第３８話　３カ国目　メキシコ 「メリダ到着」 ユカタン半島で出会ったバナナ売り青年。 ▼ アラスカ出発１９９２／４／１〜メキシコ１９９２／１０ 現在の走行距離　約１４４９１ｋｍ ▼ メキシコ走行　１９９２／８／１３〜１９９２／１０／１６ 及び　１９９２／１２／２０〜１９９２／１２／３０ 走行距離　約４３３４ｋｍ

オアハカの町を後に、進路は東へ。ここからはユカタン半島にかけて北上していく訳である。ユカタンには多くのマヤ遺跡が存在しているので、寄れる所は寄っていくことにした。 ▼ 　メキシコ　ユカタンには多くの遺跡が点在している。 　私にとっては、 「たかが遺跡・・・」 と、観光気分で軽く見学してみようくらいの気持ちでしかなかった。しかし、モンテアルバンのような、まるで遺跡芸術展のような代物を見た後だっただけに、きっともっと素晴らしい遺跡に巡り会えるかもしれないと、できる限りの遺跡を見てやろうと思い始めていた。いつの間にか、その古代ロマンの素晴らしい世界に引きこまれていった。 　オアハカ東約６０キロほどに位置するミトラの遺跡に辿り着いた。大きさ自体それほどでもないのだが、その壁に刻まれた幾何学模様は圧巻で、カメラのシャッターを押さずにはいられないものばかり。次々と目の前に現れるそれを見ては、 「うーん。」 と、考古学者にでもなった気分で、ちょっと遺跡に触れたりした。 ▼ 　メキシコ　遺跡の幾何学模様。見ごたえがある。 　こうして現物に触れていると一層、当時のイメージが沸いて出てくるような気がした。手から何か伝わってくるものがある。遺跡に満足した私は、すぐ近くの商店の横にテントを張らせてもらうことにした。 ▼ 　メキシコ　すぐ近くの商店にテントを張らせてもらった。 　オアハカ地方の高原地帯から低地へと下っていく。次第に気温は上昇。村や小さな商店を見つけるたびに休憩をはさみ、ソーダ水やミネラルウォーターを飲んだ。水などにお金を払っている様子を見ていた地元の青年は、 「この先は坂も多いし、水を持っていかないとまずいよ。家の水をあげようか。」 気を使って勧めてくれたが私は断ってしまった。メキシコ北部にいたときは地元民からもらった水は平気で飲んでいた。しかし、 「ペルーで流行っていたコレラがメキシコまで北上してきている。」 などと大使館の領事の人に脅されて（？）いたので、それ以来水に対しては敏感になっていた。水は買うか、あるいは沸騰させるかのどちらかで使う事にしていた。コレラの予防接種は受けていないのである。こうした水代もバカにはならなかった。 　エルカルメンという小さな村に着いた。八百屋さんでジャガイモやにんじん玉ねぎなどを買っていると、いつもの会話が始まった。 ▼ 　メキシコ　田舎の八百屋さんに寄って行くことにした。 　時間も時間だったので、私はいつものように、 「この辺にテントを張らせてもらってもいいですか？」 と聞くと、 「この軒下がいいでしょう。」 と場所を指定してくれたので、ほっとした。かしこまった雰囲気がなく、気楽にテントを張って寝泊りができるのだからメキシコの自転車旅行は気が楽だ。これが先進国だったら、こんな風に簡単には行かない。八百屋の軒下で自炊をしていると蚊がうるさかったが、テントに入り、この日も無事に寝袋にくるまって眠ることができた。 　翌朝・・・。タイヤは前後輪共にぺちゃんこ。モーニングパンク。この辺り一帯はサボテンが多く生息しているので、そのトゲのせいかもしれない。朝１番でパンク修理とは、走る前からため息、気力も薄れてしまう。 「この先は長い上りよ。」 