第７６話 ２４カ国目　ペルー 「それは憧れの道」 何かようかい？リャマはとても温かそうだった。 ▼ アラスカ出発１９９２／４／１〜ペルー１９９３／９ ペルー出国までの走行距離　約２７７８４ｋｍ ▼ 南米走行１９９３／３／１〜１９９４／６／２７ 走行距離　約２１６９７ｋｍ ▼ ペルー走行　１９９３／４／２２〜１９９３／９／４ 走行距離　約３０４３ｋｍ（全南米走行距離の１４％）

アレキパからチチカカ湖方面、プーノ、フリアカへ行くためには３つのコース選択があった。一つはミスティ（６０７５ｍ）とチャチャニ（５８２２ｍ）の真中にある、標高４５００ｍを越える高地を走り抜けるルート。残りの二つはミスティとチャチャニの山のそれぞれの両脇、南北を回っていくルートである。私は迷わず前者のミスティとチャチャニを両脇に囲む、真ん中の最短ルートを選択した。きつそうだがアレキパからチチカカ湖に抜けるルートはこれが一番早い。それに標高が高い分だけ景色も美しいはずである。おそらく今回の旅行でも一番高い標高をマークするだろうと予想していた。 　アレキパの街を後に、高度をジワジワと上げて行く。街が眼下に見える頃には、前方のミスティもかなり迫力を感じさせていた。後で知ることになるのだが、私が選んだこのコース、実は学生時代に憧れていたあの梶さんが走った同じルートだった。彼の世界旅行写真を部屋に飾って憧れていたことがあった。 「私もいつかは、いつかはあの地を走るのだ・・・。」 と。その「あの地」がこのコース上に存在していた。憧れのアンデスの高地だ・・・もちろん、当時のあのポスターからは想像もつかないようなアンデスの世界がそこには広がっていたのだが。 ▼ 　ペルー　ミスティ（６０７５ｍ）目指し私はペダルを踏んだ。 　アレキパからペダルを踏み続け、標高も３０００ｍを越えただろうか。空気が少し薄くなったような気がした。道もいつしかアスファルトからダートにと変わっている。人の気配もなく、車の通りも少なくなった頃、標識のない別れ道が目の前に現れた。 「あれ、こりゃ弱ったなあ。」 こう言う場合は人を待つのに限る。地図の縮小も大雑把なので、周囲の山と照らし合わせて進むのには、今一つ自信がなかった。どのくらい待ったら車が通るのだろうか。そう思っていたら、１０分程して1台のジープが通りかかった。私は手を挙げて道を聞こうと思ったが、そのまま行ってしまった。 「ああ・・・。」 行ったかと思ったら、スピードを緩めてくれ一安心。慌てて自転車を置いて車の近くに駆け寄った。 「イマタ、フリアカに行きたいんですが、どっちの道ですか？」 「あっちのダート道、右だよ。」 これでひと安心。でももっと山奥で車が全く来なかったらどうしただろうか。 ▼ 　ペルー　標高２３００ｍ程のアレキパを後に再びのアンデス越えは始まった。 　ダートには意外と苦戦した。アレキパで買った生ラーメンや４リットルの水、それに米や他の食料など、時々砂に埋もれる場面もあり、苦しめられる。２００ｍ進んでは、 「ハーハー」 と息が切れ、休みながら少しずつ進んだ。夕刻５時くらいまで走り、広い空き地を見つけたので、そこでテントを張ることにした。寒い夜ではあったが、この高台から眺めるアレキパの街の夜景が、まるで暗闇に浮かぶ光の湖のように美しく輝いていた。 ▼ 　ペルー　どこか見覚えのある風景。梶さんもミスティを眺めながらこの道を走ったはずである。ここがあの、憧れのポスターの道だったのか。 ▼ 　ペルー　ミスティを見ながらこんな所でテントを張る。標高は３５００ｍ程だろうか。 ▼ 　ペルー　ここから眺めたアレキパの夜景がたまらなく美しかった。きっと空気がとても澄んでいるのだと思う。 　テントを畳み出発。砂混じりの上り坂からこの日の走行は始まった。