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第７２話 ２４カ国目 ペルー 「サンタクルーストレッキング」  「甘い物ちょうだい」と寄ってきたアンデスの子供たち。
アラスカ出発１９９２／４／１〜ペルー１９９３／９ ペルー出国までの走行距離 約２７７８４ｋｍ 
南米走行１９９３／３／１〜１９９４／６／２７ 走行距離 約２１６９７ｋｍ 
ペルー走行 １９９３／４／２２〜１９９３／９／４ 走行距離 約３０４３ｋｍ（全南米走行距離の１４％）  |
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ユンガイのルースラおばさんの宿にはしばらくの間荷物を預かってもらい、私とギィさんはヤンガヌコ湖にツーリングに行くことにした。 ここワラス近辺は、地元ペルー人からも「スイスペルアーノ（ペルーのスイス）」と呼ばれており、標高５０００ｍから６０００ｍ級の山々が見事に連なっている。我々が滞在したユンガイの標高も２５００ｍと、割と高目のところに位置していた。 ユラマルカ、カラス、ユンガイ、カルアス、そしてワラス。これらの町はちょうどコルディエラネグラとコルディエラブランカという山々に挟まれた大きな谷間に、ほぼ南北に走っている。ペダルを踏んで南下しながら、良いところだけに滞在して山などをトレッキングしていこう、というのがギィさんと私の目論みだった。 まず最初にユンガイから一気に標高３８６３ｍのヤンガヌコ湖に向かうことになった。富士山よりもちょっと高いくらいの所にある湖だ。 荷物はテントと自炊道具位だから軽いのなんの。ギィさんも私も、３０００ｍを超えても口笛などを吹きつつ、軽快なペダリングだった。土壁の瓦屋根の家々を眺めながらずんずんと高度を上げていく。しばらくすると国立公園の管理事務所があり、ここで入園料３ソルを払った。
ペルー 谷間をヤンガヌコ湖向けてひたすら上って行く。荷物が少ないので我々も笑顔。  標高が上がるに従い少し息が荒くなってきた。更に走るとU字渓谷の向こうに湖が見え出した。 「うわー、こりゃまるでスイスだな・・・。」 ギィさんが呟いた。今までいたペルーの風景とは一転、コバルトブルーの湖にU字型に削られた両脇の山々の美しさ・・・これはまるで秘境のようだと私も興奮してしまった。ペルーの知られざる大自然を発見したようなそんな気持ちで喜んだ。
ペルー スイス出身のギィさんが、「スイスみたいだ」と言ったヤンガヌコ湖。ここはスイスペルアーノ。  この日はワスカランの周囲は曇りだったため、その頂を望むことはできなかった。しかし、我々の前方には５０００ｍを越える白い山々が見事に連なっていた。美しいヤンガヌコ湖の景色に私は戸惑い、ギィさんはひたすら、 「んー。」 などと首を縦に振ったり横に振ったりして唸っているだけ。言葉にできない美しさとはこのことだろうか。ヤンガヌコ湖は二つの湖からなっているらしく、そのうちの上の方の湖のほとりに我々はテントを張ることにした。 雄大な景色を眺めながらテントを張って自炊。なんて贅沢な夜なのか。焚き木を集めて火を起こし、食事の準備。夕食のメニューはギィさんの担当。ジャガイモとにんじんと玉ねぎと米を煮こんだ、コンソメ味の煮込みスープおじや風。（私が勝手に付けた名前）味はなかなか。きれいな場所で運動をした後なので、何を食べても美味いと感じてしまう。彼の料理がマズイと言っているわけではないが、ただ、標高が高かったために料理が完成するまでかなり時間を費やしており、ちょっと米も芯が残ってしまっていたようだ。 ここから見る星空はこの世のものとは思えぬほどに、おそろしく美しかった。
ペルー ヤンガヌコ湖でキャンプ。星空を眺めながらギィさん特製の煮込みスープに舌鼓を打った。 
ペルー ここ、ヤンガヌコ湖の標高は富士山よりも高い。  ありがたいことに、３８００ｍでペダルを踏んでも高山病の心配はまったくないようで、２人ともピンピンしている。これから先、まだまだ標高の高いところは山と待っているので、この位の標高でバテたらどうしようかと思っていた。体質にもよるようだが、最終的に私はこの高山病とはほとんど無縁だった。 翌朝、寝坊のギィさんを置いて、勝手にその辺を自転車飛脚号と共に散策を始めた。 ヤンガヌコ湖を囲むバレーの深さが深さだけに、昇った太陽は一体何時に顔を出すのか。日陰はまだまだ冷え込んでいた。日光が出ていないので景色も今ひとつ。期待のワスカランは白いベールに包まれたままだが、雲のスピードは速く、青い空も時々見え隠れしていた。もう少し粘れば山は見えるかも知れない。 「あの雲、どかないかなあ。どいてくれー！」 私の願いが叶ったのか、ワスカランはその白いベールをぬぎ、姿を現し始めた。 「オオー、スゴイ！」 ワスカランだ。なんと高い山だろう。ヤンガヌコ湖が３８００ｍ。ここから見上げる約６６００ｍの頂上は、まるで天を見上げるかのようだ。私は一人興奮していた。山ではやはり早起きするに限る。