八百屋のおばさんは、そう教えてくれた。 「長い坂か、聞かなきゃよかったな・・・。」 ▼ 　メキシコ　メキシコらしい風景に出会った。触ったら痛そう。 　上りの走行途中でもタイヤの調子は悪く、空気漏れが頻繁で、修理したり、空気を入れたりを繰り返した。どうも徹底的に直さないとダメだろうと、宿へ着いてから修理することにした。 　ハラパデルマルケスという名の町の近くのレストランに飛びこみ、夕食をとる。到着したのは既に１９時。辺りは暗くなっていた。ここで食べ終えたら、再び走ろうと思っていた。しかし主人は、 「夜は危ないから走るのはやめといた方がいい。」 と、アドバイスしてくれ、 「うちのハンモックで寝ていきなさい。」 そう言ってくれたので、主人の勧めるがままに店内にたくさんぶら下げてあるハンモックで一夜を過ごすことにした。 　夕食を食べて、日中にやり残したパンク修理を始める。とりあえず、いや、完璧に直したはずだったが・・・。 　就寝準備をして、ブラブラするこのハンモックに座ってみた。 ▼ 　メキシコ　レストランにたくさん張られたハンモック。 　一度は寝てみたいと思っていたこのハンモック。ところが寝難いことこの上ない。実際に寝てみて初めて分かったが、寝返りを打てないせいか、夜中は何度も起こされる。この時は蚊避けを塗っていたのでまだ良かったが、そうでなかったら蚊の襲撃も避けられない。宙に浮いたまま腰を丸めて寝たせいか、朝方に目を覚ますと、腰や背中がどこか痛く、熟睡できなかった。一方の主人は良く眠れたそうで、気持ちのよい顔をして起きてきたが、私はすっかり腰痛状態。もう２度とハンモックでは寝まいとこのとき誓った。それにしても、起きたその場がレストランというのはいい。ハンモックでブラブラしながら朝食を注文などできる。 「ウエボスフリート、カフェコンレーチェ、イ、トルティーヤポールファボール。（目玉焼きにコーヒー牛乳にトルティーヤお願いします。）」 すると主人は、 「ココを飲んだことがあるか？」 と聞いてきた。 「いいえ。」 それを聞いた主人の娘が、冷蔵庫からヤシの実を取り出し、持ってきて見せた。娘は２ｃｍほどをこじ開けてストローを差すと、私にくれた。 「ありがとう。」 ▼ 　メキシコ　レストランの娘さんは私に椰子の実を飲ませてくれた。 　これが冷えていて実にうまい。飲んだ後はパカンっと割って中の実もちゃんと食べる。 「これが粉末になって日本に行くわけか。」 テレビでは見たことがあったが、実際こんなにうまい飲み物だとは知らなかった。レストランの主人や娘さんと写真などを撮り、私はメリダ向けて再び走り出した。 ▼ 　メキシコ　お世話になったレストランのファミリー。 　どうもここのところタイヤとチューブの調子が悪く、空気漏れに次ぐ空気漏れで、修理を繰り返しても直っているようで直っていない。 何が原因なのか全く分からず、走りながら修理を繰り返していた。暑さにも原因があったのか、私の下手くそな修理のせいだったのか。あるいはゴムのりの質のせいだったかもしれない。フチタンデサラゴーサと言う大きめの町に着いたので、ここで自転車屋を探した。 「この際大きなパッチを買っておこう。」 やっと見つけた自転車屋でパッチ４８枚を購入。早速町のホテルに陣取り、この日は部屋でパンク修理に専念した。 　ユカタン半島の付け根の部分辺りからか、平原地帯が始まっていた。シエラマドレの山地にもう泣かされることはない。平坦で真っ直ぐな土地で距離も伸び、気楽なペダリングの日々だった。 ▼ 　メキシコ　ユカタンにやって来ると周囲の風景もだいぶ変わってきた。 　