第３４話　３カ国目　メキシコ 「メキシコ　温かい人々」 ゴメスパラシオの街でオロスコファミリーの歓待を受けた。 写真左からモイ君、ミミさん、お母さん。 ▼ アラスカ出発１９９２／４／１〜メキシコ１９９２／１０ 現在の走行距離　約１４４９１ｋｍ ▼ メキシコ走行　１９９２／８／１３〜１９９２／１０／１６ 及び　１９９２／１２／２０〜１９９２／１２／３０ 走行距離　約４３３４ｋｍ

ドゥーニャたちに別れを告げた私は、その夜サウシージョという小さな村についた。競走馬を育てていると言う牧場のような地を借りて、ここにテントを張らせてもらうことにした。 ▼ 　メキシコ　ここは小さな牧場だった。 ▼ 　メキシコ　私がテントを張った牧場。 　のんびり田舎で熟睡できると思ったが、夜にはアヒルはガーガー、馬がヒヒーン、蛙がゲロゲロ。動物たちの盛大な合唱会は夜中中続き、眠れたものではなかった。 「もう、牧場野宿はやめよう・・・。」 お世話になった牧場の人にありがとうを告げて、更に南下を続け、ヒメネスと言う町を目指した。相変わらずの退屈な草原地帯を走る中で、一番の楽しみと言えば食事。疲れ果てたときにレストランなどの建物が見えてくるとほっとしてしまう。 　この日の昼に寄ったレストランでは、またうまいものを発見して喜んだ。それはトルティーヤにケソ（チーズ）を挟んだもの。このチーズがでかく、カルシウムたっぷりといった品で、喜んでかぶりついた。 　レストランで食事していた以外はひたすら草原を走っていた。行けども行けども景色に変化がないと、精神的に疲れる。午後６時。ようやくヒメネスの町に辿りついた。ここでは宿を取ることにしていた。 「アイ、アルグーナ、バラトオテル、セルカドアキ？（近くに安いホテルはありますか？）」 私は地元の小さな商店に入り、おばさんにほとんど棒読みといった覚えたてのスペイン語をしゃべってみた。 「オテル？（ホテル？）」 「シーシー、オテル。（はい、ホテルです。）」 すると、 「パラヤー、ポラヤー、イ、デレーチャ（あっち行って、こっち行って、そして右へ）」 パラヤーとか言われても私には分からないので、地図に書いてもらって、やっと理解できた。おばさんに教えてもらったホテルは主人が留守とかでダメ。他のきれいそうなホテルを当ってみた。大きくて見栄えもいいそのホテル。 「こりゃ、高いなあ、きっと。」 ダメでもとりあえず聞いてみようと、中に入った。すると、 「え、オチェンタミルペソ？（１万９０００ペソ？）そりゃ安いなあ。お願いします。」 私は数字の聞き取りにはすっかり慣れたつもりでいた。しかし、実際は８万（オチェンタミル、３２００円）と１万９千ペソ（ディエスヌエベミル７６０円）をことごとく勘違いしてしまっていた。中に入ると、とてもじゃないが、それは７６０円で泊まれるような部屋ではなかった。テレビもあるし、エアコンも電話もある。私は、 「メキシコはいい国だ。７６０円でこんないい部屋に泊まれるなんて。」 ▼ 　メキシコ　テレビ付き、エアコン付きで７６０円？それは安すぎる。 　私は喜んで風呂場で洗濯を済ませ、儲かったつもりで夕食も奮発し、ビールを飲み、腹を出したままベッドに横になってしまった。 　翌朝、主人に１０万ペソを出すと、おつりは２万ペソしか戻ってこない。 「え？８万１千ペソのお釣りじゃないんですか？」 主人と紙に書いてやりとりをするが、どうも話がかみ合わない。 「１泊が８万ペソ、おつりが２万、どこが悪いんだ？」 「８万って・・・？１泊１万９千ペソじゃないんですか？」 私は紙に書くと、 「いや、料金はオチェンタミルペソだが・・・。」 「オチェンタ、オチェンタ、オチェンタ・・・」 聞き覚えのあるその数字は、 「んー？」 このときやっとオチェンタは「１９」でなく、「８０」だと言うことに気がついた。 「・・・ああ。待てよ、と言うことは３２００円！！うわー。」 ７６０円と思って喜んだホテルの値段は、なんと３２００円。とんだ大失敗。なんて間抜けな私。大出費に落ち込みながら、ヒメネスの町中を走り出した。しかし、昨日はお腹を出したまま寝たせいか、腹の調子が悪い。引き続き街中を走っていると更に悪くなり、そのうち急にお腹がグルグルと言い出し、便の方も怪しくなってきた。 