第３６話 ３カ国目 メキシコ 「目指すはキューバ」  自転車世界旅行が終わった後はロバで世界一周？
アラスカ出発１９９２／４／１〜メキシコ１９９２／１０ 現在の走行距離 約１４４９１ｋｍ 
メキシコ走行 １９９２／８／１３〜１９９２／１０／１６ 及び １９９２／１２／２０〜１９９２／１２／３０ 走行距離 約４３３４ｋｍ  |
|||||||||||||
|
外国で特定の住所探しをするのは簡単だった。と言ってしまうと語弊が生じるかもしれないが、例えば大都会で「アンブルゴ通りの１６３番地」と言った住所を探す場合は、手元の地図でストリート名の索引を見て、それが借りに地図上の「Cの４」の範囲内だったとすると、その「Cの４」の地図上の数ｃｍ四方を探すと簡単に見つかってしまう。 自分の現在地も確認できれば、あとは標識や通り名の看板を頼りに進んで行けば、これほど簡単な住所探しはない。入り組んだ地形でも番地やストリート名さえ書いてあれば、意外にも簡単に見つけ出すことが出きる・・・はずである。
メキシコ メキシコシティは大都会。地図を見ても目的地に着くのは難しい。  簡単に行けるというのは、その番地や情報が正確だった場合に限る。私がメキシコのユースホステル探しをしたときは、その情報に問題があった。メキシコシティは大きく、まさに大都会。そんな町のユースホステルに行けば、きっと日本人に会えて、たくさんの情報や話が聞けるだろうと楽しみにしていた。とにかく、その日の午後にはユースでのんびりできればと考えていた。ところが、いざ町に入ると、標識も通りの名も書かれていなかったり、大きな交差点を渡るのに時間がかかったり、どこのストリートを自分が走っているのか、大都市で早くも迷子になってしまった。
メキシコ 多くの車と一緒にシティに入っていく。  その都度ポリスマンに、 「あのー、 ドンデエスタモス？（ここどこですか？）」 などと聞いていた。一回聞いて、あとは地図と照らし合わせて進んで行けば良いのに、それがなかなか考えているようにはうまく行かない。メキシコ市内に入ったのは昼の１２時。それから２時間うろうろと探し回ったあげく、やっと目的のその地名のところにやって来た。
メキシコ とにかく大きな街。地図を持っていても迷子になってしまいそう。  「やれやれ。」 近くまで来て近所の人に聞いても、分からないやら通じないやらで困ってしまったので、ユースに電話を入れてみた。しかし、 「プー、プー、」 と、通じない。再び聞きこみで探すことにした。 「この住所知っていますか？何かホテルのような宿泊施設だと思うんですが。」 何人かに聞いてようやく、 「あ、あっちですよ」 と教えてもらうことができた。 「やれやれ。意外に早く着けて良かった。」 しかし、その建物はユースホステルとは雰囲気がどこか違っている。リッチそうな高級な仕度をした人々が歩き回っていたり、また、ガードマンがいたり。若者のユースホステルのイメージとはかなり違っている。私はフロントにいたお姉さんに会員証を提示して聞いてみた。すると、 「なんですかこれは？」 と言わんばかりで私の会員証を見ている。 「ここはユースホステルですよね？」 「いいえ。あれはもう、セントロの方に移りましたよ。」 「・・・そうですか。住所知っていますか？」 「ええ。確か、アンブルゴ通りの１６３番地よ。」 フロントのお姉さんは丁寧に紙に書いて教えてくれたので、嬉しくなって、私は、 「どうも、ありがとう、本当にありがとう。」 と感謝を込めて彼女に伝えた。せっかくシティの南までやってきたのに、再び町の真中まで行かねばならない。街中は噂どうりのスモッグで、ときどきマスクを付けた人も目にする。そんな中を私は、 「ハア、ハア、ハア」 とやっているわけだから、きっと体にいいわけがない。 「こんな排ガスたっぷりの都会には住みたくないものだな。鼻をかめば、きっと真っ黒だろうなあ。」 