第３２話 ３カ国目 メキシコ 「メキシコ入国」  牧場でテント張りを手伝ってくれた家族と。
アラスカ出発１９９２／４／１〜メキシコ１９９２／１０ 現在の走行距離 約１４４９１ｋｍ 
メキシコ走行 １９９２／８／１３〜１９９２／１０／１６ 及び １９９２／１２／２０〜１９９２／１２／３０ 走行距離 約４３３４ｋｍ  |
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「これからが本当の旅だ・・・。」 メキシコ国境を前に、私は心の準備をしていた。言葉はスペイン語。文化も人も今までとは違う。本当に大丈夫なのか。アメリカやカナダ入国の時よりももっと緊張していた。リオブラボーデルノルテ、「北のブラボー川」を渡るとそこはメキシコ・・・。
アメリカ メキシコとアメリカ国境。 
アメリカ 前方には期待のメキシコが。いったいどんな国なのか？  「さあ、３カ国目のメキシコ入国だ。」 たくさんのメキシコの人々が、ビニール袋を下げて両国境を往来していて、言葉で表すなら、「ゴミゴミ」している感じがした。国境係官らしき人にツーリストカードとパスポートを見せると、スタンプも押さずに、 「はい、ツーリストは行って行って。」 とばかり、さっさと行けの合図。 「このカードとパスポートに入国スタンプが欲しいのですが・・・。」 ジェスチャー交じりで、私がそう伝えると係官は、管理事務所へと案内してくれ、スタンプを押してもらうことができた。事務所内もなんか、「ゴミゴミ」している。案内してくれた係官はわずかな英語を話したが、何を言うかと思えば、 「日本の女の子は可愛い。」 「へ？」 さっきまでの緊張の糸も切れ、 「きっと、こう言う国なのかな・・・。」 と、安堵感に包まれた。アメリカやカナダのようなキリっとした固い雰囲気は存在していない。係官の様子から早くもメキシコ人の陽気な明るさみたいな物を感じ取ることができた。
メキシコ メキシコ国境出入国管理事務所。  スペイン語の辞書と地図を片手に私は走り出そうとした。しかし、どっちへ走り出していいのか全く分からずチンプンカンプン。そこで道行く人に、 「英語話せますか？」 と聞いてみたが、全く分からない様子で立ち去ってしまう。この頃私が知っていたスペイン語と言えば「ありがとう、こんにちは、さようなら、１、２、３、日本人」くらいで、単語数は１０もなかった。やっと話せる人に出会って、 「チワワ方面へ行きたいんですけど。」 というと、 「この道をまっすぐ行ったら右、そして左へ。後は真っ直ぐだ。でもチワワまでは遠いぞ。」 「ありがとう。」 とにかくほっとして、教えられるがままに私はペダルを踏んでいった。 「それにしても、これは・・・。」 改めてアメリカの町を思い出し、目の前のメキシコの町とを比較すると、驚かずにはいられなかった。国境にあった橋を一つ越えただけなのに、走り出したらまるで別世界。当たり前だが言葉はスペイン語、行き交う車は昔のアメリカ映画に出てくるような古い車ばかりで、人々はこの暑いのに長袖長ズボンをはいている。私は改めて周囲の様子をキョロキョロと見入ってしまった。町を歩く彼らも、私を珍しそうに見つめている。
メキシコ かつて見たことのない光景に多少ショックを受けた。  いざ走り出してみたものの、自分の走っている道が本当にチワワへ通じているのか不安になり、アメリカで両替したメキシコ通貨、「ペソ」を片手に小さな商店に入り、道を尋ねてみることにした。おばさんか、おじさんに聞こうと思ったが、中では小さな少年が番頭をしていた。「ジュースが欲しい」と少年に言うと家庭用の冷蔵庫を開け、栓を抜いてよこした。いくらかも知らないまま、メキシコペソのお札を渡すと釣銭は無事に返ってきた。私は店先でジュースを飲みながら少年に聞いた。 「ドンデ・・・チワワ（どこにチワワがありますか・・・）」 私はチワワへ行くのはこの道か？と聞きたかったのだが、どうもうまく伝わらなかったようで、「し〜ん」とした静かな反応だった。で、今度は、 「・・・チワワ・・・（こっち）？」 とジェスチャー交じりで、この道はチワワ方面かと聞くと、 「そうだよ。」 と教えてくれた。 果たしてこんな感じで中南米旅行が成り立つのか不安でしょうがなかったが、言葉で困ることよりも、通じなくてもこれらの国を旅するんだという気持ちの方が強く、 「まあ、言葉の問題は地道に解決していくことにしよう・・・」 そう考えると気持ちも楽になった。こうしてメキシコ走行初日は、すったもんだしながらも、何とか走り出すことができた。
メキシコ とりあえずチワワ目指して走り出せる事になった。  しばらく走ると、大きなアウトピスタと呼ばれるハイウェーに合流した。 「あれ、この道、自転車走れるのかなあ？」 更に走ると料金所があった。 「この道自転車オッケー？」 私はジェスチャーで係員に聞いてみた。すると英語を話せる係官がやってきて、 「どこへ行くんだね？」 「メキシコシティからユカタン、そしてキューバに・・・」 と言うと、 「自転車で？」 係官はびっくりした様子だったが、その後、 「ユカタンまでは２ヶ月くらいかかるだろうな。」 とアドバイスしてくれた。状況も分からぬまま、この日、初日はなんとか前進することができた。ハイウェーから少し脇に入った何もない草地でテントを張って野宿を決行。本当は村に着く予定だったが、地図に書かれていた村は実在しなかったのだ。仕方無く、アメリカで買ったラーメンを夕食とした。