ペルー ワスカラン。北方にある頂。６６５５ｍ。興奮のあまり写真の日付を消し忘れてしまった。 
ペルー 標高３８６３ｍ、ヤンガヌコ湖の全景。 
ペルー 湖畔沿いを走るギィさん。  テントに帰ってギィさんに、 「今朝のワスカランはすごかったよ。」 と伝えた。 １泊だけで帰るのはもったいない、もっとゆっくり見てみたいなあ、と考えつつもテントを畳み、そのまま宿へのダートを下っていった。下り途中でギィさんはスピードを出し過ぎ転倒。肩を少々打撲した様子。 「大丈夫？」 と聞くと大丈夫だと言ったが、実はかなり痛そう。ちょっと心配しながらゆっくりと下って行き、無事、ルースラおばさんの待つ宿に戻った。 ５月１１日。我々はワラスの町に向けて出発することにした。出発間際にルースラおばさんは、私によくよく注意してくれた。 「リマから南は本当に気をつけてね。何か物をもらっても気軽に口にしちゃダメよ。スリも上手なのがいるから気を付けて。親切を装ってやってくる人にも気を付けてね。」 睡眠薬強盗にスリ。ペル―ではたくさんありそうな話。何とか被害には遭わずに進みたいものだ。 ２人お礼を言ってワラスへと走り出した。走りながら私は、ペルーに入国してから親切にしてもらった人々のことを考えていた。今までの親切は本当の親切だった。セビチェにスイカ、パパイヤに道案内に町の案内。北部の宿でもいい管理人のおじさんに出会ったっけか。リマ南部は人もがらりと変ってしまうのだろうか。 ユンガイからワラスにかけては気持ちの良いサイクリングロードが続いた。口笛吹きながらギィさんと写真の撮り合いをしながら走った。黄色い野の花に左手にはワスカラン。天気も良かったので、文句無しのサイクリング日和となった。
ペルー ユンガイからワラスの町に向かう道。のどかなサイクリングロード。 
ペルー ユンガイからワラスへ。気持ちの良い道。 
ペルー 快晴の平地で。我々も余裕の笑顔で走って行く。  標高３０９０ｍの町、ワラスに到着。コパと言うホテルに落ち着く。ギィさんはガイドブックを見て、 「この町にスイス人経営のレストランがあるんだ。今晩行こう。」 などと言う。スイス人の経営ならこれは高くつくぞ・・・。腹を括って覚悟を決めていた。 レストランで食べたのはフォンデュー。 「もう、美味い。美味くてたまらない！」 チーズはペルー製なのだろうか、このフォンデューに私は心を奪われてしまった。こんなうまい物を喰ってしまって、いったい勘定はどうなってしまうんだ！と考えていたが、なんとこの日の晩飯代は太っ腹ギィさんのおごり。 「いいんだ、いいんだ。」 と本人は言っていたが、大きな借りを作ってしまった。味に比例してか、値段もスイス並みだったらしい。 コパの宿の主人が、 「朝は山がきれいだから屋上に上って見てごらん。」 と言ってくれたので、早目に起きてカメラ片手に駆け上がった。すると、コルディエラブランカ連峰がずらり。 「ウワー・・・」
ペルー ホテル「コパ」の屋上から望遠で。朝方のワスカラン。 
ペルー 「コパ」から夕暮れのワスカラン。  これはすごい。ペルーワラス地方の山々はなんて魅力的なのだ。こういう場所では、ついのんびりしたくなってしまう。 ワラスの滞在中は手紙を書き、洗濯をし、２人でレストランなどに行って、このワラスの山をどう見るか検討したりした。 ワラスのとあるレストランに入り、地方の名物らしきクイという料理を食べることになった。何気なく頼んだその料理「クイ」。旅に出て、私はこれまでに嫌いで食べれなかったものは皆無に等しい。ご飯も「一粒残さず」が自慢だった。ところが、このとき目の前に出された料理「クイ」だけはお手上げ。とてもじゃないが食べられる姿形ではなかった・・・。ギィさんはうまいうまい、と食べていたが、結局私は食えず終い。こればかりは勘弁してくれ、という気持ちだった。