マチヤスロメオの町で、商店とレストランを兼ねたような店があったので、いつものように玉ねぎなどを買っていると、主人が、 「そんなもの買ってどうやって食べるんだ？」 と言うので、 「自分で料理するんです。」 すると、 「じゃあ、ここでやっていけよ。良かったら泊まっていけばいい。」 メキシコではこんな調子で、いつも人の所にお世話になる。そんなに歓待してくれる訳でもないので、双方気楽な点が実にいい。 　ここで店員の２０歳のセニョリータ（独身女性）と話す機会があったので、旅の話しや仕事の話をした。 「１ヶ月にどれくらいもらえるのか？」 と聞くと、 「１５日間働いて、約１５万ペソ。だから１ヶ月なら３０万ペソで１万２千円かしら。」 と言った。１日１２時間働いて、月に１万２千円。あのコカコーラでさえ４０円もするのだから、物価の割には余り貰えていないのか。しかし、彼らは死ぬほど忙しく働いているわけでもないからなあ。そう考えると、低い分、気楽に仕事もできて良いかも知れない、と考えた。 　この日は主人の好意でベッドの上で眠ることができたのだった。 ▼ 　メキシコ　マチヤスロメオの街の商店。ここの商店の主の好意でベッドに寝させてもらった。 　早くメリダには着きたいと必死に走っていた。距離も快調に伸びた。平坦路をもくもくと走って１４３ｋｍ。平均時速は２０ｋｍ。 ▼ 　メキシコ　オアハカ州からベラクルース州へ。 　この日の宿はチキンショップ。８００円を払って豪快に鶏肉を食べてしまった。宿はケチっても飯は贅沢。というのは私の旅での鉄則だ。体を酷使する自転車旅行は肉体労働とたいして変わらないような気がする。ここでやはりいつものようにテントを張らせてもらった。夜は店番の少年や主人と、「夢」について辞書とビールを片手に話した。主人は、 「オレはこの店を大きくしたいんだ。」 少年たちは、 「オレは別に何も・・・。ただ、お金が欲しいなあ。」 そう言った。 ▼ 　メキシコ　ビールを飲みながら「夢」を語った。 　翌朝、６時５０分出発。この日も豪快に走った。お昼に通ったミナティトランという町では、バイパスを走るつもりが町の中心地に入り込んでしまい、また迷子。地元民に聞いて再び走行続行。走るばかりの毎日だが、少しずつメリダへ、そしてキューバへと近づいていくのが何よりの楽しみであった。 　夕刻に１軒の民家の近くの土地を借りて、１泊テントを張らせて欲しいと願い出ると、 「この辺はドロボーが出る、ダメだ。」 と言われた。 続いて、もう１軒の民家に寄ると、 「いいや、この辺は危険なんてことはないよ。」 と言った。そして主人は、良かったら家の中で寝れば良いと勧めてくれた。しかしこの近辺は蚊が多く、蚊帳も無いのでテントマットのみで寝るのは避けたい。 「部屋の中でテントを張ってもいいですか。」 と聞いてみると、問題はないようだった。家の中はボロボロだが、カラーテレビも冷蔵庫もちゃんとある。メキシコ人の田舎の人々の生活を少し垣間見ることができた。 ▼ 　メキシコ　のどかな朗らかな家族の家にお世話になる事になった。 　翌朝、家族は親切にコーヒーにマイース（とうもろこし）のスープなどを出して下さった。トルティーヤに比べるとマイースは今一つ食べにくかったが。 ▼ 　メキシコ　ユカタン半島を北上しているとバナナ売り青年に出会った。 　１０月３日。ビジャエルモーサを過ぎ、私は旅行小切手を換金すべく銀行を探していた。町の人に銀行の場所を聞いてみれば、 「今日は土曜日ですからやっていませんよ。」 「あ？土曜日か。」 