守だから、良かったら家に泊まればいいわよ。」 そう言ってくれた。私は遠慮無く、高橋さんの好意に甘えさせてもらうことにした。 高橋さん宅は６人家族。長男の健郎君は銀行勤め、長女のこずえさんは地元ピラポの農業協同組合に。次女夏美さんと三女のちあきさんは学校通い。皆こちらで育った日系ニ世。日本語もスペイン語も上手に話した。 高橋さんはこれまたおいしい夕食を出してくれた。豆腐に漬物、それにうどん。びっくりしたのはなんと塩辛。日本を出てから２年以上は確実に食べていないものはたくさんあるが、このとき食べた塩辛もその中の一品だ。口の中で広がるあの独特のしょっぱさ。なんとうまかったことか。忘れられない。 高橋さんのお父さんも夕食には一緒した。しかし残念なことにお父さんは転倒して頭を打ったのが原因で、今は自由の効かない体になってしまったのだと言う。子供たちがお父さんの面倒を見てあげているのだと言った。 夕食が終わり、健郎君が、 「皆でカラオケに行きましょう」 と誘ってくれた。 「え、ピラポにもカラオケが？」 「はい、『フジ』って名前のカラオケがあるんですよ。」 カラオケは車に乗ってすぐの所にあった。若い日系の方と、ちょっと怪しいきれいな女性がそこにいた。
パラグアイ ちょっと怪しい女性も一緒していたカラオケ「フジ」。  健郎君と店の人々はスペイン語と日本語を混ぜ合わせて使っていた。私にしたらとても妙な会話だった。妙と言えば、健郎君は以前日本に行ったことがあり、日本からパラグアイに帰国するなり、お母さんにこう言ったそうだ。 「お母さん、日本の窓は紙で出来てたよ。」 このカラオケではもう一人、山脇さんという４０過ぎの男性に出会った。 「何や、自転車か？やっぱり日本にもアホがおったか。せっかく来たんやけ、ゆっくりしていけ。明日はオレんち刺身食べ来い。」 こうして知人も増え、私はもう一泊高橋さん宅にお世話になることになった。皆、気さくな人ばかりで、私は１日いただけでこのピラポという街が好きになってしまった。この夜、私は高橋さんちの湯船に使って気持ち良く汗を流し体を洗った。湯船に浸かる、日本人にとってはやはりこれが一番。 翌日、４月２４日。高橋さん兄弟姉妹の案内を受け、ピラポ周辺を見て回ることになった。古い教会に隣のドイツ人の移住地、オブリガード。そしてアルゼンチンとの国境を成しているパラナ川。 「ここでは金色のドラドと言う魚が釣れるんですよ。刺身にするとうまいんだ。」 と健郎君が言った。また遺跡のような建物にも行き、緑の草地で駆け回った。
パラグアイ こちらピラポ市中央集会場。市には見えなかったが、ピラポ市となっていた。 
パラグアイ 高橋さんちの兄弟姉妹。 
パラグアイ 高校生の夏美さん。 
パラグアイ 守衛さんと。 
パラグアイ いつもとても仲がいい姉妹。 
パラグアイ 川向こうはアルゼンチン。とにかく大きなパラナ川。  このピラポ付近一帯の土壌は赤土。健郎君は、 「赤土はとても始末が悪くて、雨の日は車のフロントガラスも赤くなり、見えにくくなるのです。」 と言った。雨に濡れると粘土状になり、靴の裏にもいっぱいくっ付いてくるので、各家庭にはこの土を落とす専用の金具まで置いてあるほど。とにかく大変な土なのだそうだ。
パラグアイ 厄介な土壌。ピラポの赤土。  お昼に高橋さん宅に戻ると、豪勢なお寿司が用意されていた。私は久々の日本食であるお寿司をマジマジと見つめてしまった。 「嬉しいなあ・・・お寿司なんて。」 パラグアイは内陸国のはずなのに、いわしやタコの寿司まであったのには驚いた。もったいないので食べる前に記念写真を撮った。
パラグアイ 家族揃って、昼ご飯の「お寿司」を前に記念撮影。 夜は昨日カラオケで知り合った山脇さん宅に出かけることになった。パラナ川で釣れたという魚を刺身にして出して下さった。臭みもほとんどなく、鯉のあらいのような、とてもうまい刺身だ。
パラグアイ 山脇さんはパラナ川でとれた魚を刺身にして出してくれた。  山脇さんは移住の苦労話をしみじみと話してくれた。 「今でこそ余裕の生活ができているが、僕らの移住した当時は学校も無い、遊び場もない、子供の頃からひたすら働く日々だったよ。」 穏やかな山脇さんの表情や、その笑顔からは、とてもではないが、その昔の過酷な場面は私には想像できなかった。開拓の歴史はピラポの誰もが苦労の連続だったと語っていた。 翌日、４月２５日。私は出発することにした。２泊もゆっくりとさせてもらい、本当に嬉しかった。長男の健郎君はしかっりとしており、高橋さんの娘さんたちはとても素朴で素直な心を持った優しい女性たちだった。素直な心でストレートに物を聞いてくる姿が嬉しかった。 「もっと泊っていけばいいのに。」 その言葉に甘えて、もっとゆっくりしたかった。しかし、旅のペースも昨今は遅れ気味。気合いを入れて先へ進まねば。夏の北欧走行目指して、走らねばならない。 高橋さんに挨拶をして出発しようとした。すると、お腹が空くでしょうからと、手作り弁当を持たせてくれた。