雄大な山を前方に峠を目指し、ひたすらペダルを踏む。静かな山道でわずかな風の音、それに私の自転車のペダルを踏む音以外、これと言って他の音は聞こえてこない。とても静かな山道を私は走っていた。 ▼ 　ペルー　雄大なミスティの山。富士山に似ていないこともない。周辺はとても静かだった。 　ようやく山頂らしき峠に着くと、先が見渡せた。勾配の緩やかな斜面が前方に続いている。ここから少しは楽な走行になるかもしれない。 　私の進む方向の左側には６０００ｍを越えるチャチャニの山がそびえている。しかしそれほど高くは見えない。かなり標高も上がったのだろう。アンデスの高地を走っているという実感が湧いてくる。 　チャチャニの山ろくはダートだが、なだらかな斜面で勾配も緩く、平坦に近い道だった。よく見ると何か動物がいる。以前にも見たビク―ニャだ。とても警戒心が強く、私がちょっとでも近づこうとすると、ヒョイヒョイと逃げていってしまう。望遠レンズでその姿を納め、再び出発。 ▼ 　ペルー　チャチャニ（６０７５ｍ）の雄大な眺め。それほど高くは感じない。アンデスの高地を走っている実感が湧く。 ▼ 　ペルー　警戒気味に私を見ていたビク―ニャ。 　しばらく走ると再び別れ道に出くわした。これには困った。右か左か。どっちへ行けばいいのか。車は朝方に１台走ったのみ。次の車は一体何時にやってくるのか分からない。しかし、良く見ると轍のあとは左の方が太そうだった。 「これは左だ。」 私はそう判断して左へと進んだ。 ▼ 　ペルー　標高約４０００ｍのアンデス高地のダート道。 　しばらくペダルを踏んでいると、砂埃を立てて走っている車が遠くに見えた。あれはさっきの右の道だろう。 「やはりあっちが本線か？」 車はかなり離れた所を走っていた。私は戻ろうかと思った。しかし、そのまま車の進んでいく方角を追っていくと、私の方角と一致している。 「たぶん、そうだろう。いや、きっとそうだ。」 しばらく走ると、案の定さっきの「右の道」は「左の道」と合流していた。ギィさんとトレッキングをしているときも同じ様なことがあった。葛折りの道などでは必ず近道が存在していた。ちょっとでも早く、近く、またガソリン代を安く済ませようとする気持ちからか、最初に作った公道とは別に、地元民が勝手に走り潰した高原の近道の２つのルートが存在している訳だ。これなら遠回りはしてもまず迷うことはないだろう。合流するなら安心。迷っても車を待てばいいのだ。私は安心してそのまま道を走って行った。再び分かれ道があると、近道らしい方を選択することにした。 　昼にカニャウアスの村に着き、ここで警察の検問があり、質問攻めにあう。私も聞きたい情報が山とあるので、彼らに今後のフリアカ、プーノまでの道路情報、店やレストランの情報などを聞いておくことにした。 ▼ 　ペルー　カニャウアスの集落で。緑の少ない高地での生活も大変そうだ。 　村を出ると所々でアルパカの放牧風景に出会う。ビクーニャとは違い、それほど用心深くもないのでかなり近づいて見ることができた。 　午後の４時近く。気温も下がり始め１０度。そろそろ野宿の準備をと寝場所を探し始める。５時近くまで走ったところで土壁の屋根のない家？を見つけ、ここでテントを張ることにした。砂も吹き込まず、風も当たらなそう。寒さも少しはやわらぐのでは・・・そんなことを考えながらこの中で一晩過ごす事にした。 ▼ 　ペルー　こんな土壁の空き家？でテントを張った。 　翌朝はとても寒く、ボトルの水は凍っていてガチガチ。途中の村で買ったパンもガチガチ。寒いテントで朝食を食べていると、びっくり。一人の男がテントの方にやって来た。暖かそうなアルパカ帽子をかぶっており、 「ここで寝たのか？どこへ行くんだ？」 