旅に出てすっかり曜日の感覚も薄れてしまっている。手持ちの残金は４８０円。そしてカメロンの町に行くには海を渡るためにフェリーに乗らねばならない。これを払って残金が４０円。日曜日はどうやって過ごそうかと考えたが、初めてクレジットカードと言うものを使うことにした。トラブルはまさか起きないだろうと思いながら、サインをする。なぜか不安だ。まさか余分な請求は来ないだろうな。しかし、ホテルへの支払いもクレジットカード。ここでまたサイン。どうもカードを使うのは不安でしょうがない。しかしキャッシュがないのでしょうがない。 ▼ 　メキシコ　フレンドリーなホテルの従業員。 　翌朝、月曜日の銀行のオープンを待って両替。この列がまた長かった。ちょっとずつ進んで行くのだが、なかなか自分の順番はやって来ない。そして待つこと５０分。やっと私の順番。信州の銀行員のお姉さんが天使に思えるほど、ここの銀行員のお姉さんの愛想は悪かった。人が多いのでしょうがないか。と、彼女の顔を見ながら、 「ムーチャスグラッシャス（どうもありがとう）」 と言ってあげた。 ▼ 　メキシコ　銀行の前に並ぶ長打の列。 　この日はスーパーで買ったインスタントラーメンを抱えていたのでアメリカ以来の麺に私は喜び、どこか元気も良かった。晩はメキシコ湾に面した民家の浜辺でキャンプさせてもらう。１人のお爺さんがそこにおり、 「ああ、まったく問題ないさ。」 と、快くテント場所を提供してくれたのだった。 ▼ 　メキシコ　浜辺にあった民家の庭にテントを張らせてもらった。 　この爺さん、翌朝はヤシの実を見事な刀さばきで切り裂き、私に、 「これを飲んで行きなさい。」 とくれた。 ▼ 　メキシコ　見事な刃さばきで椰子の実を削った。 「うまいなあ」 「もうひとつ飲むか？」 「ええ。」 それを飲み終わると、爺さんは、 「もうひとつ？」 と再び言う。 「もらいます。」 結局、飲んだヤシの実は３つ。ペダルを踏み出すと腹の中はポチャンポチャンと音をたてていた。 　走り始めると、途中で小さな木造作りの学校があったので、興味半分でちょっと寄らせてもらい、自己紹介などをした。 ▼ 　メキシコ　ユカタン半島北上中に立ち寄った学校の教室で。 　メリダに着く数日前から私は興奮、いや、張りきっていた。メリダまで辿りつければ、そこから、キューバに行ける。そしてカリブの小国をも走ることができるのである。 ▼ 　メキシコ　道には大きな蜘蛛。タランチュラか。体調は１０ｃｍもあった。 　当時、早いときには朝４時には走り出している日もあった。日中は暑いので、朝方にできるだけ距離を稼いでおこうと思ったのだ。 「キューバだ、カリブ海だ、走るぞ。」 ▼ 　メキシコ　いよいよカリブも目の前。ユカタンに入って行く。 　メリダはもう、目と鼻の先。ウシュマルの遺跡に着いた。ここでは観光に徹した。ピラミッドのような大きな遺跡に上ると、自分の走ってきた道が見渡せる。 「ユカタン半島はジャングルみたいだ。」 北にアラスカ、南にパタゴニア。私が立っているのは遙か古代のマヤ遺跡。地球を走っているんだ。そう実感が湧いてくる。観光客に混じって私は遺跡の写真を撮った。 ▼ 　メキシコ　ウシュマルの遺跡を眺めて。 ▼ 　メキシコ　ウシュマル遺跡。 ▼ 　メキシコ　ウシュマルの遺跡にて。 　メリダに着いたのは１９９２年１０月９日。メキシコシティを出て、２４日目。メキシコに入国して約２ヶ月。旅に出てからはや、半年が過ぎ去ってしまっていた。 「５年で１００カ国が目標なのに、半年かけてようやく３カ国・・・」 先はまだまだ長い。 ■ 次のストーリー第３９話へ▼