パラグアイ 高橋商店さん前で、出発の朝。健郎君とお母さんと犬。  「これはお弁当。ちょっと重いかもしれないけど、これも・・・。」 そう言うと牛乳２リットルと缶詰を持たせてくれた。 「こんなにもたくさん・・・。」 言葉にならないくらい嬉しかった。皆さんにさようならを告げてペダルを踏み出すことに。 「さようなら、高橋さん。」 園田さんには会えなかったが、高橋さん家族の温かさに触れることができた。また機会があればもう一度、あの高橋商店へと足を運んでみたい・・・。
パラグアイ 山脇さんにもお礼を言って出発した。  ピラポを出てしばらく走ると、首都アスンシオンへの出張から帰って来たと言う園田さんが車で私を追いかけてきた。 「待井君かい？わざわざ来てもらったのに、悪かったね。ちょっとメシでも食べよう。」 そう言って近くの店で園田さんと話すことができた。聞いた話しはやはり３４年前の開拓話や、移住の苦労話しだった。誰に聞いてもそれぞれの経験談があり、とても興味深く聞き入った。 「今は生活にもゆとりがあって、のんびりだよ。種まきと収穫の時以外は体は休められるしね。」 ５０歳近い園田さんは、ゲートボールの審判員に、ピラポの副村長（？）、バレーボールの監督と幅広く活躍されていた。 私が訪れたピラポは、「気さく」で「のんびり」とした雰囲気だった。しかしその裏には想像を絶する苦労の歴史があったに違いない。目を生き生きと輝かせて私を見る園田さんの話し口調は、どこか力強かった。 園田さんと別れ、夕刻まで走り、地元の人に断ってテントを張らせてもらうことにした。
パラグアイ こんなところにテントを張って眠る日も。  テントの中で楽しみにしていた「高橋さん弁当」を頂くことにした。ずっしりとしたお弁当には手作りのおにぎりが入っていた。そしてお弁当の上には1枚の紙切れがあり、そこにはメッセージが書かれていた。 「体だけは気をつけて、がんばってください」 それは高橋さんの心だった。その言葉にはとても力強いものが込められていたように感じた。開拓の苦労を、もしかしたら地獄を、厳しい生活の中を生き抜いてきた人の貴重な励ましの言葉だったのだ。私は嬉しくて、そして感謝の気持ちでいっぱいで、お弁当に手を合わさずにはいられなかった。孤独な旅ゆえ、こうした温かさが心底身に染みる。温かく、力強い人々に囲まれて私は毎日ペダルを踏み続けることができている。改めてそう感じた。 「高橋さん、本当にありがとう。頑張って走ります。」 さようならピラポ。さようなら高橋家の皆さん・・・。
パラグアイ 高橋さんの手作り弁当には心のメッセージが・・・。  ４月２６日。すっかり気候も暑くなってきたので、涼しいうちに距離を稼ごうと７時に出発した。なんとか今日は１００ｋｍを算出しようと気合いを入れて走り出した。しかし午前の９時には暑くなり始め、うんざり。 私が走ったこのパラグアイ東部はとにかくアップダウンが多い。波のようにうねっているアスファルトは見るのもうんざりだった。途中でパンを買い、高橋さんにもらった缶詰をおかずにするが、暑くて食欲は今一つ。
パラグアイ 道路沿いから眺める集落の眺め。  小さな集落を次々と通過。猛暑の中で人々が懸命に働く姿が目に入った。 「暑いのになんであんなにも元気があるのだ。」 子供たちも汗水流して一生懸命働いている。その姿も子供なのか大人なのか分からないくらい一人前だった。やはりいつか走った中米の貧困国と、その雰囲気は似ていた。
パラグアイ 道沿いから見る果物屋。 
パラグアイ アイスキャンデー売りの少年。明るく元気な笑顔。彼の目に、「生きる力強さ」を見た思いがした。  この日は水分の取り過ぎで、腹もタプタプと音を立てていた。結局１１時間もペダルを踏み続け、ようやく１００ｋｍを走り抜き、小さなタワプという集落のスタンドの裏を借りて野宿した。
パラグアイ タワプのスタンドの裏でテントを張った。  翌日４月２７日。いよいよイグアスの滝を見るべく、シウダーデルエステの街に向かった。南米でも３本の指に入る観光地、イグアスの滝。ここを通過すればもう、南米の終着予定地、ブラジルのリオデジャネイロまでもう少しだ。私は、 「イグアスの滝・・・イグアスの滝・・・」 と口にしながら走っていた。 何時間走ったか、午後、パラグアイとブラジル国境の街、シウダーデルエステに到着した。ここは街全体が免税地帯。ブラジルに続く道の両脇は多くの物と人でごった返していた。ゴミも散らかりまくり、子供たちは台車を持って飛びまわり、数多くの露天商が出まわり、その活気に圧倒された。そんな活気ある人々の様子をカメラに収めた。
パラグアイ 活気あるシウダーエステの町並み。 
パラグアイ 免税地帯だけあってその人の賑わいは凄いものだった。  パラグアイ側のシウダーデルエステの街には投宿せず、そのままブラジルへと入国することにした。
パラグアイ ブラジル国境へ。 
パラグアイ 観光バスでひしめくパラナ川に掛かる橋。イグアスノ滝はすぐそこにある。 
|