第３３話 ３カ国目 メキシコ 「メキシコ南下」  メキシコ北部、パリタの村で。 好奇心旺盛な子供たちが遊びにやってきた。
アラスカ出発１９９２／４／１〜メキシコ１９９２／１０ 現在の走行距離 約１４４９１ｋｍ 
メキシコ走行 １９９２／８／１３〜１９９２／１０／１６ 及び １９９２／１２／２０〜１９９２／１２／３０ 走行距離 約４３３４ｋｍ  |
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田舎牧場を後にして、昨日も行ったハイウェイ沿いのレストランへ朝から出向いた。アメリカやカナダでは、ファーストフードを口にする機会が圧倒的に多かった。しかし、メキシコでとった食事、主食と言えばトルティーヤ。とうもろこしの粉を練って丸く潰し、１５ｃｍくらいの大きさに引き延ばし、それをうすっぺらに焼いたもので、これに色々なおかずを挟んで食べる。おかずは辛い物が多かった。チリが効いたピリピリ味は私の口によく合ったので、メキシコでは食事に困ることはなかった。トルティーヤを主食とする、このメキシコ料理はおいしく、すっかりやみつきとなってしまったのだ。
メキシコ チワワへ向かうアウトピスタと呼ばれる道。  以前のアラスカやカナダの風景が、本当に同じ陸地続きだったなんて信じられないくらい、景色は変わってしまった。広大な草原にサボテン。切り立った残雪の山々もここでは目にすることはない。目の前の景色そのものが、「ここはメキシコ！」と語っている。 夕刻になって、小さなパリタという村に着き、その辺にいたおばさんに、 「ちょっとここで、一晩、テントを・・・・」 巧みなジェスチャーと、覚えたての片言スペイン語で伝えると、 「ええ、いいわよ。」 と首を縦に振った。私のテント設営の光景を見て、やってきたのは、子供たちだった。 「デドンデビエンネ？アドンデバ？（どこから来たの？どこ行くの?）」 このくらいの子供達の質問は理解することができたので、 「日本から来たんだ。メキシコシティに行くんだよ。」 そう答えると、私の自転車や旅の小道具をじっくりと見ていた。
メキシコ パリタの村で少年が遊びにやって来た。  子供たちの好奇心溢れる目の輝きは、日本の子供たちと少しも変わりなく、共通しているように感じた。しかし、彼らが日本の子供たちと大きく異なっていた点は、人の目をしっかりと見据えることだった。わずか７〜８歳の子供なのに、私がスペイン語理解に苦しんでいると、私の目をじっと見つめ、必死に伝えようとする。まるで大人顔負けのしっかりとした落ち着いた目で、どうしてこんなにもしっかりとしているのかと不思議でならなかった。 「名前はなんて言うの？」 と聞くと、 「ノエ」 と言った。
メキシコ 大きな目でじっと私の目を見つめる彼ら。こちらもたじたじだ。 
メキシコ パリタの村で。ノエ君撮影。 
メキシコ こんな所で野宿をした。  翌朝もノエ君は、もう１人の仲間を連れてやってきた。テントを畳んで出発の準備をしていると、ノエ君は私に一緒に行こうと、村の案内をしてくれた。小さな建物を指差し、 「エスクエラ。（学校だよ）」 と教えてくれる。
メキシコ どうやらあれはパリタの村の学校らしい。  民家が７〜８軒の小さな集落には、たくさんの鶏や牛や馬がおり、メキシコの田舎の農村の匂いがプンプンしている。こんな学校で育つ子供たちはのびのびしていいだろうなあ。私の大事なカメラは、すっかりノエ君のおもちゃと化しており、カシャカシャと好き放題シャッターを押されてしまっていた。