午後の２時から町の中心に舞台を移す頃には夕日も沈み、周囲は暗くなり始めていた。遅くなったのはスライドフィルムの現像場所を探していたこともあった。ここシティではメキシコ写真のキャプション書きもやらねばならない。 「えーっと、アンブルゴ通りの１６３番地か、アンブルゴ、アンブルゴ・・・あった。」 ようやく、それらしきストリートを見つけたのは夜の７時半。排気ガスにまみれながら、１軒の住所を探すのに半日が過ぎてしまっていた。 「やれやれ。」 ところが、住所探しはハッピーエンドで終えることはなかった。その１６３番地は靴屋さんだ。 「あれ？靴屋？」 そんなはずはない。よくよく住所を確認してみても確かに「アンブルゴの１６３番地」だ。どういうことなのか。ないということは、住所がまた間違っているのだろうか。近所を見回すと、 「お、フェデラルエキスプレスだ。」 宅配会社みたいなものだということは知っていたので、早速、ちょっと失礼して聞いてみた。ここなら英語も通じるはずだ。 「あの、ユースホステルってこの辺に？」 私は英語で聞いてみた。しかし、 「いいえ。」 「・・・おかしいなあ。」 そのとき、ちょうど社内に来ていた１人のおばさんが、 「良かったら、私が安そうなホテルに連れて行ってあげましょう。」 という話になり、私はユースホステル行きを諦めることにした。半日かけても一軒の宿を見つけることが出来ないなんて。ちょっと悔しい気がしたが。メキシコの中心にはなかなか安い宿は無かった。あっても狭く、階段をいくつも上るようなところ。しかし、早く決めないと。おばさんも親切に教えてくれている訳だし・・・。結局４軒ほど回った中で、１泊１５ドルと言う宿に落ち着くことができた。ボロ宿だが大都会で路頭に迷うことなく安堵したのだった。
メキシコ ようやく一泊１５ドルの宿を探すことができた。 
メキシコ シティで私が泊まったホテル。  それにしてもこんなメキシコの大都市で、まさか、こんな親切なおばさんに出会うとは思いもよらなかった。 翌日、中南米の地図を探しに本屋やデパートなどへ出向いた。確かな情報もなく、どこの本屋が良いかなど全く分からない。南米の地図はあったが、中米の地図は見当たらなかった。メキシコ大使館の領事部に足を運んだのは、この日のお昼頃。日本にいたときからメキシコの領事の方には世界旅行の計画書を送っていたこともあり、担当の八日市さんは親切このうえなく、大変よく面倒を見てくれた。 「これはあなた宛の荷物ですよ。」 日本からの予備タイヤ２本に、私がアメリカから送ったパーツもちゃんと届いている。 「何か聞きたいことありますか。」 「あ、はい、中南米の情報を。」 そう聞くと、カリブ海のハイチや中米のパナマは避けた方がいいかもしれないと言った。私がキューバに行く予定だと言うと、 「え？キューバに行くんですか。それならビーフジャーキーやチョコレートを持っていった方がいいかもしれませんよ。」 「・・・そうなんですか？」 八日市さんは旅行代理店も紹介してくれ、広告担当の柴崎さんを通じて共同通信の上田さんを紹介してくれた。 翌日、早速紹介して頂いた共同通信メキシコ支局長上田さんを訪ねた。なかなか難しい番地で、１０人くらいの地元の人に聞いてやっと場所を見つけることができた。 上田さんは気さくな人で、まあ、のんびりしていきなさいとばかりに、私に部屋を提供してくれた。
メキシコ 共同通信メキシコ支局にお世話になった。  旅の話から人生に至るまで、楽しい話を聞かせていただいた。また、これから目指すキューバについても話をしてくれた。 「キューバは素晴らしいよ。日本みたいな義理人情みたいなものがあるからね。ソ連からの援助が無くなった今は、彼らの足は君のような自転車だ。」 と言った。テキーラを傾け、私はほろ酔い気分で上田さんのキューバの話に耳を傾けた。奥さんはフランス人で日本語をペラペラと操る。１人娘の佳林さんも日仏ペラペラである。私はここの部屋を借りて現像した写真の整理などをさせてもらったりした。
