第２４カ国　ペルー　「リマ到着」

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第７３話　２４カ国目　ペルー

「リマ到着。」

「カメラ落とすなよー！」
下痢気味のギィさんは私にそう言った。

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アラスカ出発１９９２／４／１～ペルー１９９３／９
ペルー出国までの走行距離　約２７７８４ｋｍ

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南米走行１９９３／３／１～１９９４／６／２７
走行距離　約２１６９７ｋｍ

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ペルー走行　１９９３／４／２２～１９９３／９／４
走行距離　約３０４３ｋｍ（全南米走行距離の１４％）

　トレッキングから帰ってきて自分の自転車を見ると、やはりほっとする。そこには輪っこが付いているのだ。変な言い方だが、自転車はひと踏みで道を転がって行ってくれる訳だ。トレッキングのあの１歩１歩のしんどさを思うと、サイクリングとはなんと楽な移動手段なのかと、改めて思ってしまうのだった。
　ワラスでは、へとへとの体を休めるべく休息を取った。のんびりと滞在しながら、ホテルコパの屋上で洗濯などをして汚れ物を洗い、また始まるリマまでの走行に備え、雑用をこなした。
　町の銀行で両替。食堂に行って食事。宿に帰って出発の荷造り。それから自転車の整備に手紙書き・・・。長旅の最中は暇なはずなのに、町に着くとなぜか、あれもこれもと、やることが次々に湧いて出てくるようだった。

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　ペルー　我々のワラスでの滞在先「コパ」。

　ワラスの町を後にしたのは、５月２０日。町の「アルペスアンデス」というスイス人経営のレストランで軽くコーヒーとパンなどを食べた。ここでオーストラリアとカナダの女の子に出会い、ギィさんのお喋りが再び始まる。それも延々１時間。私としては早く出発したかったが、ギィさんはいつまでも自分のペルー走行の体験談を喋り続けていた。彼女たちと記念写真を撮って我々は出発。

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　ペルー　ワラスの町のレストランで出会ったバックパッカーと。セルフで撮ったら調度、前をインディヘナのおばさんが通過していった。

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　ペルー　首都リマへ向けて出発。まだまだ先は長い。

　ワラスの町を後にコノコーチャ峠を目指した。標高は約４０８０ｍ。高いように感じるが、ワラスで既に３０９０ｍなのだから、その差は約１０００ｍ。緩やかな上りである。２人で笑顔でこの快適な、まるで爽快サイクリングロードとも言うべく道を南へと向けて走って行った。

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　ペルー　ワラスを出発。のどかな気持ちの良いサイクリング。

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　ペルー　ギィさんも笑顔で走っていた。

　しばらく走って途中のレストランで昼食。子供達は我々の変な旅姿を見て、とても興味津々らしい。次々に浴びせられる質問にギィさんは、
「これはこうだ、この町から自転車で走って来たんだぞ。キャンプなんかをしながらな。」
などと言っていた。まだまだ私はギィさんほどにスペイン語をペラペラと話せないが、子供たちとの交流は楽しく、勉強できる。私が箸などを見せてやると子供たちは喜んでいた。ペルーには本当にフレンドリーな人が多いね、良い国だよ、とだけ誉めて言った。もちろん爆弾テロなどの話しは別。

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　ペルーのレストランで。子供達との交流の図。

　春めいた季節の中のサイクリングはとても気持ちが良かった。しかし、いつも調子が良いわけではなかった。
　この日、爽快に走っていると、タイヤが大きな破裂音と共に、
「パン！」
とパンク。
「変なパンクだなあ。」
と思って見てみると、えらいことになっていた。
「ああーリム、リムが・・・。」
以前、コスタリカで長い坂道を下っているときに、穴ぼこにはまって前輪のリムが少しへこんだ。長い間ブレーキシューとの摩擦によってリムの空洞が露出し、穴が開いたような感じとなってしまった。

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　ペルー　リムが・・・。長期の自転車旅行では突然にトラブルがやってくる。アラスカから走ること２万キロ。