メキシコ 私のカメラはノエ君のおもちゃになってしまった。  パリタの村を後に、いよいよチワワへと向かう。ハイウェー沿いのレストランには腹が減っていなくても、できるだけ寄って行くことにした。なぜならば、そこでは必ず会話が必要であり、こんにちはから始まり、ありがとう、どこから来た、そしてなぜ自転車で旅を？といった質問を浴びることができるからだった。回数を重ねれば必ずスペイン語上達にもつながると確信していた。 この、チワワへ向かう途中も、私は１軒の古びたレストランに入ってみた。ところがここは古風過ぎて、開業しているのか、閉店しているのか、なんとも言えない建物だった。昔の雰囲気が漂っており、今にも潰れそうなレストランのようなお店でもあった。
メキシコ 昔の雰囲気が漂っていた古びたレストラン。  何か食べる物を注文するのも怖い気がしたので、 「あの、ジュースを下さい。」 私は棚に置いてあるジュースを指差して言った。すると店番していた老人は何も言わずに栓を抜いてよこした。近代的な物は何一つなかった。埃だらけの本棚に食器棚、昔の時計と古い置き物。それは両親の小さい頃の写真に出てくる光景と似ていた。 「まるでタイムスリップしたみたいだ。」 当時の私にとって、メキシコでの経験は全てが事件で、新しい発見だった。日本とアメリカ、そしてカナダと言った先進国しか知らなかった自分にとって、ショッキングな光景だった。ジュースを飲んだ私は、また、３ｋｍ程走って別のレストランを見つけたので、またまた立ち寄ることにした。今度は幾分マシなレストランだ。ちゃんとメニューもある。 「コーヒーを一杯、お願いします。」 すると出てきたのは透明なコーヒー。いや、ただのお湯だった。 「？」 私の注文の発音が悪かったのかと思ったが、テーブルにはネスレのインスタントコーヒーと砂糖が置いてある。 「これで飲めと言うことか？」 周囲を観察しても、なるほど、皆そんな感じで飲んでいた。メキシコではコーヒーはインスタント。それもセルフサービス。だから自分の好きな濃さで飲める。でもやはり、インスタントはインスタント。これ一杯が約４０円。 メキシコでの日中気温は、あのアリゾナのフェニックスの４２度と比べれば３０度と、暑くはなかった。しかし日差しは強く、乾燥していたため水をガブガブと飲んでしまった。道沿いに「AGUA（水）」と看板があったので、その先にあるスタンドに早速飛びこんで、水をもらうことにした。 「どこから来たんだ。」 一人のおじさんが聞いてきた。 「チワワに。」 「チワワ？チワワへ行くのか？ピストルでバンだぞ！」 「ええ？」 そしておじさんは、 「チワワへ行くなら、この道を右でなく、左だ。左を走らなければバンだ！」 嘘か本当か、訳が分からないまま半信半疑で言うとおりに、私は左の道を走って行くことにした。 ３日間野宿が続いたので、チワワではホテルを取った。ちょっと高めの２４００円という宿に落ち着く。日曜日のチワワの街中を歩くと、人がウジャウジャ。ゴミもすごい。屋台のような出店があって、威勢良く商売をしている。私の顔が珍しいのか、皆、ジロジロと見ていく。 レストランに入ってしばらく辺りの様子を伺っていた。すると、一人の女の子がコカコーラを買いにやってきた。店のおばさんはその場でビンの中のジュースを小さなビニール袋に移し変え、ストローを刺し、ゴムで縛った。まるで手品のようにその作業は素早く行われた。炭酸ジュースなのに大丈夫なのかなあ？などと思ったが、うまく飲んでいるようだ。結局、町に散らかっていたのはあの、飲んだ後のビニールの袋だったのだ。ジュース１本につき、１袋じゃあ、チワワの町は散らかる一方じゃないか。
メキシコ こうすれば確かに「ビン」を持ち返らずに済む。しかし、ゴミは散らかる一方？  レストランでトルティーヤと煮豆やアボガドなどを食べながら、メキシコ人の生活スタイルや習慣を観察した。やはりどこか変わっていて面白い。
メキシコ のどかな町の雰囲気のレストランに寄った。  チワワの町を走る車の多くが古い日本車で、私が小学生の頃に見た懐かしい日産車を見ては、 「あー、懐かしい！」 などと心の中で叫んでいた。排ガス規制前の車も多いのか、黒い排気ガスをバンバンと巻き上げて走って行くのは印象的だった。