ペルー どうしても食べることができなかったペルーの「クイ」 （私のイメージ図）  対するギィさんはうまそうにチュパチュパとしゃぶりながら食べていた。果たして私はこんな貧弱で、アフリカなどを走れるのだろうか。 ギィさんと行動を共にしているせいか、すっかり欧米食が多くなった。クイはさておき、パスタにスープにアベ―ナ。朝からミューズリーなど。私も嫌いではないので、ギィさんペースに合わせた。 「ワラスでの過ごし方はやはりトレッキングしかないだろう。」 と言う事で我々の意見が一致して、５月１３日からいよいよ２人でトレッキングに行くことになった。自転車では見れない更に奥地の大自然を見に行こうと言う訳である。 ワラスの魅力は計り知れない。ツアー会社のオフィスを訪ねたところ、 「もし、あなた方がワラスのきれいな見所すべてをトレッキングしようとするなら、最低でも２ヶ月は必要ですよ。」 とのこと。改めてこのワラス地方の広さを知らされてしまう。 我々が計画したルートは、ヤンガヌコ湖〜カシャパンパまで、サンタクルースとワスカランの間の山をグルリ1周する、４泊ほどのトレッキングルート。具体的にはユンガイからヤンガヌコ湖を経て、４７６７ｍのヤンガヌコ峠を越え、バケリア、コルカバンバ、プンタウニオン峠（４７５０ｍ）、ヤマコーラル、カシャパンパの順で周るルート。
ペルー 我々が計画したトレッキングルート。４泊。  私は大きなバックパックは持っていないので、ホテルで借りた。４日間で１０ドルと言った安さ。ガソリンや食料などを準備し、テントはギィさんのノースフェイスを持って行くことにした。 宿ではギィさんと積め込み分担作業。 「これは？」 「ノー！」 「これは？」 「んー、持っていこう。」 「これは？」 「ノー!」 「えーっと、三脚は持って行こう。」 と私が言うと、 「そんな重いのどうすんだ？やめとけよ。」 「いや、持っていくんだ。」 などと夜な夜な準備をしていた。 そして出発当日。我々は乗合いタクシーで再びユンガイに向かった。ユンガイに着くと、車を待つ先客ツーリストがいた。彼らはやはり南米縦断サイクリストで、ピエラマリー氏（３５）とダニエル氏（３８）だった。フランス出身と聞いて、ギィさんはとても嬉しい様子で、ペラペラとフランス語を話し始めた。何か不服そうな顔で彼らが車待ちをしていたので、どうしたのかと思ったら、通常は３ソルでヤンガヌコ湖まで行くのに、１０ソルだと言うので納得いかないらしい。 「ツーリストだから高くとろうなどとはとんでもない！」 と言うのがダニエル氏らの言い分。そこを言って差額は３００円程なのだから、と妥協してしまったら、後でやって来る旅行者はどんどん高いお金を要求されてしまうに違いない。 １、２時間の交渉の結果、４人と言うことで、１人７ソルずつで交渉成立。やっと落ち着いた。先日もギィさんと自転車で上ったヤンガヌコ湖に、今度は車で向かった。
ペルー ギィさん、ダニエル氏、ピエラマリー氏らとヤンガヌコ湖に車で向かっていく。  ベネズエラから南下してきたダニエル氏らは、ベネズエラ市内でいきなりピストル強盗に遭い、カメラなどを盗まれたと言った。調度車が通りかかったために全部盗まれずに済んだそうだが、ベネズエラも行くならば、気をつけた方がいい、と言ってくれた。ヤンガヌコ湖に到着したのは１３時。以前に来たときとは比べ物にならないくらいの快晴。誰がどの様に写真を撮ってもポストカードにできるようなそんな景色があった。やはり何度来てもヤンガヌコ湖はいい。
ペルー ポストカードのような眺め。ヤンガヌコ湖はいつ来ても美しい。 
ペルー ４人で一緒に湖畔を歩く。 
ペルー 山の中腹まで登り、ダにエル氏らと別れた。 
ペルー チョピカルキの山。  相変わらず我々は写真をパチパチ。ダニエル氏らはヤンガヌコ湖に１泊して降りるとのこと。湖畔で彼らと別れ、我々は更に上のヤンガヌコ峠を目指した。 普段あまりバックパックかついで長い距離を歩いたことはなかったので、早くも足の裏が痛い。自転車とはどうも使う筋肉が違うのかもしれない。参った。 結局初日は峠の頂上まで着けずに、途中の４５００ｍほどの所でテントを張ってキャンプ。ここまで登るとさすがに寒い。固いご飯と固めのラーメンで夕食とした。暗くなった夜の８時にはすでにテントの中でくるまって明日に備えた。
ペルー ヤンガヌコ峠手前でテントを張った。標高約４５００ｍ。  朝方は多少の雲があったが、ワンドイやワスカランを眺めることができた。わずかな写真を撮り、いよいよ４７６７ｍのポルトチュエラデヤンガヌコ峠に向かった。こんな標高の高い所までリュック背負って登るのはもちろん初めて。息が多少荒くなるだけで、他はめまいなどもなく正常。良かった。私もギィさんも高山病の心配はない。