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　ペルー　取り急ぎの応急処置をして走り出したが、前輪ブレーキはもちろん使えない。こんな状態で４０００ｍの峠から下っていった。

　どうしようもないトラブルだが、何とか走ることは出来そう。重い荷物をできるだけ後ろのバックに積み、前に負担をかけないように走行をするしかなかった。長い時間ギィさんにもストップしてもらってしまい悪いことをした。応急処置を済ませ、チェーンに油を塗ろうとした。すると、ギィさんは、
「そんなチェーンオイル使ってるのか？ダメだぞ。」
彼のチェーンオイルはスイスからわざわざ持ち込んだ植物性の、言わば自然には害のないオイル。
「オレは南米を汚さないのだ。」
とでも言っているようで、この辺の自然環境への配慮やこだわりというのは、やはりスイス人ならではだった。
　トラブルにはあったものの、峠へと向けて、怪しくなってきた天気の中、ゆっくりとペダルを踏んでいった。

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　ペルー　４０００ｍのパンパ（平原）からコルディエラブランカが顔を覗かせていた。

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　ペルー　パンパと言えばやはり羊。「メ～」と、我々も真似しながら走る。

　この日、標高４０００ｍ近くのコノコーチャ手前の川沿いにテントを張って寝た。私の家（テント）を開放し、ギィさんを我が家に泊めてあげることにした。
「どうだい？広いだろう」
と、私も自分のテントを自慢して見せた。

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　ペルー　私のテントで一泊したギィさん。夕食中。

　次の日、日の出前に目を覚ますと真っ赤な朝焼けが見えた。気温はだいぶ冷え込んでいたが、そんな寒さも忘れて私は写真を撮っていた。やはり標高が高いせいか、朝は冷え込む。２人同じテントで寝て正解。自転車には霜が降り、バックもガチガチ。近くの川には薄氷が張っていた。

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　ペルー　冷え込んだ早朝、日の出の瞬間。神秘的な雰囲気に包まれる。

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　ペルー　まるで霜の芝生が一面に生えているよう。

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　ペルー　テントから顔を出すと気持ちいくらいの霜が降りていた。自転車も真っ白。

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　ペルー　川で顔を洗い、歯磨きをするギィさん。日が昇ると寒さも次第に和らいでくる。

　昨日の午後の曇り空とは打って変わり、この日は朝から快晴。日が昇り、今日も気持ちの良い１日は始まった。サラサラと流れる小川のせせらぎと、前方には雄大なコルディエラブランカ連峰。アンデスの野宿はなんと心地良いのか。川の水を沸かして飲むコーヒーは格別の味がした。世界はまるで楽園のような雰囲気だった。
　テントを畳み、４０００ｍのコノコーチャ峠にとペダルを踏み出した。天気も良ければ車の通りも少なく、文句無しの峠越えだと思った。しかし、ギィさんは腹の調子がどうもすぐれないらしい。
「どうしたの？」
「んー、何だか腹が痛いんだ。」
そう言うと草むらにと入っていった。通常の大便とは違うようだ。それは草むらに行く回数で理解できた。私は絶好調。しかし飛脚号のリムが心配。ギィさんは腹の調子が悪い。お互い絶好のコンディションではなかったが、無事に峠を上り切り、ペプシコーラを飲んで休憩した。

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　ペルー　コノコーチャ峠からの景色。

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　ペルー　ここが峠の茶屋。コノコーチャ峠（約４０８０ｍ）

　この峠を越えると、今まで両脇に眺めてきたコルディエラブランカとコルディエラネグラともお別れ。谷を脱出して、一気に海岸線へと下っていく。
「保ってくれるかなあ・・・」
私はリムが心配だったので、スピードは出せなかった。後輪ブレーキが使えないまま４０００ｍの峠から下るとは、最悪この上なし。とにかくリマまでリムが保ってくれればそれでいいのだが。ギィさんは腹が痛いのか痛くないのか、気持ち良さそうに長い下りを楽しんでいた。
「いいなあ・・・」
長旅にはトラブルが付き物。せっかくの下りだったが、しょうがなく時速３０ｋｍに抑えて下った。
　ある程度下ってから、我々はレストランに入った。すると後から２名のサイクリストがやってきた。
「あーこんにちは。」
ユンガイからヤンガヌコ湖への道程を一緒したダニエル氏とピエラマリー氏だった。
「いやいや、これは奇遇。」
彼らもやはりあの後でトレッキングしたと言う。すっかり先に行ってしまったと思ったのに、ビックリ。ギィさんも嬉しそうに、その後の様子を彼らに話していた。
　コーヒーなどを一緒したあと、せっかくだからと言う事でしばらく走ることになった。