「ううっ。くるか？」 前兆がしたので、迷わずガソリンスタンドで、トイレを借りることにした。自転車にカギをかけ、貴重品の入ったフロントバックを持って、もらす寸前で何とかトイレに入った。が、しかし、 「紙がない！」 私は再び自転車のところに戻り、トイレットペーパーを持って尻を押さえながら、台座のない洋式トイレにようやく落ち着いた。 「ふー。」 汚れたトイレだったが、用は足せて心底落ち着いた。 　ヒメーネスを出ると、４車線あったハイウェーのような道も１車線にと狭まってしまった。 ▼ 　メキシコ　長くて暑いアウトピスタは続く。 　ここからメキシコでの交通戦争、車との格闘が始まった。トレーラーに大型バス、小型トラックに乗用車。どれも最低でも８０キロは出している。ディーゼル車から出る真っ黒な排ガスなどたまったものではない。 「あー、なんでこんな所を走らなきゃならないんだ。」 古いトラックはマフラーを付けていなかったりするので、 「パパパパパーン」 と、機関銃を四六時中撃ち放っているような、耳をつんざくようなけたたましい音を立てて走っていた。こんな走行状況が、はるか南、レオンまでの９００ｋｍに渡って続くとは、このとき思いもしなかった。 　この日の宿泊地エスカロンに着き、レストランで食事を済ませた。このレストランにいた人々は、また明るく陽気で、私はジェスチャー交じりで会話を交わした。 ▼ 　メキシコ　陽気な人々の集まる屋台のようなところで食事をとった。 　どこかこの近くでテントを張れないかという話になり、 「それならパラヤー（あっち）のガソリン屋がいい。」 と教えてくれたので、そのガソリンスタンドらしき場所に行った。ガソリンスタンドと言うよりは、ドラム缶１本の給油所で、１５歳の少年がやりくりをしていた。客がくれば夜中でも起きて、そのドラム缶から車に給油するのだという。もちろん彼は２４時間働き詰め。 ▼ 　メキシコ　１５歳の少年は油まみれで働いていた。 　１リットルが１４００ペソで仕入れ値が１０００ペソ。１日に２００リットル売ると言うから４００ペソ×２００で８万ペソの儲け。私がドジってヒメネスのホテルで払った値段と同じじゃないか。１５歳で油にまみれて２４時間。そんな少年の姿には感心するばかりだった。翌日、少年達に別れを告げて南へ向けて走った。 ▼ 　メキシコ　少年たちよ、野宿させてくれてありがとう。スタンド経営の少年とその仲間たち 　エスカロンを過ぎても交通状況は改善されず、閉口しながらもペダルを踏み続けた。そんな中での安らぎと言えば、地元の人との触れ合いだった。レストランに寄って、例によって、「デドンデビエンネ攻撃」を受けるのである。今までは「どこから来た？」の問いで詰まっていたのが、更に発展し、 「なぜ自転車なんだ？」 とか、 「両親はなんて言ってる？」 と言った踏み込んだ会話もするようになっていった。毎日少しずつだったが、明るいメキシコ人と会話が長く続いていくのはたまらなく嬉しかった。盛り上がった皆さんと写真を撮って別れた。 ▼ 　メキシコ　レストランに入ると陽気な人々にすぐ捕まって質問攻めになる。 　この日の夕刻、一軒のレストランに寄ると、調度いい時間だったので、この裏の空き地を借りてテントを張らせてもらうことにした。レストランでは髭を生やした、「指名手配」とレッテルを貼られてもおかしくないような人相のおじさんたちがいっぱいいて、 「おまえ、メロンは好きか？」 と聞いてくるので、 「好きです。」 と言うと、おじさんは大きなメロンを半分に切って、私にくれた。 ▼ 　メキシコ　ひげを生やした悪人顔の人も実はとても優しい。 ▼ 　メキシコ　小さなレストランの裏でテントを張らせてもらった。 「こりゃすげー、おじさん、これいくらするの？」 と聞くと、 「５００ペソ」 「５００ペソって２０円？・・・これが２０円。」 電子立国の日本もさすがにメロンの値段は、メキシコには敵わなかった。レストランの裏でテントを張らせてもらったが、どこからともなくやってきたフレンドリーなメキシコ人とのやり取り、スペイン語レッスンが再び始まった。 