メキシコ 小さな机とベッドのある部屋でしばらく居候させて頂いた。  翌日、八日市さんの紹介の、東洋ビアハンドという旅行代理店にキューバ行きの件を確認すべく出向く。ここで森沢さんという若い日本人男性と仲良くなり、メキシコについての話を聞くことができた。 「メキシコ旅行した人のメキシコ人に対しての印象は、大好きか大嫌いかのどちらかに分かれますよ。」 きっと、大好きと言うのは私のような自転車旅行者のみだろうか。これまでいったい何回の温かい親切を受けただろうか。少なくとも私は、「大好き」の部類に入るだろうと考えていた。しかし、多くのツーリストが盗難に遭い、強盗に遭い、暴行事件に遭い、羽交い締めにされてる・・・。そんな話を聞くと、私の経験からはちょっと想像しがたいものがあった。知られざる恐怖のメキシコの姿を聞かされた思いがした。 「待井さんは運がいい方ですよ。」 森沢さんはそう言った。彼とは年も近く、旅行と言う話題で共通していたので、この夜森沢さんと、もう１人の同社に勤めるミカさんとマクドナルドで待ち合わせをして、メキシコシティの話を聞くことになった。 メキシコシティでは、車が多すぎるのでマイカー規制があるのだという。市内を走る車には色別のステッカーが貼られ、月曜日は黄色のステッカーを貼った車のみが走れる。火曜日は緑色のステッカーを貼った車オンリーと言った具合で、制限されているらしい。排ガスがひどいという話しを聞いたが、どれ位ひどいのかと聞いたら、スモッグがひどく、風のないときは飛行機が空港に着陸できないというから、想像を絶する。 「飛行機がスモッグで着陸できないなんて・・・」 森沢さんに不安だったキューバ行きの件を聞いてみると、そのルートを詳しく教えてくれた。ユカタン半島のメリダから、キューバ行きの便は出ており、旅行代理店も数多くあることが確認できているので、現地で直接当ったほうが良いでしょう。といった返答をもらった。 「・・・ということは、メリダからキューバへは行けるってことですよね」 「ええ、可能ですよ。」 この言葉を聞いて、ほっと一安心。 「キューバに行けるんだ。それもユカタン半島のメリダからだ。４カ国目はキューバだ。キューバを走りに行くんだ。」 前進の道が開け、カリブ海へのサイクリングに思いを馳せた。しかし、ユカタン半島の先端のメリダへはまだまだ長い。１ヶ月弱はかかるだろう。上田さん宅ではガレージで部品交換を行い、これからの走行に備えた。
メキシコ 自転車の部品交換を行った。 
メキシコ 出発以来初めてクランクのギアを交換。１２０００ｋｍを走ったミディアムギアの減り方は実に見事。 
メキシコ 森沢さんとミカさんからはこんなまめな一筆を頂いた。 
メキシコ メキシコ版の「デニーズ」みたいな存在らしい。  上田さんの言葉に甘え、結局４泊もお世話して頂いてしまった。私は、必ず世界一周を完走して、その吉報を上田さんに送ろうと心の中で思っていた。 １９９２年９月１６日。メキシコシティから、目指すはキューバ。ユカタン半島へ向けて進路は南下から一時北上ということになるか。また一つ違った国を目指すときというのは、何か自分の体にムラムラとこみ上げる走行意欲みたいなものが湧いてくる。 お世話してくれた上田さんは私の一筆帳にこう書いてくださった。 「あなたとは別の意味で、冒険を自分でもしているつもりです。目標の形、困難さに違いこそあれ、同じような時間の使い方をしているつもりです。旅行の意味を尋ねるような野暮なことはしません。自分の人生の意味を尋ねる人がいても答えられないからです。今日は曇り空ですが、メキシコで霧ケ峰の空気に出会った気がしました。さわやかな日です。１９９２年９月１２日。上田」
メキシコ 貴重な出会いだった。  メキシコシティではたくさんの方に出会い、お世話になった。
|