メキシコ メキシコに入って初めての野宿。こんな所にテントを張って寝た。  入国初日のメキシコの印象は、人は皆フレンドリーで、接していてもどこか違和感がなく、すんなり入っていける感じだった。言葉はまだまだ分からないが、聞いている限りではスペイン語は日本語のような発音がたくさんあったので、聞き取りやすく、覚えるのもすごく楽しみな感じだった。 「いつの日かスペイン語を克服して、彼らともっと気ままに話ができたらいいだろうな。」 テントの中でそんなことを考えながら眠りについた。 朝方出発の準備をしていると、地元のおじさんがやってきて、私に、 「ふにゃらら〜？」 と何か聞いてきた。 「・・・？」 全く分からずに、私はアメリカ人などがよくやる、「オー、ノー」のポーズをして、首を横に振ると、 「ハポネス？」 と聞くので、 「シー。（はい）」 と答えた。どうやら日本人だとは分かってくれたようだ。 出発して１５ｋｍ走ると、小さな町に着いた。スタンドやコンビニエンスストアらしきお店もある。中に入ると同じ商品ばかりがズラリ並んでいて、どこか貧弱だ。ここでコカコーラを買うと１０００ペソ。約４０円という安さ。 「こりゃ、安いや。」 町のはずれに食堂のような屋台を見つけ、 「よし、いざ、出陣だ。」 覚悟を決めて、そのレストランらしき屋台に出向いた。日本で言うブリトーのような姿をした食べ物を隣の人が食べていたので、 「これと同じ物を下さい。」 と、辞書を片手に伝えた。良く見ると辺りにはハエもたくさんいて、衛生上ちょっとまずそうで、食べたら絶対当りそうな気がする。でもおいしそうで、私は迷わず口にした。 「こりゃ、うまい。」 ほんのりチリが効いて辛く、この一食ですでにメキシカンフードのとりこになってしまうほどだった。朝から結構な量を食べたにもかかわらず、値段は７０００ペソ、約２８０円ほど。食べている間はトラックの運転手がやってきて色々聞いてきたり、レストランの方の質問を浴びたりしたが、ほとんど全く理解できなかった。しかしながらも、 「どこから来た？どこへ行く？」 これくらいは覚えることができた。時間に追われていないのか、みんな、ゆっくり笑顔で接してくるのが嬉しい。しばらく走ると今度は、ミネラルウォーター屋と氷屋を兼ねたようなお店があったので、ここで、 「アグア、べベール？」 私は飲み水が欲しいと告げると、ちゃんとしたきれいなミネラルウォーターをくれた。ここにいたおじさんはスペイン語で必死に私に何かを言ってきた。しかし、 「ノー、エスパニョール・・・。」 スペイン語は話せない、と伝えたはずだが、ベラベラと話し続けた。結局３０分間。彼は炎天下の中、私に何かを伝えようとしていたが、ちっとも分からなかった。汗水流して彼が伝えようとしていたことは何だったのか。 次のレストランでもおばさんに笑顔で何か聞かれるが、答えられない。私の自転車を見たおばさんは、 「オー、ビスィクレータ？ケー・・・」 驚いた様子だった。ここで私は初めて「ビスィクレータ」と言う単語が自転車という意味であると理解できた。 メキシコに入国してから、これでもかと毎日スペイン語で攻められるので、言葉に対しての耳慣れは早く、辞書から語彙を増やすよりも日常の会話や行動などから覚え取っていく方が、より早く自分の言葉として使えるようになっていった。未知の国での言語の習得は、「習うより慣れろ、案ずるより生むが易しだ・・・」などと単純に私は納得したのだった。メキシコに入国してからの食事はほとんどレストランで済ますようになっていった。夕食を済ませた後で野宿場所を探す、そんなパターンが続いたのだ。
メキシコ 暑い中を走ってくるとこうした休憩所のマークが嬉しい。  ８月１４日の晩は、主要道からそれた田舎道をずっと奥に入り、どこかでテントを張ることにした。誰も見ていないし、治安も大丈夫だろうと、その辺の牧場の隅にテントを張って落ち着くことにした。しばらくして牧場の家族と見られる一行が車で通過しようとした。私は、 「ポールファボール、カサデカンパーニャ、ドルミール、アキ？（今晩ここにテントで寝てもいいですか？のような意）」 と聞くと、 「ノー。」 の答え。 「え？ダメなの・・・？」 と考えていると、家族は何か話し合っている様子で、 「こっちなら良い。」 と柵の向こう側を指して言う。何か理由があるのだろうと、私は荷物も一緒に移動しようとすると、家族の皆さんも手伝ってくれた。そればかりか、テントを張ろうとする場所の草むしりまで始めてくれるではないか。土を均してくれたのだった。 「わー、ありがとう、グラッシャス、グラッシャス。」 と、お辞儀をしながら礼を言う。ついでだからと一緒に写真も撮る事にした。
メキシコ 道路から離れた牧場にテントを張らせてもらった。  「いいなあ、メキシコ。これから楽しみだなあ。」 飯もうまくて、人も良さそうで、入国してまだ２日しか経っていないのに、すごく長く滞在してたような気持ちになった。早くもメキシコと言う国を好きになれそうなそんな、予感がする。 翌日、起きてみると、柵の向こうにはたくさんの馬と牛が放し飼いにされていた。 「どうりで、家族がダメと言ったわけだ・・・。」
メキシコ ここにテントを張っていて良かった。さもなくば、牛たちにテントを潰されていたかも？ 
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