「ドミンゴ（日）、ルネス（月）、マルテス（火）・・・」 この日は彼らに曜日の発音を教えてもらった。翌朝、彼らは早くに私を起こしにやって来て、テントを畳むのを手伝ってくれた。 ▼ 　メキシコ　テントを張ったところ。田舎のお兄ちゃんとの交流が楽しい。 　そんなフレンドリーなメキシコ人も、車に乗るとどうしてああも人が変わってしまうのかと思うくらい、運転はひどかった。見ていれば、トラックなどは皆で追い越せ追い抜けで、レースをやっているようだ。自転車のことなどは眼中にないようで、いつ交通事故にあってもおかしくない状況だった。 「こらー、馬鹿野郎ー！」 こんなところを自転車で走る私の方が悪いのだと知りながらも、大きな声で怒鳴ってしまうほど、メキシコの交通事情と言うのはひどかった。 ▼ 　メキシコ　ここはまだ路肩があるので走りやすいのだが。 　メキシコに入国して１０日、国境から走ること７５１ｋｍ。私が辿りついたのはゴメスパラシオという大きめの町だった。ここではどこか宿を取ろうと、街中を探し歩いた。なかなか見つからず、ウロウロしていると、 「ブエノスタルデス（午後の挨拶：こんにちは）」 と、一人の自転車に乗った青年が挨拶してきた。 「安いホテルを探しているんですが・・・」 と彼に聞こうとしたとき、調度目の前にホテルの看板があったので、 「ここに行ってみるよ。」 と告げた。彼も一緒にフロントについてきてくれ、値段を聞くと、約１４００円。 「野宿も続いたし、ここでいいや。」 と妥協しようとした。すると、一緒にやってきた青年は、 「高いよ。」 そう言うと、次に、 「ドルミール　ミ　カサ？」 彼はうまいジェスチャーで私の家に来ませんか？と誘ってくれた。 「それはありがたい。でも、ノンエスパニョールオッケー？」 と、スペイン語が話せないことを告げた。彼は１９歳の青年、モイ君と言った。 ▼ 　メキシコ　家に私を誘ってくれたモイ君。 　メキシコの好青年といった雰囲気で好感が持てた。彼は家に着くなり、 「ハポネース、ハポネース！」 まるで大事件でも起きたかのように日本人が家にやってきたーとばかり、家族に知らせた。大き目の家で、なんと１１人家族。長男、次男は独立して所帯を持っており、その家族も集まっていたりして、それは賑やかだった。長女ミミさんは英語を話せたので私はほっと一安心したのだった。 　この日は大きな隣町、トリョンのショッピングセンターに車に乗って皆して出かけた。私も車に便乗する。大きなショッピングセンターにはソニーにサンヨー、また「サンオー」と言った類似品も売られていた。日本製が多かったので、彼らが日本人を喜んで歓迎するのもどこか納得がいく。 「もう一泊していったら？」 モイ君もミミさんも滞在を勧めてくれたので、 「それじゃあ、もう、一泊いいですか？」 と言うとたいそう喜んでくれたのだった。 　夜にはこの家族、オロスコファミリーと一緒に夕食。お母さんの手作りのトルティーヤにひき肉、ピーマンのようなものを挟んだメキシカン料理。本当にうまくて、 「おいしい、おいしい。」 を連発すると、メキシコのお母さんはとても嬉しそうだった。 ▼ 　メキシコ　メキシコの温かな家族に誘われて、楽しいと時を過ごした。 ▼ 　メキシコ　優しい家族、オロスコファミリーにはただ、感謝するばかりだった。 　夜は遅くまでミミさんとモイ君のスペイン語レッスンを受け、私の頭はもうろうとしていた。 「スペイン語で何と言うのですか？」 というスペイン語は、 「コモセディセエスパニョール？」 これを覚えておくと言葉の上達も早かった。分からない単語があると、この、 「コモセディセ？」 を使った。 ▼ 　メキシコ　オロスコファミリーの仲良し兄弟。 ▼ 　メキシコ　子供たちに襲われる？私。 　翌日は１日中のんびりと家族の人々と過ごした。小さなエンリケ君と遊んだり、家の庭で飛びまわったりした。ミミさんがいる間はいいのだが、彼女がいなくなると会話に困ってしまい、 「こりゃ、まだまだ言葉の壁は厚そうだなあ・・・」 と、実感した。 　オロスコファミリーと別れ、再びメキシコシティに向かい南下を開始すべく走り出した。 ▼ 　メキシコ　網戸からおばあちゃんが様子を伺っていた。 ■ 次のストーリー第３５話へ▼