メキシコ とにかく車の多かったチワワの街。  また、若い男女が白昼どうどうと抱き合い、熱いキスをしているのも印象的だった。ああ言った光景を見ると、 「そうか、ここはメキシコなんだなあ。」 と納得するのだった。 ８月１７日。この日、私は初めての盗難に遭った。チワワを後にフルーツを買いに商店に寄ったのが間違いだったのか、買い物を済ませ、走り出して休憩をしたときだった。ふとサイドバックの横のポケットを見ると、 「ない！三脚がない。あれ、予備のポンプもない。遂にやられた。」 それは初めての盗難だった。 「何でだ？なんで人の物を盗むんだ？」 その信じられない行為にしばらくショックで、道沿いで考え込んでしまった。 「自転車から目を離すなよ・・・」 アメリカ人が言っていた言葉が何度も思い出され、後悔し切れない思いだった。 「ああー、あの時・・・ああー。」 被害金額は約１万円。小さな三脚も予備ポンプも良いものだったのだ。盗まれて、まだ取り返しのつくものだったのは不幸中の幸い。でも、腹が立ってしょうがなかった。 「盗んでどうなる。金にするのか。盗まれた方はどうなる。見つけ出してとっちめてやる。ううー。」 色々と考えるが、探してもまず見つからないだろうし、道路沿いで私は諦めた。もし、盗んだ人間が日本と言う国に生まれ育っていたら、こんなことしないかもしれないな。逆に、もし、私がメキシコのチワワに生まれて、金に困る環境に生まれ育ったとしたら、同じように盗みを働いたのかもしれない。そう考えると気持ちは楽になり、彼を恨むと言うよりは、そうした環境に生まれ育ってしまった運命を悲しむべきだと納得した。 気を引き締めて私は走り出した。この日は、ガソリンスタンドの横に野宿をさせてもらおうとした。例の如く私は不慣れなスペイン語で、 「ここにカサデカンパーニャをオッケー？」 などと聞くと、 「おまえ、英語は話せるのか？」 「あ、はい。」 「あの向こうに私の弟の家がある。そこに泊めてあげるからちょっと待っていなさい。」 スペイン語続きで、分からないの連続だった私に、このときの英語ほど嬉しいものはなかった。また、彼のしゃべり方がゆっくりなのも良かった。お世話になった家は真っ白で、どこかの映画にでも出てくるような変わった造りで優雅な気分になれた。中庭のような所には噴水もあるではないか。
メキシコ きれいな建物。それでいてコロニー調の雰囲気がある。  ガソリンスタンドのオーナーの建物なのか、ここで、一晩お世話になることになった。 「誘ってくれたスタンドの主人は、 「いいか、メキシコシティでは、誘われても決して知らない人のところにはついていくな、危険だ。親切に見えてもいかんぞ。」 そう言うと、主人は腹に入れていたピストルをテーブルに出して目の前に置いた。 「うわ、これ本物だ？すごいなあ。でも、これで、寝ている間に撃たれたらどうしよう・・・」 そんなことを考えていると主人は、 「まあ、ビールでも飲め。」 ときた。 「まさか、睡眠薬が、入っていたり・・・」 疑って掛かると次から次へと頭の中で妄想が生まれる。 「いかん、いかん。」 私はおいしくビールを頂き、シャワーも頂き、部屋のベッドで一夜を過ごすことができた。翌日は無事に目が覚めたので、安心。というか、フレンドリーなおじさんたちだ、ということは接し方や話し方で分かっていたのだろう。
メキシコ 結局いい人たちだったのだが。どうしても疑いを持ってしまうことも。  代わりに、夜には珍客が私のベッドにやってきた。何かいるので懐中電灯で照らすと、カミキリムシが２〜３匹。 「うわっ。」 噛まれはしなかったが、あまり気持ちのよいものではなく、ヒョイヒョイパンパンとはらって再び眠りについたのだった。 デリシャスという町を目指す途中で商店に寄ってはジュースなどを買い、数字の発音練習などもした。 「これはいくらですか？」 と店主に聞く。すると、 「セテシエントスペソス（７００ペソ）」 「じゃ、これは？」 と聞くと、 「オチョシエントスペソス（８００ペソ）」 こんなことを繰り返していると、暇そうな店主は一生懸命数字の発音を教えてくれたのだった。