と心配そうに聞いてくれた。こんな所でテントを張って寝た私を見てかなり驚いた様子。わたしもこんなに寒くて標高の高い、集落も遠い中から、突然何気なくやってきたおじさんにはビックリさせられた。 「この先に坂はたくさんあるの？」 と言った道の情報を聞いて、彼に別れを告げ、フリアカ目指し今日も出発。 　フリアカに辿り着けば、もう目の前はプーノの町。その前にはチチカカ湖があり、そこからクスコマチュピチュは自転車でなく、電車と列車の移動となる。ペルーの旅行ももう少し。この最後のアンデス越えをこなせばペルー走行のクライマックスが待っている。ボリビアへはもうすぐだ。 　出発してしばらくすると、後方から自転車に乗った地元のおじさんがやって来て私と一緒に少し走ってくれた。 「なんでこんな所を自転車で走ってるんだい？」 「自転車でプーノまで行きたいんです。」 そう言うと、おじさんは首を傾げ、不思議そうな顔をしていた。私の走りの遅さに呆れたのか、しばらくすると、 「アディオス。」 と言って先に行ってしまった。こんな砂地を軽装の自転車で移動してしまう地元民。スゴイ！ ▼ 　ペルー　４０００ｍを越える砂地の道で彼らの足は自転車？？身軽な格好。キャリアには重そうなポンプが積まれていた。 　こんな高地で私が以前から見たかったのは、アルパカの飼育風景。ビクーニャと違って近寄っても逃げないために、好きな角度や距離から写真を撮れるのが楽しかった。おとなしそうなラクダのような、羊のような生き物で、その暖かそうな格好をした動物は見ていて飽きなかった。そんなアルパカの姿を写真に撮りながら、私はイマタという村に進んだ。 ▼ 　ペルー　アルパカ・リャマの放牧風景。 ▼ 　ペルー　アンデス高原でのんびりしているアルパカたち。 ▼ 　ペルー　寒いマイナス気温の日も寒くはなさそうだ。 　イマタという村を通過しパチに向けて走り出すと、道もかなり悪くなった。土というよりはほとんど砂地だったので、固められているところは良かったが、そのままの砂の所はとてもじゃないが乗って進むことは出来ない。無人のアンデスの高地で息を切らせながら前進。この日は７１ｋｍ進んだ。風吹く中、道の交差点近くにテントを張り、ラーメンに缶詰をぶち込んで夕食。 　イマタの村は４３００ｍ。そこから更に標高は上がっているので、パチの村では４５００ｍはあっただろう。テントを張った翌朝は必ず霜が降りていた。 ▼ 　ペルー　タイヤが砂に埋まってしまうとそこでストップ。自転車を降りてしばらく押すことも。 ▼ 　ペルー　朝夕の冷え込みはとてもきつい。アンデスの野宿。 　この日の朝もガリガリのパンにジャリジャリのシャーベット状のジャムを塗って朝食とした。アレキパを過ぎて既に４日。風呂も入らずに走っているというのに、不快感はほとんどない。乾燥した寒い高地で、汗も出ていないのか、高地の爽やかさに救われていた気がする。 　何もいない退屈な道だったら苦痛だったかも知れないが、アルパカやビクーニャといった動物がいたので気がまぎれ、楽しい走行だった。周囲の山々や岩場もかつて見たことのない風景がほとんどで、私だったらもう、勝手に国立公園に指定してしまいたいような、そんな景色が広がっていた。 ▼ 　ペルー　澄み切った青空に変わった景色。 　 ▼ 　ペルー　ダートを走っていると何か前方に。 ▼ 　ペルー　アルパカの群の大行進。 ▼ 　ペルー　のんきそうな顔で、ほのぼのとした気分にさせてくれる。 　フリアカまでもう少しというときにようやく集落が現れて一安心。食堂もあったのでそこであったかいスープとロモサルタドという焼き肉飯を食べた。フレンドりーなおじさんが、 「フリアカの町は本当に気を付けろ。ナイフとかでこうだぞ！」 と、その危険さを教えてくれた。