ペルー ポルトチュエラデヤンガヌコ峠（４７６７ｍ）。  しかしながら５０００近くになると、思いっきり息を吸い込んでも気のせいか、何か空気の味が違うような、空気の薄さというものを実感した。峠からは一気に３５００ｍまでひたすら歩く。長い長い下りだ。２人の交わす言葉も何となく減っていった。 徐々に標高が下がっていくと緑も出てきた。 「スイスみたいだ。」 牛の放牧風景などが見えてくるとギィさんがそう言った。
ペルー ヤンガヌコ峠を下っていく途中の景色。「本当にスイスのようだ」ギィさんが言った。  ツーリストも多いのか少ないのか、村で老人や子供に出会うと必ず物乞いを受ける。子供たちは、 「ダメドゥルセ（甘いものちょうだい）。」 と言い寄ってきた。こんな山奥での子供たちの暮らしとはいったいどんなものなのだろう。
ペルー 「ダメドゥルセ（甘いものちょうだい）」と言ってきた可愛い子供たち。 トレッキングをしていると、いかにタイヤの付いた自転車が楽なものか改めて知らされる。１歩、また１歩・・・。７年かけて徒歩で南北アメリカを縦断したと言うイギリス人のことを、このとき考えていた。自転車でさえも遠き道のりを、徒歩でこんな感じで歩いて縦断したのか・・・。重い、辛い、自分の足の２、３０センチの歩幅を見つめながら感心させられてしまった。 自転車では見逃してしまうような植物との出会いも、徒歩ではたくさんある。歩きにもやはりそれなりの良さがある。
ペルー ゆっくりだから見えてくる・・・。小さな生命たち。  ３５００ｍのコルカバンバから、４７５０ｍのプンタウニオン峠に向けて再びジワジワ登り。肩に食いこむリュックを岩場に乗せては体を休め、ゆっくりと登って行く。午後も休み休み登って、ようやく峠の見えそうな標高まで登ってきた。 「この辺でどう？」 私は小さな水溜りのある岩場を指差した。彼も疲れてか、荷物を下ろし、キャンプの準備を始めた。このとき天気も少しくずれ、雪が散らつき始めていた。ここの池の水を使い自炊をして２人ヘトヘトで寝袋にくるまった。
ペルー 小雪が散らつく中、標高４６００ｍ程でテント。  ４日目、最後の大きな峠プンタウニオンを上っていく。私は地図通りの方角に行こうとした。ところがギィさんはあさっての方向へ行こうとする。 「？・・・ギィさん、峠はこっちじゃないの？」 「え？そうか？こっちじゃないのか？」 私は地図を見せて説明する。彼の予測進路を疑ったのには私にも理由があった。トルヒーヨにいたときも、街中でも、たまにホテルとはあさっての方向に歩くことがあったのだ。 結局リマに着くまでに４回ほどギィさんの方向音痴を確信する場面にでくわした。本当に方向音痴かどうかは分からない。しかし、この方向音痴が彼のその後の人生を大きく変えようなどとは、このときの我々にはとても想像できるものではなかった。 それにしても本当にギィさんは方向音痴なのか？いや、だとしたらエクアドルからペルーになんて自転車で走ってこれるだろうか・・・。 小雪舞う中、４７５０ｍのプンタウニオン峠に無事到着。
ペルー プンタウニオン峠（４７５０ｍ）。  プンタウニオンからは曇り空の中、なだらかな坂をゆっくりと下って行った。もう、くたくた。２人の会話も本当に少なかった。標高が下がっていくと天気も回復し、のどかなのんびりとした光景が再び広がってきた。
ペルー 峠を下ると次第にのどかな景色が広がっていった。 
ペルー 最終日のキャンプ風景。ポカポカとした気温の中で。  最後のキャンプ地から平地をのんびり、本当にゆっくりと歩き、ようやくカシャパンパの町に到着。ここでトレッキングも終了、あとは車での移動となる。 カシャパンパから車に揺られカラスに到着。カラスからワラスに向かおうと、乗り合いタクシーを探していると、運転手が言った。 「今日はどの車もワラスには行かないよ。」 「ええ？」 「テロリストがワラスとリマの中心に爆弾を仕掛けたんだ。」 と言った。見れば、車という車は本当に街中に停まっている。こんなのあり？しょうがなく、我々もカラスの安宿に投宿し、翌日、ワラスへと帰った。 重く辛く地獄のトレッキングだった。しかし美しい景色を見れた最高のトレッキングでもあった。
ペルー それはまるでトレッキングの出口のようだった。辛く楽しかった徒歩の旅は終わった。 
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