メキシコ 主人には申し訳ないが、こうした小さな店で数字や言葉のレッスンをさせて頂いた。  デリシャスの街には午前１１時くらいに着いた。再びこの町でジュースを買って休憩していると、ローラースケートを履いた若い女の子が２人やってきた。商店に入った彼女たちは、例によってストロー付きのビニール袋ジュースを口にして出てきた。片手にはドロップを持っており、私の目の前を通ると、 「まあ、食え、」 とばかりに、そのドロップを私の目の前に突き出した。なんか気さくで気取っていなくて、日本の女の子とはまた違っている。 「どこから来たの？」 「日本だよ。」 「年はいくつなの？」 私は辞書を見て「２４」という数時に「歳」を付けて、 「ベインテイクワトロアーニョ。」 とゆっくり、ちょっとひっかかりながら言った。 「名前はなんて言うの？」 と、いろいろ聞いてくるので、私も女の子に年齢や名前を聞いた。もちろんスペイン語の練習のつもりだった。年齢は２０歳にはなっていないだろうと思ったが、１７歳と聞いてビックリ。立派な女性に見えた。 「１７歳？・・・高校生じゃないか。」 ちょっと緊張して対応していたが、気が楽になった。片言の英語を話したその女の子たちの名はドゥーニャとミラール。ドゥーニャのあだ名はペロと言った。そんなペロが、恥ずかしそうに、モジモジしながら私に、 「もし、良かったら家に来ませんか？お昼を作ってあげたいの。」 と言うではないか。 「え？」 若い子の誘いならば、断るのもなんだと思い、私は喜んで、 「ハイ」 と返事をして彼女たちの後について行った。１分も掛からぬところにペロの家はあった。家族でアパート住まいで、お昼のせいか両親もいた。 「さあ、行きましょう。」 「え？」 ドゥーニャはフォルクスワーゲンを運転し、街中を走りまわって学校などに案内してくれた。メキシコでは１７歳の運転は合法なのか。２００円分のメキシコペソを片手に、彼女は野菜屋に飛びこみ、何やら材料を買っている様子。アパートに帰ると２人は早速お昼を作り始めた。トルティーヤとひき肉と野菜をジュウジュウと炒めたりしており、何か不気味なものが出てくるのではと思ったが、目の前には手作り風ギョーザとでも言うのか、タコスのようなものが出された。食べてみるとこれがうまい。私は辞書で「おいしい」の単語を見つけ、 「サブローサ！」 と言って上げると、彼女たちは喜んでくれた。それにしても若い女の子が見知らぬ（危険な？）自転車野郎をこんな風に招待してくれるなんて、メキシコはなんていい国なんだろうか。昨日の盗難の一件などすっかり忘れ、私は喜んだ。結局このデリシャスの町には午前１１時から午後の４時まで走行を中断し、ゆっくりしてしまった。 「いい思い出になってよかった。本当にありがとう。」 そう言って出発しようとした。アパートの外に出ると、ペロが悲しげな顔をしていた。 「ノーゴー、ノーゴー」 自転車のフレームを掴み、 「行かないで・・・」 そう悲しげに言ってくれた。
メキシコ 信じられないが「行かないで！」とフレームをにぎられてしまった。  私は映画の主人公にでもなった気分で、 「行かなきゃならいんだ。」 とさりげなく言って、ペロに別れを告げた。
メキシコ さらばメキシコの美少女よ。ペロ（ドゥーニャ）とミラール（右）  純粋なメキシコの女の子との優しい心のやりとりは、今も鮮明に思い出される・・・。
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