こうして注意を与えてくれるのだから、本当に助かる。 　久々にここで手作りの美味い飯を食べることができ、冷たいパン生活から解放されちょっとホッとして、また、走行を開始した。 ▼ 　ペルー　レストランで出会った人々は本当にいい笑顔をしていた。 　この日、リマで交換した後輪タイヤがトラブルを起こした。オクヤマ氏から提供してもらったタイヤだ。悪路のせいか、質が悪かったのか、リマから走ること１３５４ｋｍ。ピードワイヤーと言われるタイヤ内部にあるワイヤーが切れてしまった。これで内側のチューブが外に飛び出してしまっていた。いくら悪条件とは言え、最低でも２０００ｋｍは保つと考えていたのだが。これじゃダメだ。チリ辺りまで２本で走ってくれると思ったのに、このままではボリビアの山中でストップしてしまう。この先も前後輪違うサイズを使って、更に距離の走らないタイヤを使うのなら、思い切って新しいリムを日本から送ってもらった方がいいかもしれない。いや、そうしよう。そうすればサイズの問題も解決するし、長距離を走れる日本製のタイヤもボリビアに待っている。万事がうまくいく。砂道を走りながら今後の詳細な予定を頭の中で考えていた。 　フリアカはもう少し。神秘的なラグニーヤ湖を横目に、サンタルシアという村の手前で学校を見つけた。 ここにいた管理人さんに庭でテントを張らせてもらいたいと申し出ると、テントを張るなら教室の中がいいだろうとのこと。風の通らぬ教室に泊めてもらうことができた。助かった。 ▼ 　ペルー　手のつけられていない自然。神秘的な湖の姿がそこに。 ▼ 　ペルー　美しい真っ青なラングニーヤ湖。 ▼ 　ペルー　学校で野宿。気温は相変わらず低い。でも、風がない教室内は快適なキャンプ地？管理人さんに感謝。 ▼ 　ペルー　学校の校庭をのんびりと歩くアルパカと牛の群。 ▼ 　ペルー　アルパカよりも少し大きめのラマ（リャマ）こちらも暖かそうな毛を身にまとっている。 　学校を後に出発。 「今日はフリアカに辿り着けそうだ。」 フリアカに向けては少し道は下り、ブレーキをかけながら進んだ。標高も下がり日中は暖かくなり、いつもしていた保温の手袋も必要なかった。 　手元の地図上ではアレキパからフリアカ間はわずか１０ｃｍの長さ。実際は約５００ｋｍ程のダート道。期間にして６日間。このアンデスの峠もようやく越え、フリアカの町に着くことができた。大自然の中にしばらく放り出されていると、やはり人間の文明みたいな物が恋しくなる。人々が生活していて、賑わっている様子を見ると安心する。 　早速フリアカの町の約５５０円の宿に陣取り、ほっと一息ついた。 「やれやれ。」 重い肩の荷が降りたような気がした。私にとっては大きな峠越えだったように思う。 　夕方、私はお腹が減ったので、町の中心に出掛けた。すると屋台のようなお店が出ており、ここでまた、美味そうな物を見つけてしまった。ジャガイモ焼き肉串焼きとでも言えば良いのか、３０ｃｍほどの串に肉が３つ、１番上にはジャガイモがプスっと、刺さっている。この焼きたてを食べた物だからさあ、いけない。 「うまいな、なんてうまいんだ・・・。」 １本２５円という安さで、私は立て続けにもう一本、もう一本と、結局５本も食べてしまった。肉だけならばもう少しいけたが、てっぺんのジャガイモがくせ者で、これで結構腹が膨れてしまう。悔しいが、５本でストップ。 ▼ 　ペルー　フリアカで食べたジャガイモ焼き肉串焼き？は格別の味がした。 ▼ 　ペルー　フリアカの町で珍しげにやってきた地元民。北部や海岸線沿いに住んでいた人々とはまた違った感じの人々だ。 　私はフリアカからチチカカ湖畔の町、プーノへとペダルを踏んだ。 「あのマチュピチュはもうすぐそこなんだ。」 ■ 次のストーリー第７７話へ▼