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　ペルー　途中のレストランでダニエル氏らと再会。

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　ペルー　「おい、大丈夫か、カメラ落とすなよー。」ギィさんが心配そうに私を見ていた。

　４０００ｍを一気に下るかと思いきや、平地などもあり、ノンペダリング走行というわけには行かない。やや下り気味の坂を４人で下っていった。
　峠から海岸線まで調度半分程の地点にチャスキタンボという町があったので、ここのホテルに滞在しようと言うことになった。しかし探してみても、地元民に聞いてみてもどうやらホテルはないとのことらしい。困った我々だったが、そこはダニエル氏の出番。その辺の良さそうな「セマッフル」と言うレストランに行き、部屋の一画を貸して欲しいと申し出た。値段などの交渉も彼が担当してくれ、無事にレストランの部屋で安眠できることとなった。
　このレストランで食事は済ませ、店の人々と会話が弾んだ。しかし、肝心のギィさんはこの日体調不良。何回もトイレに足を運んでは、腹を抱えながら寝床に向かっていた。大丈夫かな。水便とかだったら、もしかしてコレラ？いやいや、まさか、そんなだったらサイクリングなど無理だろう。私は出発時から持っていて一度も服用したことのない、ビタミン剤を彼に渡した。ビタミンB１、B６、B１２。これを飲めばちょっとは良くなるだろう。
　いつもは盛り上げ役のギィさんがいなかったので、テーブルでの彼らとの会話も少し物足りなかったような気がした。
　レストランの人々にお礼を告げて出発。朝のメニューはパン、チーズ、コーヒー。

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　ペルー　お世話になったレストランの前で。

　出発してからもギィさんの体調は優れない。下り気味の坂で向かい風を受けながら４人で交代しながら走った。
　４０００ｍのアンデスの山々から下ること２日。ようやく海岸線の町、ウアチョに到着。パンアメリカンハイウェーと再び合流。ここの大きな町で４人で同じ部屋に泊ることにした。４人で２８ソル。１人当たり１泊約３５０円。
　この夜もギィさんは食欲不振。腹の調子もかなり悪そう。こんなに何日も容態が悪いようなら本当に心配になってくる。
　翌日、我々２名は出発を見合わせることにした。ギィさんの調子は今日も冴えない。ダニエル氏らには先に進んでもらうことにして、ここで別れた。ギィさんはベッドに横になり休養。そして何回もトイレにと足を運んでいた。
「１日に数リットルの水便は注意・・・」
どこかで聞いたことのある注意書き。
「もしかしたら、やっぱりギィさんはコレラか？」
本当に心配になってしまう。ギィさんは、
「小さい頃から体は丈夫なのに、こんな辛い思いをしたのは初めてだよ。」
と言う。
　私はギィさんにお願いされるまま、バナナを買い、砂糖どっぷりの紅茶を作り、ビスケットなどを用意した。明日はどうなるのか、ギィさん大丈夫だろうか。旅は道連れ・・・だな。
「１日寝て食べれば明日には回復するさ。」
ギィさんが強気で私にそう言ってくれた。
　５月２４日の朝。ギィさんの容態は？と心配だったが、どうやら回復。
「今日は走れそうだ。」
の言葉にほっと一安心。良かった良かった。１日の休暇を挟んで無事にペダルを踏み出すことができた。良かった。もう、この海岸線まで来てしまえば首都リマは目の前なのだ。

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　ペルー　ウアチョの町ホテルイタリア。元気になってくれたギィさん。